第143話 離宮警備計画

【1】

 カプロン卿が些か疲れた顔で戻って来た。

 なんでも刺客の男は近衛騎士団の極秘任務を扱う中隊のメンバーらしいとの事だ。多分王家の謀略機関なのだろう。

 その上今この離宮に居る警備騎士も全てが信用できる訳では無いと言う。


 それは近衛警備騎士に限った事ではない。

 あの刺客が離宮に入り込めたのは手引きした者がいるからだ。何食わぬ顔で毒見役に納まっていたのだから、執事長と給仕長についてはほぼ黒に近い。二人とも尋問の上で白でも移動の対象だ。


 王太后殿下到着の後にソルベとイチゴを運んだのもあの刺客だ。という事は料理人の中にも協力者がいるという事かもしれない。

 少なくとも給仕に敵の手の者がいるのは確実だ。そう、準備してワザワザあの刺客に手渡した者が。


 更に王妃殿下のそれも寝室のクローゼットに潜んでいたという事も重要な点なのだ。

 あの状況下で王妃殿下が毒に倒れた時点で離宮内の使用人はそちらに釘付けになっている。

 しかしその時点で警備の目を潜って屋外に逃げ出す事はリスクが大きい。

 その場合一番盲点になるのが王妃殿下の私室なのだ。


 予定では王妃殿下は下の饗宴場で事切れて、その遺体は王宮治癒術士団によって検死にかけられる予定だったのだろう。

 王宮治癒術士団の到着も早すぎる事を思えば薔薇の離宮ででも待機していたのだろう。

 当然遺体を寝室に戻す様な事は行われるはずがない。深夜を過ぎる迄待機し二階から逃げ出せば捕まらない。


 という事はソルベを給仕した後に抜け出したあの刺客を二階の王妃殿下の私室に招き入れた者がいるという事だ。

 メイド長以下使用人全員が怪しくなる。


「これではこの離宮の人間を王妃殿下以外全員入れ替えなければならないじゃない。何人か信の置ける者を残したとしても、急にそんな大人数を入れ替えられるのかしら? それが可能だったとしても新しく入って来るものが信用できるとも言えないわ」

「その娘子の言う通りだな。拙者は立場的にここの警備に常住する訳に参らん。信の置ける近衛警備騎士を三人選抜しておるので其の者らを此方に常住させるが、それだけでは警備は廻らん」


「セイラ・カンボゾーラがこの離宮に居るのだからアドルフィーネは母上につける事が出来るだろう。出来ればナデタとベアトリスも付ける事が出来れば助かるのだが」

 ジョン王子が勝手な事を言う。

 もう私が滞在する事を前提で話を進めている。


「応接の警備は今の三人のサーヴァントでも回せると思うのですが、何なら騎士団寮に残っているパブロと交代させましょうか?」

「止めてよ、ナデタ! 率先して揉め事を起こしそうだし、ここでローマ秤を振り回して何か壊したならアヴァロン商事は破産するわよ。それに王妃殿下の寝室に男を入れる訳にもねえ」

「セイラ様、今ならば使用人寮にヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢様がおられますのでエヴェレット王女殿下の警備についてはどうにかなるかと」

「待って、アドルフィーネ。あのガサツなヴェロニク様にナデタの代わりが出来る訳無いでしょう。つまみ食いは出来ても給仕なんて以ての外じゃないの。何よりアドルファの指導は誰がするのよ」

「それならばフィリピーナを代わりに呼びましょう。あの娘ならパルミジャーノに居るはずですから、早馬を出せば明後日には王立学校に着きます」


「なら決まりだな。後はベアトリスだが、其の方なんとかならんか」

「ベアトリスはセイラカフェで修行を積んだとはいえポワトー伯爵家の家臣ですから難しゅう御座いますよ」

「しかしナデタ、其の方の姉が太鼓判を押したと申していたではないか。どうにかならぬか」


 ジョン王子がベアトリスの顔を覗き込む。

 ベアトリスは悲しそうな顔で大きく溜息をつくと諦めた様にポツリと言った。

「カロリーヌ様に伺ってみます」

「おお、ぜひそうしてくれ。後はナデテとリオニーも」

「いい加減にして頂戴、王子殿下! 二人はゴッダードとグレンフォードだから呼び寄せるのは無理! 何より雇用主を差し置いて何を勝手に決めているのよ」


「ずっととは言わん。夏季休暇の期間中だけ、いや警備の目処が立つ迄で良い。いやそれまでに目途をつけて戻れるようにする。アドルフィーネたちが居ればそれだけで警備面での負担も減るのだ」


「仕方ないわね。こうしましょう。当面王妃殿下の側付きメイドはアドルフィーネとナデタ、それから許可が出ればベアトリス。この三人が張り付きで寝室とここに仕えさせます。治癒術士はフィディス修道女をゴルゴンゾーラ公爵家から借り受けます。ヨアンナ様が絶対怒るからそちらは殿下にお願い致します」

「おい、それは…。分った引き受けよう」


「ロックフォール侯爵家からは水属性に長けた修道女を一人出して貰います。カタリナ、あなたはダメよ。あなたはエヴェレット王女付きの治癒士としての役目が有るのだから。この二人を常住の治癒術士として待機させます」

 勇んで名乗り出ようとしたカタリナに対して待ったをかけると何も言わず俯いてまた座り込んだ。

「ロックフォール侯爵家のみんなは選抜をお願よ」

「「「はい解りました、セイラ様」」」


「それからゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家の両治癒術士隊の中から毎日ローテーションで各属性の治癒術士を一人ずつ、両家で計四人派遣してください」

「あの、セイラ様…私達王立学校の貴族寮には上級と下級に二人づつ、計四人修道女がおりまして…」

「それでですね。四人ともカタリナ様のご指導を受けております。それに属性もばらけておりますのでそのローテーションにお加え願えないでしょうか」


 夏季休暇が始まり女子寮は平民寮も含めて殆んど人が居ない。王女付きを命じられてへこんでいるカタリナが恨めしそうな目を向ける。

「王立学校には殆んどの女子生徒がいないのです。何なら四人ともこちらに常住でも構いません」

「そうです。下級貴族寮はセイラ様がこちらに移られたなら無人ですし、上級貴族寮にはカタリナ様が居らっしゃるし」

「ちょっと! あなた達!」


「あなた達! そんな事を言って平民寮には残っている生徒がいるのよ。それのフォローはあなた達の仕事でしょう。もしそれを投げ出す様ならここに来る資格は無いわ」

「すっすみません、セイラ様。興奮して調子に乗ってしまいました」

「仕方ないわね。毎日一人、ローテーションでいらっしゃい。残りの三人は騎士団寮も含めた残っている生徒の全体のケアを忘れない事!」


「これで母上の身辺の警護と治癒は良いのか?」

「次は王妃殿下とカプロン卿は職員と警備騎士の名簿から、信頼できる者と今すぐ外しておいた方が良い者をピックアップしてください。外しておいた方が良い職員は即刻退去を命じます。身辺には信頼できる物だけで固めます。後の職員や護衛騎士は信頼できるものに管理させて様子を見ましょう」


「しかしそんな事をして上の者がいう事を聞きくだろうか、上級貴族の縁者が多いのだが」

「当然警備長、執事長、メイド長、給仕長、料理長の五人は退去の対象です。この事態を引き起こした責任があります」

「なら、信頼できるものを上に据えて回せるだろうが、厨房は未だ心配が残る」

「悪いけれど厨房スタッフは信頼できる者以外全員切ります。一時的ですが明日の朝一でセイラカフェやサロン・ド・ヨアンナのスタッフと入れ替えます。今のスタッフは入れ換えで研修させましょう。そこで未熟な者や不審な者は弾きます。その後はファナ様にお願いして調理スタッフを紹介して貰って随時入れ替えて行きましょう」


「もしや、ロックフォール侯爵家の料理が味わえるのか?」

「それはファナ様次第でしょうが腕は間違いありません」

 要はハバリー亭のスタッフを紹介して貰うという事だ。レシピを明かされているのなら味は保証付きだろう。


「うむ、これならば王妃殿下の身辺は安堵できそうだ。警備の三人はこの私室の警備室に今夜から常住させる。信の置ける騎士は私室周りの二階の警備に当て申そう」

 カプロン卿はこの案で満足したようだ。


「それでだ。王太后殿下はどうする」

「どうもしませんよ。あの客間を含めてあの方の身の回りはゴルゴンゾーラ公爵家にお任せしようかと思っています。警備兵もメイドや治癒術士の人選も全てね」

 それを聞いたカプロン卿は今日初めて楽しい気持ちで笑った。

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