第147話 軋轢

【1】

 ライオル伯爵家は焦れていた。

 秋にオーブラック商会がカマンベール領を回ったがこれと言った余剰農産物の買取りが出来なかった。

 一昨年カマンベール領での羊毛の買取価格を下げた為売り控えが発生したことも有るのだが、収穫が少なかったのだろうと言っていた。

 冬に向けての現金収入が途絶えている今が良い機会だと考えて、この冬にカマンベール領に圧力をかける為に冒険者崩れの無頼者たちを雇い侵入させた。

 計画通りなら狼の被害のにかこつけて被害を膨らませた上、領兵を率いて乗り込んでカマンベール家に恩を売る予定だったのだが、二週間足らずで事が露見し無頼者たちも捕まってしまった。


 その上現場指揮に付けた農民兵下級騎士に裏切るものが出て、派遣したロアルドとランドック・オーブラック商会長は泡を食って逃げかえる羽目になってしまった。

 盗賊団の一件は知らぬ存ぜぬを通しているが、アヴァロン州が州兵を派遣して領境を固めた事で、口封じの為に派遣した刺客も入領することがかなわずカマンベール男爵領内の情報も一切入ってこなくなった。

 仕返しとしてリール州からカマンベール領に抜ける街道は全て閉鎖してやった。南部から東部、北部へと抜ける王国の大動脈である中央街道を閉じれば、南部商人であるライトスミス商会は手も足んで無いだろう。

 州都のクーオネから細々と生活物資を運ぶ程度しか活路は見出せまい。

 春になれば備蓄も尽きてくる。困窮して音を上げるのを待つだけだ。


 そして街道筋の関所も雪解けして人の往来も活発になり始めたが、カマンベール領へ向かう関所ではアヴァロン州軍とライオル領騎士の睨み合いが続き物資の輸送は止まっている。

 カマンベール領に流れ込む物資は無いが、ライオル領からアヴァロン州や北西部諸州に毛織物を売り込めない事は痛手だ。

 南部・西部での毛織物の需要は少ない。北部では州内の他領との食い合いになる為無理な売り込みは出来ない。

 新規に買い付けた織機を使って始めた毛織物は、昨年の失敗を克服して、紡織機の撚糸と手撚りの糸を組み合わせて良い者が出来た。

 価格も抑えて北西部での販売を進めたいがカマンベール慮を抜けるルートが使えない事は痛手だ。


 東部へ迂回して北西部に入るルートで販売をかけ始めたのだが、運送量が増えるので余り安値が付けられない。

 その上北西部諸州でライオル製より安い毛織物が出回り始めた。

 その価格に対応しようとすれば赤字になる。さすがに損を出すを訳には行かない。

 背に腹は代えられないので、北部の各領や王都に製品を流し始めた。

 生地の撚糸を改善したことで毛織物自体の評判は悪くない。

 売り上げが上がり始めたが、羊毛が足りなくなってしまった。

 リール州ではあまり目立って羊毛の買い付けは出来ない。大量の毛織物を織っている事が知れると、州内の領主たちとの軋轢が生じる。

 出来れば羊毛の買い付けも毛織物の販売もカマンベール男爵家の為にアヴァロン州で行えないのだ。


 何から何まで上手く行かない。

 シェブリ伯爵家の後ろ盾を貰い、シュトレーゼ伯爵やフラミンゴ伯爵に誼を結び大量に織機を融通して貰った。

 大金を出して無頼者を集め、裏社会で猟犬使いを雇い領兵を付けてカマンベール領に侵入させて全て捕縛されてしまった。

 役立たずの長男はカマンベール領に向かったは良いが、夜中に逃げ帰って来た上に騎士や兵卒に裏切られて寝返り迄許してしまったのだ。


 次男のマルカムはマルカムで王都の近衛騎士団に入団したは良いが、ルカ・カマンベールの部下に叩きのめされて面目を潰し恥をさらしている。

 クロエ・カマンベールを篭絡してあの土地を手に入れさせようと考えているが、シェブリ伯爵家やポワトー伯爵家の協力まで取り付けて何一つ成果を上げられずにいる。

 どうもカマンベール領にゴルゴンゾーラ家やライトスミス商会が入り込んでいる様で若輩の息子共に任せてはおけない。

 これからは本腰を入れてライオル伯爵家の総力を挙げて挑まねば、今までの投資が全て無に帰してしまう。


【2】

 カマンベール領との一件依頼、関所にはアヴァロンの州兵が常駐し実際の流通は停止しているも同然の状態だ。

 カマンベール領だけでなくライオル領とアヴァロン州が接している関所は全てその状態が続いている。それと言うのもロアルドが下手を打ったせいだ。

 しかし雪が融けて州内の他領の関所が開けば状況は変わる。


 そうだ、状況は変わると思っていたのだが、一体何が起こっているのか。

 訳が分からない。

 雪が解けて街道筋の関所が次々に開かれたので、周辺領を通して一気にライオル領の毛織物をアヴァロン州に送り込むことにした。

 東部を経由せず、リール州から直接アヴァロン州に商品が送れる事になったので流通コストが減り、割安での販売が可能になったのだ。

 少々利益が減るが価格を下げて売り抜けてしまい、その金で羊毛を買い付ける予定であった。


 それなのにアヴァロン州では毛織物がだぶついていた。

 その反対にこれまでアヴァロン州で買い付けていた羊毛がまるで手に入らなくなっている。

 そしてアヴァロン州でだぶついている毛織物はリール州を通して北部諸州に流れ込んでいる。それもライオル領で織った毛織物よりずっと低い価格でである。

 これまでアヴァロン州と州境を接するリール州の各領主は、余剰のアヴァロン州産羊毛を買い付けて自領で織物に加工して北部諸州に売っていた。

 特にライオル領は州境を広くアヴァロン州と接している為その傾向が強かった。

 長年続いてきたその形態が今崩れ去れ落としている。


 王国の主要街道から離れた西部や北西部の諸州は、不便な田舎の農業州ばかりある。

 ハスラー聖公国やハッスル神聖国との取引が有る文化や政治の中心たる北部や東部の諸州が、西部や北西部の農産品を買い付けてやりそれを北部や東部の領主が他国に売って彼らを潤わしてやっていたのだ。

 それが今、クオーネから帝都に毛織物と一緒に酒精強化ワインやコーヒーや茶葉、香辛料や砂糖までも送られている。

 それもこれまで東部や北部の商人がハスラーから買い付けていた価格よりずっと低価格でだ。


 そして噂に聞こえてきたのがそれらを取り仕切っているアヴァロン商事株式組合と言う名の商会の存在である。

 比較的新しい投資方法である株式組合と言う名称に不安を覚え、オーブラック商会のグランに調べさせて所株主の筆頭にライトスミス商会が名を連ねていた。

 さらに調べればライトスミス商会が後ろ楯となってカマンベール領に織物工場が作られている。

 アヴァロン州の羊毛をカマンベール領内で毛織物にするつもりのようだ。しかしそれならライオル家の方が条件は良いはず。織機の台数では圧倒的に多いはずだ。

 これから初夏にかけて毛刈りの時期に入る。

 そしてカマンベール領はリール州にその北東部が角の様に突き出た地形で、西には山脈南には渓谷を抱えている。

 主要街道の七割はリール州に向かっているのだ。

 リール州の州伯であるシェブリ伯爵家に働きかけてカマンベール領の関所を全て封鎖して貰おう。州内で刈られた羊毛も優先的にまわして貰おう。

 全面戦争だ!

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