第4話 記憶

【1】

 木工所に帰ると私の洗礼祝いの準備がされていた。父ちゃんが店の職人や使用人に私の属性を話し、魔力にあたって調子を崩したと説明した。

 私はみんなに祝福されてどうにか昼食は食べたが、その後すぐに寝てしまった。 戻った記憶との整合がつかなくて脳みそのキャパがオーバーしたのか、結局そのまま丸一日熱を出して寝込んでしまった。


 おもえばこれまでも記憶の重複はあったのだ。

 近所の子供たちに語り聞かせていた夢のお話、それは五~六歳のころに見ていたアニメの記憶の再現だ。

 タカオニ・ドロケイ・ニクダン・シッポとり、どれも今までみんなと遊んでいた記憶が普通に残っていた。ダブった記憶を特に不思議と思わずに今まで受け入れてきたのだ。

 洗礼式がなければ断片的に少しずつ記憶の再生が起こっていたのか、それともある日突然昨日のように再生されたのかは分からないが、前世四十五年分の記憶はもう蘇ってしまった。

八歳の幼女には戻れない。これからは悟られないように、八歳児を演じ続けなければならないのかと思うと憂鬱になってしまう。


 今後の対処もかねて私の経験や記憶を(俺)のよみがえった記憶と照合して現状を纏めようと思う。

 アナログ世代の(俺)は文字を書かないことには頭の整理が追い付かない。その為にはメモ、メモ、っと。

 この世界には紙とペンがある。羊皮紙ではなく古着や麻などを原料にした洋紙が普及しているようだ。木工所の帳簿付けや伝票に使われているし、お母様は何冊も本を持っている。

 ただし、私が自由に使えるほど安価なものでもない。木工所の工房で使っていた古い石盤と石筆を持ってベッドに座る。お母様に読み書きを教えてもらうために父ちゃんがくれた物だ。


 文明度から考えると中世末か近世と言うところだろうか。市庁舎や聖教会の聖堂は、ゴシック建築とビザンチン建築を合わせたような石造りの重厚な建築だ。

 まあ木工所のある平民街は日干しレンガを漆喰で固めた粗末な平屋や二階家がほとんどで、三階建てのうちの木工所などは豪華な部類に入るのだ。

 香辛料も砂糖も紙も普及しており、女性も読み書きを許されている。

 一般的とは言わないが印刷物も普及しているようだ。

 その半面、徒弟制度は厳格なようでギルドの力も強いようだ。


 政治体制は王政で貴族の権力も強いが、平民でも富裕層は力をつけてきており、下級貴族より力を持っている者もいる。

(たぶん、うちの父ちゃんもその部類だろう。)

 イメージ的には近世初頭と言うところか。

 言葉は(俺)の知るどの言語でもなく、似通った言葉も無い。

 文法は孤立語で、文字は表音文字。

 平民の識字率はあまり高くないようだが、商人階級は文書による契約が必要なため最低限の読み書きはできている。

 父ちゃんでさえ帳簿付けをしているのだから、四則計算は一般的だろうし単式簿記程度は普及しているのだろう。そう考えると数学レベルは結構高いと思ってよい。

 まあ我が家で契約書も帳簿も問題なく管理されているのは、お母様が公証人の資格を持っているからではあるのだが。


【2】

 で、ここからが本題である。

 私の髪の色は父ちゃんと同じで青い。

 眼の色はお母様からの遺伝で黒だ。

 街に出るとピンクや緑や黄色などありえない髪色があふれている。


 そして魔法。

 身近なところでは、マッチ替わりや照明代わりに魔法が使われている。

 簡単な医療行為についても、聖教会や治癒院で治癒魔法をかけてくれる。

 言語や文字は聞いたことが無いのに、個人名はヨーロッパ風…の愛称が多い気がする。

 そして国名、『ラスカル王国』ってなんだ、舐めているのか?


 いや、いや、いや、(俺)は知っているんだ、この国名。(俺)が死ぬ前に、娘がやっていたゲームに出てきた名前だ。

『ラスカル王国のプリンセス』所謂、乙女ゲーってやつだ。

 王立学校に入学した貧乏子爵の娘が、玉の輿目指して男を漁るゲームだった。

 その国がラスカル王国で、ゲームのパッケージには青や緑のカラフルな髪の男女が描かれていた。


 魔法による戦闘イベントも有った。髪の毛の色や魔法そして国名の合致、偶然とは言い難い。

 ラノベでは、転生物と呼ばれるジャンルが流行っているらしい。

 ゲームの様な世界に転生して、チートな能力で無双する話が多いとか、最近は気付くと乙女ゲーの悪役令嬢になっていたと言うパターンが流行っているとか。

 これたぶん後者だよね。


 でも私は悪役令嬢ではない、ただの平民の娘だ。

 登場人物名でもセイラというキャラクターは記憶にない。

 主人公の名前は『フユミ・カンボゾーラ』・悪役令嬢は『ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢』と『ファナ・ロックフォール侯爵令嬢』、それから闇の聖女『ジャンヌ・スティルトン』、そのほか何人か女性キャラは居たがセイラは居なかった。


 もしかするとモブキャラで係ることがあるのかもしれない。

 王立学校は貴族子女だけでなく、平民も入学する。

 お母様の話では学生の2/3は平民だそうで、中央に優秀な官吏を集めるのと平民が上流貴族とコネを作るために存在する学校らしい。

 ゲームでは全寮制の学校で三年間過ごし、主人公は狙った男子をゲットしてトゥルーエンド、破局してバッドエンド。

 そして対象キャラクターによっては、卒業式で悪役令嬢達それぞれの断罪イベントが発生するのだ。


【3】

 私の立ち位置はこのイベントで、関係者の取り巻きの一人である可能性が高いと思う。

 主人公側ならまだしも、悪役令嬢側ならとばっちりで大火傷である。傍観者的な立場ではいられないだろう。

 できれば関わり合いになりたくないので王立学校への入学を回避したいが、たぶん無理だろう。

 父ちゃんは私を王立学校に入れる気満々だし、お母様もそのつもりだろう。

 父ちゃんはお母様を平民にした事に負い目を持っているから、私に貴族に準じた教養と地位を与えたいと考えている。

 だから王立学校入りはほぼ決定事項である。


 おまけに私は近所では、非常に優秀だと評判の娘である。

 自慢では無く、身体能力も記憶力も高い上に近所のガキどものリーダーである。(俺)的には私のスペックは非常に高いのだ。

 私が望まなくても、聖教会や市庁舎から推薦を貰えるだろう。


 だからと言って今から馬鹿を演じても父ちゃんは金で推薦を買ってくる。そんなことで無駄金を使わせるのは私の矜持が許さない。

 お母様は知識と教養でこの木工所をここまで大きくしたと自負を持っている。女性も教養を付けるべきだと考えているお母様は、私にもできるだけ最高の教育をと望んでいる。

 汚名を着て両親を悲しませるようなことはしたくはない。

 ならば王立学校の三年間、地味に立ち回って巻き込まれ回避を図るか。

 それとも主人公にすり寄って取り巻きに収まるか。

 それでもシナリオ補正がかかって、悪役令嬢に引っ張られれば身分的に抵抗できない。

 公爵家の長女や侯爵家の次女・聖教会の聖女であるライバル令嬢達を相手に平民風情が抵抗できるわけがない。


 それなら入学までに派手に立ち回って、それなりの名声なり地位なりを固めておく方が良いだろう。地味なモブキャラだから巻き込まれるのだ。

 入学時点で世間的に名前の上がるような状態になれば、シナリオに影響するから巻き込まれる可能性は低くなる。

 主人公の友人的立ち位置で、派手に背中を押してゆくなら悪役令嬢の巻き添えは防げるかもしれない。

 一層の事、評判をバックに恋愛シナリオに挑戦するのも有りかもしれない。ヒロインと被らなければ問題ないじゃないか。

 ゲームの詳細はともかくストーリーの流れや大きなイベントくらいは把握している。先手を打つことも可能だし、卒業式イベントでこちらから振ってやればバットエンドにはならないだろう。

 だって(俺)は男に興味はないし、恋愛感情もわかないから。


【4】

 ということで、攻略対象の整理だ。

 まずメインターゲット。


 王国の第二王子:ジョン・ラップランド。

 金髪・碧眼の俺様気質の自己中なわがまま王子。


 宰相の息子:イアン・フラミンゴ

 黒髪・金眼の腹黒陰険野郎。


 枢機卿の息子:ジョバンニ・ペスカトーレ

 ピンクの髪で緑の眼、女たらしのチャラ男。


 騎士団長の息子:イヴァン・ストロガノフ

 深紅の髪に深紅の眼、体育会系脳筋の単純粗暴野郎。


 宮廷魔導士長の息子:ヨハン・シュトレーゼ

 銀髪に黒い瞳のメンヘラ ナルシスト。


 何だよ、この攻略対象。ろくな男居ないじゃないか。

 おとうさんは、こんなヤカラに娘を嫁にやる気は更々ありません!

 もっと誠実な男を連れてきなさい!!


 父親目線で切れかけたが、実際にこの国の将来を担う王侯貴族の子弟がこれでは将来不安しかない。

 そもそもキャラクターのアイコンもみんな同じ顔に見えて、髪の色と服装以外では見分けがつかない。

 恋愛イベントでの会話も歯の浮くような薄っぺらいセリフばかりで鳥肌ものだった。唯々、娘との会話のために娘がほほ笑む顔が嬉しくて付き合っていた。


 そのキャラたちが今現在この国に発生しつつあるということは、今後の(俺)の人生に暗い影を落とすことになる。

 もちろん男たち以外でも能天気な主人公や小学生並みの嫌がらせしかできない悪役キャラについても、である。

 おまけに国の根幹にかかわる外交問題や戦争も、未成年の主人公たちに任せなければ解決できないようなこの王国。


 ハッキリ言って終わってるのではないだろうか。

 やはり、入学までにライトスミス木工所の海外展開や国外移転も視野に入れた資産形成を目指して行くべきではないだろうか。

 そうなると優秀な人材の確保も必須条件だ。

 幸いにして理系技術者として培ったキャリアもある。

 一人娘を育て上げた自信も、管理職として若手を育成してきた実績もある。


 この先、十年のライトスミス木工所の長期目標として、

 ①貴族層から新興の商人層への営業の多角化。

 ②家具・木工品から木造機械やデザイン性を生かした木製日用品等への製品の多角化。

 ③木工職人中心の社員構成から、営業・開発・デザイン等の部門化による業務形態の多角化。

 ④新規採用者の基礎教育を行い、各自の能力に沿った育成・人員配置による雇用者の多角化。

 我がライトスミス木工所は四つの多角化を目標に定め海外進出を視野に入れた全国展開を目指してまいります。


 さあ次は中期目標と短期目標の設定だ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る