第165話 ゴルゴンゾーラ卿(1)

【1】

 日の出の頃に静かに走り去る騎馬の音で村人たちは目を覚ました。

 昨日クオーネ方面から来ていた騎馬が帰って行ったのだろうと思って朝の支度を始めたいると街道の方から村に向かってくる地響きがした。

 村人が驚いて外に出ると、村の堀を抜けて大門をくぐる騎馬の一団が見えた。

 アヴァロン州とゴルゴンゾーラ公爵家の旗を掲げた十三騎。

 領主館の前に轡を並べると先頭の騎馬から飛び降りた男が、慌てて飛び出してきた領主代行のルーク・カマンベールに向かって何やら話し出した。

 集まってきた村人は興味半分警戒半分で遠巻きに集まって来た。

 よく見ると騎馬の先頭にいた男は最近よく見かけるゴルゴンゾーラ家の若君様だった。ただいつも気さくな彼が暗い表情で何やらルークと真剣に話している事だ不穏な状況が村人たちにも伝わって来たのだろう。

 村人たちから不安げな呟きがあちこちから上がり始めた。


「なあ騎士様、何かお館様かご領地に何かあったんですかい?」

 老人が騎上の騎士に問いかける。

「ああ、カマンベール男爵領に向かわれていた聖女ジャンヌ様がライオル家の豚共に攫われた」

 騎士の一言によって集ま他村人たちの間に衝撃が走った。

「なんだって! おう、みんなライオルの奴らにジャンヌ様が攫われたぞー!!」

「許せねえ!」

「今すぐ関を越えてジャンヌ様を取り返しに行くぞ」

「「「「おー!!」」」」

 血気にはやった村人たちが雄たけびを上げる。


 いきなり騒乱状態になりかけた領主館前の状況に驚いたルークは、慌てて群衆の前に走り出た。

「静まれ! 落ち着け! 手は打っている。軽挙妄動は慎め!」

「そう言われても、あのお優しい聖女様をかどわかすなんて許せねえ」

「「「そうだ!」」」

「落ち着いてくれ。聖女様は教導派に拘束されているだけだ。警護も三人付いているしお付きの修道女も付いている。それに今朝ルーシーとセイラ殿が騎士を六人連れて交渉に向かった。安心しろとは言わんが、ジャンヌ様に滅多な事もおきん。手荒な事をすればジャンヌ様に不利になる。だから領主家に任せて吉報を待て」

 ルークの言葉に村人は落ち着いたが落ち着かない男が居た。


「おい、何だって? ルーシー殿がセイラと出かけたって!? いったいどういう事だ!」

 ゴルゴンゾーラ卿がいきり立って尋ねて来た。

「落ち着いてくれ。中で詳しく説明する。騎士の方たちも中で休んでくれ。村のみんなも騎士の方々の馬に飼い葉と水をやる手伝いを頼む」

 ルークは村人にそう告げるとゴルゴンゾーラ卿を伴って屋敷内に消えた。


【2】

「そう言う事かい。まあ、セイラの予想は当たっているだろうな。そこまで解っていながら、何故セイラを行かせた! 頭が回ろうが金を持っていようが身分は平民だぞ。最悪の場合命に係わる事も有るんだぞ」

 フィリップ・ゴルゴンゾーラは苛立っていた。

「それは、本人もレイラも覚悟の上だ。何かあればカマンベール男爵家の身分を賭してでも守るつもりだ。クオーネの大聖堂も全力を尽くすだろう。なにせ大司祭が仕組んだことだからな」

「ああそうだな。あの女狐大司祭にしてやられたな。最良の策だが最善じゃねえ。それなら少しでも早くセイラを確保してロワールの大聖堂に乗り込むべきだろうな。この際ジャンヌを切り捨ててもセイラを優先すべきだぞ」


「それは大丈夫なのか。ジャンヌ様はそれで…」

「最悪な場合はだ。ジャンヌはいくつか妥協は必要でも命を取られることは無い。セイラが大丈夫なら反撃の芽は有る。だからセイラの計画通り先行してロワールに乗り込む。ジャンヌ救出はその後だ。俺たちも直ぐ出発する」

 フィリップはライ麦パンをシチューに浸して掻き込むとテーブルを立った。


 一昨日の夜中にクオーネ大聖堂から緊急の使いが来た。

 聞くと聖女ジャンヌが教導派に拘束されたとの情報だった。

 一斉に各所に使いを出したが真夜中ではどうしようもない。聖教会からの第二報をソファーで仮眠をとりながら待った。

 明け方に判った概要は東部の外れで教導派に拉致されて異端の疑いでロワール大聖堂に連行されているととの事だ。


 教導派が今回のライオル伯爵家の事件の黒幕であるのは気付いていた。

 ジャンヌがカマンベール男爵領に向かっていると聞いて、何か仕掛けてくるのではと警戒はしてた。

 ただリール州かアヴァロン州のどちらかで足止めをする程度しか予想していなかったが、まさか異端審問にかけるとは予想できなかった。


 先ずは教導派糾弾の声を集める事だ。早急に各州内の領主や他州の関係者宛てに伝令を走らせた。

 クオーネ大聖堂からは審問の為の証人を乗せた騎馬を出したと通達が着て、もうすでにカマンベール男爵領に向かったと伝えてきた。

 パーセル大司祭も忙しく動き回っている様で連絡がつかない。


 フィリップ・ゴルゴンゾーラは公爵家に赴き、精鋭の騎士を手配するとジャンヌの救出ぬ向かう事を告げた。

 清貧派の関係者に幾つか手紙を出して、集めた騎士を伴ってクオーネを出発したのは夜明け前である。

 夜明け前の薄暗がりの道を騎馬で飛ばしてここまでやって来たのは、先行した聖堂騎士団に追いつけるかもと考えたからだ。


 結局数刻遅れでセイラたちが出発した後だった。

 到着してルーク・カマンベールから聞かされた状況から、急遽方針を転換し先行してジェブリ伯爵領に入る事にした。


「ルーク殿、出来れば州兵や村人を使って州境の関で、ライオル伯爵家と教導派の非道を糾弾して欲しい。特に聖女への非道を訴えさせてくれ。詳細は伝えなくていい。聖女を攫ったと言う事だけで構わないから」

 そう言い残して十二騎の騎士と州境に向かった。


 セイラたちはモルビエ子爵領の関を抜けてシェブリ伯爵領に向かったと分かっている。

 モルビエ子爵家はゴルゴンゾーラ公爵家の旗を掲げた精鋭一部隊の入領におびえ切っていた。

「この領は通過なさるだけですな。御用は御座いませんな」

 何度も念を押され足止めを喰らった。


 関の警備所では何度も声を上げて聖女ジャンヌを拘束したロワール大聖堂に抗議に向かう事を訴え続けた。

 いくら北部州であろうとも一般農民や商人には聖女ジャンヌの名前は知れ渡っている。それは一般兵も同じで、警備所の兵士たちは小声でぼそぼそとジャンヌの噂をしている様だ。


 最短の経路でシェブリ伯爵領との領境の関にたどり着いた。

 ここでも入領の時と同じくごたごたと揉めたがどうにか許可が出た。まあ州旗を掲げていれば拒否は出来ないだろうが。

 揉めている間にセイラ達がこの関を抜けたとの情報も得る事が出来た。

 関でも手間取った事でセイラ達とは半日ほどの遅れが生じてしまっている。


 セイラ達の作戦がライオル伯爵領を抜けてくるジャンヌとの合流も視野に入れえ居るとなるとどのルートを進んでいるのかわからない。

 偵察員を各関所方面に向けて先行させてライオル伯爵領行きの街道と合流する町を目指しシェブリ領を進んで行った。

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