閑話18 福音派反主流(1)

 ★

「あの父上は今まで私の事を歯牙にもかけなかった癖に、急にエレノア王女殿下の懐柔を等と申しだしましたのよ。呆れてしまいますわ」

 プラットヴァレー公爵令嬢が苛立たし気にそういうとテンプルトン子爵令嬢も頷いて話し出す。


「伯父上の総主教様もですわ。こちらはテレーズ先生の事ばかり私に聞いてくるのですよ。何かたくらんでいることは間違いありませんわ」

「あら、私は父上から伺いましたわ。エレノア王女殿下をジョージ王子殿下に嫁がせようと画策しているようですわよ」


「まあなんて嫌らしい。エレノア様、絶対だめでからねあの王子殿下だけは」

 テンプルトン子爵令嬢はそれを聞いて憤慨してる。

「大丈夫ですわ。ラスカル王国の国法は一夫一婦制ですから国法に反する婚礼は無理ですわ。それに私たちはこの夏には帰国いたしますし」

「そうですわよね。伯父上も焦って愚かな真似をしなければ良いのですが」


 この二人の口から女子神学校の生徒中に婚姻の企みは知れ渡る事となった。

 こういったつまらぬ噂ほど瞬く間の事実を歪められて急速に流布される。今回もジョージ王子がエレノア王女に求愛して振られた話となって世間に流布されるのだ。


 そしてテレーズ聖導女のもとには神学校の講師や学監などから色々と引き留めの提案がなされている。

 正規の講師としてこれからも治癒術の講義を持って欲しい、専任の研究室を立ち上げて神学校で研究を続ければどうか…。

 そして王都聖教会からも専任治癒術師として聖教会に来ないか、治癒施術専門の聖教会司祭に任命しよう…などなど。


 国籍や現在の立場を盾に全ての申し出を断っているが、話の端々に断れば身に危険が及ぶというような脅しともとれる言葉がにおわされる。

 福音派聖教会においてもハウザー王都の貴族においても、最先端の治癒施術を扱えるテレーズは喉から手が出るほど欲しい。

 ラスカル王国の教導派から見てもかなり劣っている治癒施術しかないハウザー王国にとって喉から手が出るほどに欲しい人材であることは確かなのだ。

 しかし指導力がありこの先治癒術師を統括するであろう実力を持つ彼女を他陣営に渡せば自陣営への大きな痛手になりうる。

 取り込めなければ殺してしまおうと考えているのだろう。

 最近はケインがピリピリしているのそういった危惧も有るからだ。


 ★★

 そんな折また例のビショップ卿と名乗る例の男がルクレッアに面会に来た。

 今回は初めからヘブンヒル侯爵として名乗りを上げてきたために拒否する事も出来なかった。

 ヘブンヒル侯爵は第三王子派の重鎮である。

 その本人が自ら本名を名乗って来るという事はかなり本気のようなのだ。


 今日は前回同席していた人属の壮年も居ない。サーヴァントすら連れていない。

 高位貴族が単身で面会など本来考えられない事なのだ。

 こちらはルクレッアとテレーズ、それにケインが同席し、メイドのベルナルダもついている。


「出来ればルクレッア殿とお二人で話したかったのだが致し方ないか」

「はい、侯爵様を信用していない訳では御座いませんが、未成年の神学生を一人で向かわす訳にはまいりません。立ち合いに私と護衛のケイン様が同席する事ご容赦いただきたく」


「良い良い、こちらからのゴリ押しのお願いだ。ただこれからここで話される事は一切他言無用。外に漏れれば我が家とて容赦は出来ない。それだけは心にとめて欲しい」

 その言葉にルクレッアは不安げにテレーズを見た。


「心得ました。その話が私どもの不利になろうとも口外は致しますまい。ケイン様もそれで宜しくお願い致します」

「それは心得ましたが、ただ留学生とテレーズ様のお命に係わる場合はその限りとは申せませんな」


「うむ、…其方は聖堂騎士か。その気概は了解した。そこは約束しよう。ここでの話が外に漏れない限りはと言う前提付きではあるがな」

「それは解りました。自分も一切口外いたしませんのでもし漏れたとあればこの首でご勘弁願えるなら」

「解った。それならば話をはj決めようか」


 何やら重い話になりそうなのだがそれでも聞かねばならない。

 そして話の如何に関わらず受け入れる事は出来ない事も理解している。その為にケインが命を落とそうとエレノアやルクレッアたちを無事にラスカル王国に帰さなければならないのだ。


 ケインはテレーズの肩に手を置くと頷いてその後ろに直立した。

 ルクレッアの後ろには茶器を乗せた盆を持つベルナルダが控えている。

 テレーズも腹を括ってヘブンヒル侯爵に向かい頷いて話の続きを促した。


 ★★★

「用件は今まで通りです。ルクレッア侯爵令嬢様、あなたの所持されている二人の農奴を売って頂きたい。値段は言い値で払いましょう。一人につき金貨百枚でもいっこうに構わない」

「そんな事する訳は無いでしょう! あの子たちは私の大切な弟と妹です。そもそも手元から放すつもりはサラサラ御座いません」


「まあ、そう仰るでしょうな。ペスカトーレ侯爵家に在っては金貨百枚など端金だ。我が家が払える額などペスカトーレ枢機卿なら当然払える金額」

「私はそんな事を申しているのでは無く…」

「解っておりますよ前回お話を伺っておりますから、ですからご提案いたします。無体な扱いは誓って致しませんよ。不自由な思いをふたりにさせる事は絶対に致しませんから」


「そういうお話では無いのです。私は二人を絶対放したくない」

「しかし、こう申しては何だがルクレッア様はこの夏に帰国の途につかれる。しかしあの二人は連れて帰る事は出来ぬのです。ならば我が家が引き取って必ず手厚く保護致す事をお誓いするがそれで如何か? 定期的に子らの情報を知らせる事も致しましょう」


 甘い言葉でルクレッアを誘いはしているものの、悪い条件ではない。

 王都を出る時に取り上げられて競りにかけられるくらいならこの話に乗った方が良いとも思えるのだが…。


 ヘブンヒル侯爵の今の言葉の中にルイージとカンナの身分については一切言及していない。

 幾ら優遇しようとも良い暮らしをさせようとも農奴としての立場は変えるつもりは無いのだろう。


 ベルナルダがルクレッアのお茶を入れ替え始めた。

 すぐにルクレッアが口を開く。

「方法はあるかも知れません。お父様やお爺様にお願いして何か特例をお願いしてみるという事も、こちらの国王陛下に嘆願する方法も考えてみます。最後まで足搔いてから、どうしても無理な場合は御すがりしても宜しいでしょうか」


「もちろん構いませんとも。私は王都の住人ですからいつまででもお待ちする事は可能ですよ。それにルクレッア様、仰った方法以外にももう一つ方法が御座いますよ。帰国を延ばすという選択肢も考慮に入れては如何でしょう。もしその選択肢を取られるならば、ご実家からの援助が滞ってもヘブンヒル侯爵家が援助いたしましょう。御不住はさせませんよ」

 やはりヘブンヒル侯爵のこの執着は気になる。

 それに初めに釘を刺された極秘にと言う話はまだ出ていないように思う。


「ルクレッア様に変わり差し出口をお許しください。なぜそこまでの事を申し出られるのです? こう申しては何ですが子供二人に対して破格の申し出もさる事ながら、ここ迄破格であれば逆に仰られておられる言葉に信を置けないのです。ご無礼は承知いたしておりますが、どうしてもその保障が無いのは心もとないのだです」


「さすがにあなたはそう仰られるだろうと思っておりました。それならばこれからはさっきの極秘の約束を履行して頂きますが宜しいでしょうか」

 その言葉に真っ先にケインが口を開いた。

「わかりました。この首を賭けますのでお話をお勧めください」

 テレーズは聞きたくなかったが後には引けない。

 子供たちを守るべきは自分たちなのだから。

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