第85話 教導派との確執
【1】
朝のうちはまだ身内(?)にいじられるだけで済んだが、授業が始まると様相が一変した。
教室内でもマルコ・モン・ドール侯爵家令息やジョバンニ・ペスカトーレ侯爵令息(取り巻きのユリシアとクラウディアも含めて)たちが、私に憎悪の籠ったような視線を向けてきている。
午前の授業が終わるなり、マルコ・モン・ドールがつかつかと私のもとに歩み寄ってくる。
「セイラ・カンボゾーラ。貴様、国王陛下を蔑ろにしていないか? 高々子爵令嬢ごときが不遜ではないのか?」
机にドンと手を突くと私の顔を覗き込むように頭を突き出してそう言った。
その様子を見て私に駆け寄ろうとしたジャンヌがジョン王子殿下たちに押し留められた。
ムッとした表情で立ち上がりかけたエヴェレット王女殿下はメアリー・エポワス伯爵令嬢に、カロリーヌ・エポワス
そしてゆっくりとエマ姉とヨアンナが私の後ろに歩み寄って、様子をうかがっている。
ファナは無関心を装うっているようだが、その実視線はジョバンニ・ペスカトーレ司祭をしっかりと睨んでいる。
馴染みの三人はしばらく私に任せるつもりのようだ。
「マルコ・モン・ドール様、いったい何の事をおっしゃっているのでしょう? 私には判りかねますが?」
「戯けた事を! 絹取引だ! 国家の大事である取引を一商会が独占するとは何事だと言っているのだ」
「それこそ戯けた事を! 私どもアヴァロン商事は偶々絹を扱う商会と取引ができて輸入しただけですわ。もし、その取引を求める方がいらっしゃればどなたでも、商会を探して交渉なされば良いのです。公正な取引に何の障害も御座いませんし、妨害も致しませんよ」
「ならばその商会を明かしてこの王都に連れてこい!」
「アヴァロン商事の交易ルートまで明かす筋合いはありませんよ。でもそこまで申されるのならば、そう言う手づるの有りそうな商会を王都に招いてお引き合わせいたしましょう。その代わり交渉はそちらで実施してください」
「…えらく素直だな。ならばさっそくにその段取りを…」
そこでいきなり笑い声が聞こえた。
ヨアンナもファナも笑いをこらえているようだが、ジョン王子は我慢できなくなったのだろう。
「それは良い。なら俺も立ち会ってやっても良いぞ。どうですかなエヴァン王子その場にご一緒いたしませんか?」
急に話を振られてポカンとしているエヴァン王子にヨアンナが語り掛ける。
「自国の商会を蔑ろにされないように立ち会うべきかしら。エヴェレット王女殿下も如何かしら。ねえメアリー・エポワス、貴女なら然るべき教導派の高位貴族の方との仲立ちも可能なのではないかしら」
「マルコ・モン・ドールよ。王族が三人立ち会うのだからそちらもそれに見合った者を揃えて戴きたいものだがな」
「いったい何を? なぜエヴァン殿やエヴェレット殿まで…」
この野郎なぜエヴェレット王女たちに尊称をつけない。
「マルコ様、エヴェレット王女殿下に対して不敬ではございませんか。なぜ尊称を…」
私より先に嚙みついたメアリー・エポワス伯爵令嬢をエヴェレット王女が押しとどめた。
「ああ…いや。殿下たちに何の関係があるのかと…」
「当然なのかしら。自国の臣民が、それも国を代表するような商会が粗略に扱われないか立ち会うのも王族の務めなのかしら」
「いや、ジョン殿下がなぜ…あっ! セイラ・カンボゾーラ貴様、この王都にケダモノ風情を…。あっ!」
その言葉を聞いてエヴァン王子の護衛のエズラ・ブルックスとエライジャ・クレイグが立ち上がった。
「いや、違う! 言葉の綾だ! 本意では無いのだ」
「マルコ・モン・ドール卿、それで通りは致しませんぞ!」
「正式な国交が無いとはいえ一国の王子、王女殿下の前で…」
「もうよい。落ち着けエズラ、エライジャ」
怒気を滲ませてマルコ・モン・ドールに詰め寄ろうとする二人の騎士を、エヴァン王子が制した。
「もしその気がおありなら、余と妹が同席させていただく。余と妹への不敬は個人としてなら飲み込む度量はあるが、家臣や臣民への行いならば我が国に対する冒涜とみなす。その事を鑑みて相応の人選をお願いいたした。一国の王子が対するのだからそれに相応しい御仁をな」
「いや、僕は…。そうでは御座いません。王子殿下、僕はセイラ・カンボゾーラに命じただけで…」
「ですから、お命じになられた通り商会をご紹介すると申しましたが? アヴァロン商事はハウザー王国との輸入取引商会。その私が紹介すると言えば当然ハウザー王国の有力商会に決まっております。お命じになられた以上それに見合う方をお揃えいただきたいものです」
「セイラ・カンボゾーラ! 謀ったな」
「愚か者! 当然の事ではないか! 己が口から吐いた言葉にすら責任を持てぬのか!」
ジョン王子が怒気を込めてマルコ・モン・ドールに言い放った。
「いや…それは僕の一存で決められる事では…」
いきなり腰砕けになるマルコは縋るようにジョバンニ・ペスカトーレを見るが、ジョバンニたちはソッポを向いて無視している。
「殿下も落ち着くかしら。決定権の無いマルコ・モン・ドール一人では判断できないのも道理かしら。持ち帰って検討すれば良いかしら」
「ああ、ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢。そうさせて頂く」
マルコ・モン・ドールはヨアンナにそう告げて、私をキッと睨むと席に戻り椅子にドカッと腰を下して頭を抱えた。
「セイラ・カンボゾーラ。折角王妃殿下に取り入ったのだから見捨てられない様に媚びを売っておく事ね」
「下賤なあなたを認めて頂けたのだからこれ以上不興を買うような真似は慎むべきだわ。王妃殿下のお陰でもう絹を独占する事は出来なくなった事を肝に銘じるべきね」
ジョバンニ・ペスカトーレの代わりにユリシアとクラウディアが嫌味を言った。
「そうですわ。絹製品ならば是非シュナイダー商店にご用命ください。ハンカチからドレス迄なんなりと仰って戴ければご用立ていたしますわ」
「愚かね。そんな物これからはハスラー聖公国からの高級品を買う事が出来るのだからあなたごときから…」
「それでもハスラー聖公国からお求めになるなら早くても半年先。多分ラスカル王国の一般貴族迄製品が回って来るのは一年先ですよ。少なくとも今年の夏ものは間に合いませんよ」
エマ姉の言う事に二人はハッとして顔を見合わせた。
「もし必要が御座いましたらライトスミス商会も絹生地を購入なさいましたから口をきいて差し上げますわ」
私はクラウディアたちに声を掛けると、続けてマルコの方に向いて話しかける。
「マルコ様。参加なされる方々のご都合が判りましたならご連絡ください。ただしお顔合わせまでには一月は見て頂かないと、面会の準備がかないませんのでそれもご考慮の程お願い致します」
そう一言伝えてから、ヨアンナとファナについて取り巻きの私たちも食堂に向かった。
「あの方は結局どうするつもりなのでしょう? 教皇の息のかかった高位貴族が獣人属の商会主と交渉などするでしょうか」
「場合によっては何か言ってくるかもしれないわ」
ジャンヌの問いかけに私はそう答えたが可能性は五分五分だ。
「多分他の方法を使うと思うのだわ。奴らもハウザー王国に伝手が無い訳では無いのだわ」
ファナが意味深な事を言って何か考え始めていた。
いったい教皇派が持つハウザー王国への伝手とは何なのだろう。
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