第42話 ライトスミス商会

【1】

 最近落ち込んでいたセイラがやる気になった。

 この間の聖教会での事件は紆余曲折有ったが丸く収まって、セイラとライトスミス家の思惑以上に事がうまくいった。

 ただセイラは自分の思惑外での、特に聖教会内部での抗争に考えが回らなかったことにショックを受けており、ウィキンズ達の活躍も相まって自分の非力さを痛感している様だった。


 高々十歳程度のガキの分際でとオスカーは思う。

 子供なら子供らしく自分の手下の成果は自分の物ぐらいの態度で威張り散らしても構わないのに、こいつは自分の非力さを嘆くとはつくづくわが娘ながら末恐ろしい。その末恐ろしい娘の為にオスカーは商会を立ち上げてやった。


 聖教会の事件でミソの付いたバルザック商会のギルド株は二束三文で商工会も持て余していた。オスカーは関係者だったから仕方が無いと尻拭いをしてやると言って商工会に恩を着せつつ捨て値でギルド株を購入し、バルザック商会の負債と相殺する形で店を手に入れた。

 倉庫内も店内も債権者が回収していった後で何も残っておらずガランとしているが、そもそも大掃除の手間が省けて大助かりだった。


 聖教会教室でのアバカスの講習も軌道に乗り、セイラの読み通り6:4で了承を通しかけたが、セイラの野郎は儲けの一割を喜捨すると言って聖教会に恩を売って5:5で手打ちに持ってきた。その代わりに顧客の個別のオーダー品は聖教会以外でも扱える事で契約を取り付けた。

 新型アバカスの普及も進むと、ライトスミス商会には個人オーダーのアバカスの依頼が来るようになった。

 始めは大型の珠や桁数の多いアバカスのオーダーが主流であったが、見栄を張りたがる貴族のお抱えの会計士などが、香木や宝玉の珠を使ったもの等を依頼するようになった。


 セイラの指示で受付のカウンターの外側にライトスミス工房特製の見栄えの良いチェストや書棚を数点置いて書籍や小物を並べてある。

 その真ん中には小振りの洒落たテーブルと椅子がセットで置かれて、商談スペースになっている。

 もともとバルザック商会が商品を並べていたスペースだ。元の商談用のカウンターがチョークやアバカスの展示スペースになり、小黒板に価格や説明が記載されて一緒に並んでいる。


 金持ちの顧客が訪れるようになると家具のオーダーも入り始めた。また商談に併せて出されるお茶と小さく切ったゴッダードブレッドも人気を呼び、商談に奥方や子供を伴ってくる客も現れた。

 セイラは商家の奥方に子供たちへのアバカスの教育を勧め、子供向けの小型のオーダーメード品の購入を吹き込んでゆく。


 いつの間にか玄関口の商談テーブルは奥方と子供の商談兼談話室と化して、男性の商談は奥の執務室に追いやられていた。

 それに併せて玄関の商談スペースの家具も量産品に取り換えられたのだが、飾り気のない量産品に彫刻を施した飾り板を取り付けた新商品が並べられた。


 セイラいわく、毎日家具を使うのは奥方であるからその好みに合わせるべきだと言う。奥方が気に入るデザインの彫刻で飾られた新製品は当然御婦人方の目を引いた。

 ご婦人好みの家具のオーダーの依頼が入ると、セイラは完成品の引き渡しまでの数日間商談スペースで展示する許可をえた。


 顧客のご婦人も自分の名前が張られたお洒落な家具を見せびらかす機会を得て、その家具につられて富裕層のご婦人方も訪れる。

 更には嫁入り前の娘たちも新作のお洒落な家具にため息をつく様子がしばしば見られるようになった。

 そして一般の嫁入り前の娘たちは中に招き入れられて量産品のお洒落飾り付き家具を見せられる。

 お洒落な飾りや化粧板の種類もいくつか見本が並べられ、好みを選べる上に自分たちでも手が届く価格となると欲しくなるのは世の常だ。


 いつの間にか商会の商談スペースはご夫人と娘さんたちに占拠されカウンターの内も外も女性で埋め尽くされた。哀れにも男性の顧客は倉庫を改造した奥の薄暗い相談室に押し込まれることになってしまった。


【2】

 セイラは嫁入り前の手習いとしてアバカスの習得を娘さんたちに勧めて聖教会教室への参加を促した。

 そして瞬く間に小型の携帯型のアバカスが嫁入り道具の一つとして認知されるようになり、聖教会教室に通う女性が増え始め識字率も上がり始めた。

 その為清貧派の聖導女達のセイラに対する聖女認定はいやおうなしに上昇している。


 それに伴ってライトスミス木工所の規模も二倍に拡大した。

 この国の都市部では建物の玄関の大きさで居住区の税額が決まる。大きな商家でも居住区画の玄関口は税率に併せて小さく作る。そのため運び入れられる家具の大きさは固定されてしまう。

 これまでの家具は全てオーダー製品だったのが、間口に合わせた大きさの既製品の家具を量産することで単価を下げて大量に売りさばく事が出来た。


 見習いや技術の無い職人は既製品の家具を、技術が上がれば細工物の化粧板や足や柱の細工物、アバカス等の小物を任せて行く。そして技術のある職人はオーダー物や新規のデザイン品、機械ものにも携わせる。


 フルオーダーが基本だった家具作りが、作り置きの既製品の販売を始めて大きく変わった。廉価品の出現で一般の家庭での家具の購入が大きく増えたのだ。

 特に一般家庭の嫁入りの家具は高価なオーダー家具一点よりも、廉価品の家具を数点揃えるようになった。

 その傾向は富裕層でも同じで、オーダー品を減らして廉価品に飾り板加工を施したものを増やすように変わってきた。


 更に発注の方法も変わってきた。これまで発注方法に不慣れな為あまり関わらなかった奥方や娘たちが中心になって商会に発注にやって来るのだ。

 一々詳細を難しい用語でオーダーしなくても、見ればわかるし見本を比較できる。

 セミオーダーだから他人との被りも納得済みだ。


 それにオーダー品が減ったと言う訳でもない。まず、修理や改造の件数が増えた。奥方が気に入らない家具の修理や改造を望んだのだ。

 更に近隣の貴族や大商人の奥方からの新たにオーダーが入った。


 フルオーダーの顧客は少し減ったが、セミオーダーや既製品の売り上げが大幅に上がった上に修理や改造の仕事も増えた。

 熟練度合いに合わせた仕事の割り振りと同じ形の部品の組み換えでバリエーションを出すことで熟練工以外の徒弟や見習いがこなせる作業が増え作業効率が大幅に上がった。

 仕事量が増えたことで見習いの腕が上がり徒弟としての仕事を任せられるものが増え、更に見習いの数も倍に増えたが、それでも工房の工員は手一杯になった。


 その対策としてセイラはとんでもないことを考えついた。工房の細工部門の仕事の一部をゴッダードの別の工房に依頼に出したのだ。

 ”商売敵しょうばいがたきは敵にするより取り込んじまえ”だそうだ。

 実際にゴッダードの街でのオーダー家具の依頼が減少していることは事実で、他所の工房はジリ貧の状態になりかけていた。

 細工品の請負を了承した工房には更に既製品の代理販売も持ち掛け、ライトスミス工房代理店の看板を上げさせた。


 代理店では飾り板の製造と既製品への貼り付け、修理、販売を行い利益を上げ始めた。ほとんどが家族で商う小さな木工所ばかりだったので、後継ぎや次男三男などを修行の名目でライトスミス工房で面倒を見ることになり、経験のある工員が確保できた。

 その工員たちが実家に戻ればライトスミス工房の関連店として更につながりが深まる仕組みだ。


 商会発足から一年を待たずにライトスミス木工工房は家具部門と細工品部門そしてアバカスや黒板等の小物を扱う日用品部門に分かれて、代理店との交渉や管理、家具の宣伝や売買契約と聖教会との専属契約・ハバリー亭との請負契約等をライトスミス商会が扱う形態に変わった。

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