第43話 グリンダの画策

【1】

 アバカスを作っている日用品工房で又、娘のセイラが新商品を作ってきた。

 木の板に八×八のマス目を彫ったゲーム盤と六十四枚の丸い木の駒を使ったリバーシと言うゲームである。

 俺が木工所の日用品工房での生産を請け負い商会で売る事に同意すると早速に何やら画策を始めた。

 そして有ろうことかセイラは盤面に聖教会の紋章を刻印する事で専売契約を取り付けて、ライトスミス商会で売り出す事に成功した。これも街中で人気商品になりつつある。

 ゴーダー子爵家では大奥様や子爵夫人の手慰みに子爵家の家紋を刻印した香木の盤と象牙の駒の特注品も収めた。周辺の貴族からもオーダーが入り始めているがこれも皆商会の売り上げである。


 エマは聖年式を終えて、正式にライトスミス商会の見習いになった。見習いといってもチョーク工房の頃からずっとセイラと一緒だった上に、レイラと俺から商売の基本は叩き込まれている。

 特に損得勘定と契約に関する商法の知識はレイラも感心するほどに鋭いので、ほぼ商会の番頭替わりをこなしている。


 そしてエマの聖年式が過ぎてひと月立つとセイラは十二才になった。

 約束通りライトスミス商会の商会主は晴れてセイラ・ライトスミスとして登録申請された。

 

 俺がセイラのメイドとして雇ったグリンダは、今はセイラの秘書になっている。

 アンに指導させて一通りのメイドの仕事はこなせる様に成ったのだが、事務職の方が向いていると判断したからだ。頭の回転の速い娘だと思っていたが、非常に商才の有る娘でなにやらエマと一緒になって商会の利益向上に努めている。

 ただ本人はセイラのメイドという立場に拘りがあるようでメイド服を脱がない。アンに心酔しているのかセイラの筆頭メイドを名乗っている。


 そのグリンダとエマの提案で元の商会は”セイラカフェ”と言う名のカフェスペースを併設した商品の展示場に変わってしまった。


 これと言って娯楽の無いゴッダードの街では、セイラカフェでゴッダードブレッドとお茶を楽しみながら新作の家具や商品を見るのが上流婦人の楽しみとなり嫁入り前のお嬢さん方の憧れとなった。

 最近では王都のダドリーからの情報で、ファナセイラという新しい白パンの料理が追加された。これにはフルーツやクリームなども挟んで食べるそうで、さらに若いお嬢さん方の人気に拍車がかかり大盛況である。

 更にはグリンダが週に一度アバカスの出張教室の開催を主張し、ピエールを名指しで講師として派遣させるようにセイラに頼み込んだらしい。定期的に母親のピエレットと会わせるために企画したようだ。

 ただ、どういうわけかアバカス教室の日は十代の娘さんたちでカフェがあふれかえる事態に陥っている。

 これには何故か、セイラが頭を抱えているようだ。


 そのあおりを食て商談に来る男たちは商会を追い出されて、セイラカフェの隣の三階建ての建物に移る羽目になってしまた。

 隣の店の看板がライトスミス商会に代わり、会計と事務処理に聖教会から引き抜いたミカエラが着任した。最近は育児に忙しいレイラに変わって木工所の経理も一部迄担当している。セイラの弟、息子のオスカルは順調に大きくなっている。


 そして新しいライトスミス商会の一階をセイラカフェの支店にしようとエマとグリンダが画策している。

 こちらは貴族のパーティーをイメージした様式にするとか言っていたが、なにやら試したい企画が有るとか。

 何でもメイドの修行を兼ねて礼儀作法を習得させるとか考えがあるらしい。

 セイラは、何故だか不満そうだがカフェでの売り上げが更に増えるならライトスミス商会としては問題は無い。

 

【2】

 問題無いわけあるかー‼

 父ちゃんはまるで理解していない。

 アバカス教室に通う女性たちは、ピエール目当てのショタコンたちだ。

 私も初めはグリンダがピエレッタさんの為にピエールを指名したと思って聖教会にお願いしたのに。

 グリンダのやつ、始めから企んでやがった。


 更に今度は隣に新設するカフェの店員は、メイドの修行を希望する少女に限定すると言い出した。父ちゃんはもとよりお母様まで言葉巧みに口説いて了承を取り付けた。

 まず間違いなく子爵邸でのガーデンパーティーの時に言っていた事を商業ベースで企んでいるのだろう。グリンダとエマ姉によって外堀は埋められつつある。

 聖教会教室の卒業生からメイドの修行を積みたいものを募って店員集めも始まっている。


 グリンダにメイドの修行を指導できるのかと言えば、一通りの業務についてはマニュアルを持っているのだ。

 四年前グリンダが私のメイドとして見習いに成ったとき、マニュアルの作り方を私が教えてしまったのだから。そしてそのマニュアルはアンによって添削、監修されて完璧なものに仕上がっている。

 このカフェの計画はアンも乗り気で、見所のある娘は十二になれば我が家のメイドとして採用すると言っている。

 うちの両親や聖教会はおろかアンまで手玉にとるとは、グリンダ恐ろしい娘!


 でもこのまま放置すると商会のカフェはロリコンの萌豚どもの巣窟に成り果てる。

 この世界では十五で成人と見なされる。

 女性の結婚年齢も低いこの世界ではペド野郎に対するハードルも低い。

 十歳児がメイド服を着て接待するカフェって犯罪臭プンプンじゃないか。(俺)がいた世界じゃあ即、通報案件である。


 しかもこの話にはエマ姉が一枚噛んでいる。この二人のコラボは最悪だ。

 何より確実に成功しそうな事が腹立たしい。

 この間エマ姉が私にメイド服で店長として店に立たないかと打診してきた。

 客と握手するだけで良いとか言って…。

 自力でメイド喫茶のシステムにたどり着いたエマ姉の発想力には恐れ入るが、この企画は絶対阻止してやる。


【3】

 ミシェルやルイーズまでメイドに応募してきた。ミカエラさんとしては目の届くところに娘がいる方が安心するのだろう。

 ミゲルはライトスミス商会で今年から見習いとして働いている。

 マイケルもマヨネーズ売りをやめて、女性向けのセイラカフェで給仕をしている。

 ルイスはマヨネーズ売りを続けているが、ルイーズは旧市街の聖教会へ通うより家の近くのセイラカフェの方が馴染みも有り安心だと家族からもジャックからも薦められたらしい。

 グリンダとしても私と馴染みのある二人を行く行くはメイド見習として自分の下に付ける事を考えている様だ。

 ミシェルは母のミカエラさんに仕込まれて四則算も経理の技術も習得しつつある。

 ルイーズは叔母のジャクリーンさんに似てすばしっこくて身体能力も高い。

 ただそれがメイドに向いているかと言われれば疑問なんだけれど。


 この娘達をペドの魔の手から守るため私は立ち上がった。

 客からの指名による給仕は承諾したが指名料はチップとして店員本人に渡すようにさせた。

 変なおまじないも握手やボディータッチも禁止、見つけ次第即退場。

 その代わりリバーシのボードを設置して客同士や店員とゲームをする事は許可した。

 ワンゲーム銀貨一枚。

 これでエマ姉とグリンダを納得させてどうにか開店のはこびとなった。


 用心棒もかねてパブロとマイケルを新店舗のカウンターに入れた。特にパブロはポールの弟だけ有って体もでかくで腕っぷしも強い。何事にも卒が無く目端の利くマイケルとは良いコンビである。

 私は二人にも簡単な護身術を教えている。


 ポールやウィキンズには見回りの依頼をしている。

 幼女店員に手を出す不届き物をたたき出すためだ。

 リバーシの人気が高まり、ゲーム目当ての客が増えてペド達は駆逐されつつある。

 最近では近隣の店の隠居した老人たちがオープンテラスの陽だまりで孫くらいの年頃のうちの店員とボードゲームに興じる姿が微笑ましく好評である。


 ただ室内に目を転じると常連客達の白熱したゲームでピリピリした鉄火場の空気を醸し出している。

 こう言う席ではお茶とファナセイラと呼ばれているサンドウィッチが大量に消費され周りに見物客も溢れかえる。

 エマ姉は酒も出そうかと言っているが絶対に却下だ。酒が入ると暴力沙汰に発展しそうで怖い。


 最近では賭けリバーシを企むヤカラまで現れ始めた。聖教会の専売を取っているゲーム盤でそんな事が起これば目も当てられない。

 店員には監視の目を光らせるように徹底しているのだけれど、その賭けを企む筆頭が身内のエマ姉であることが最大の頭痛の種である。

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