第124話 アレックスのルームメート(3)

【5】

「だって、エドウィンもエドガーもどこにでもいる名前じゃない。それにエドに関わってもお金儲けにならないわ」

 エマ姉は特に悪びれる様子も無くシレッと言い放った。

 そうだよね。この人はお金に直結しない事にはまるで関心が無い。

 そう言えばヨハン・シュトレーゼの事も賭けの負け金額が出るまで思い出さなかったよなあ。


「だってさー。面倒くさいじゃない、誰かに何かやらされるのってさー。何もしたくないよー」

 エドは机にしがみ付いて足をバタバタさせている。

 ああ、こんな奴ら最近どこかで見たなあ、大量に。この男は絶対に高等学問所には近づけてはいけないタイプの人間だ。


 今、新学期前の王立学校のガーデンテラスにエドを連行して尋問中だ。

 ガーデンテラスではエドとエマ姉が仲良く椅子を並べて座らせられて、アドルフィーネとリオニーが小言を言い続けていた。

 本来クオーネに居てあちらの商会支店を仕切っているはずのエドが何故ここに居るのか。


 理由は単純で、怠惰で引き籠りたかっただけだった。

 簡単な指示で成功に導いてくれるエドは、クオーネの商人や貴族からの信頼は絶大でひっきりなしに相談が持ち込まれていた。

 怠惰なエドがそんな生活に我慢できるわけでもなく、王都での活動支援という適当な理由付けで隙を見て逃亡して来たようだ。


 エドなら王立学校の受験資格はゴッダードでもクオーネでも簡単に取得できる。

 姑息にも私に判りにくいように、ゴッダードの聖教会の推薦を取り王立学校にもぐりこむと、六教科満点という実力を盾に、王立学校に引きこもりを了承させてしまった。

 その上でクオーネでの失敗の尻拭いをチラつかせてルイスを脅してフットマンとしてに使い走りをさせていたのだ。


 アレックスと同室になったのは偶然だというが、エドの話しは何処まで本当か判らない。

 アレックスを通じてオーブラック商会とシェブリ伯爵家に毒を流し続けていたのは間違いないのだから。

 エマ姉も大概だけれども、本当にエドだけは底が読めない。あの謹厳実直なシュナイダー氏からなんでこんなバケモノ姉弟が生まれたんだろう。

 つくづくこの二人が身内で良かったと思う。


 ルイスの話では、エドは最近では男子平民寮でも顔が聞くようになってきて、色々と頼られているそうだ。

 怠惰なくせに割と律儀だから、相談事は必ず一言アドバイスをして、又それがとても的確なので何やら占い師のように思われている。

 集まる生徒も何やら信者的な奴らが増えてカルト集団みたいになりつつある。

 この際エドの立場を鮮明にして、こちらの人間であることをアピールして貰わなければ男子平民寮が大変な事になりそうだ。


「新学期からは講義に出てきなさいよ」

「やだよー、面倒くさい」

「どうせあんたの事だから、図書館の本だって大概読み切ったんでしょう。なら、講師の話を聞くのも暇つぶしになるでしょう。アイザックだってゴッドフリートだってあんたが知らない数学理論を知ってるんだから」

「うーん…じゃあ出る」

 よーし! これでエドも引っ張り出せた。後は、エドにも仕事を振って動いて貰うぞ。


「ねえエド、そろそろ寮に籠るのも煩わしくなってきたんじゃない?」

「ウーン、そうだねえ。鬱陶しいのが集まり出したねー」

 二週間もすればアレックスが帰って来る。これ以上エドの好きにさせてアレックスの周りに毒を撒かれるのはアレックスが可哀そうだ。


「ねえ、シャピの大聖堂をひっくり返してみない。ポアチエ州の領主家のポワトー伯爵家は清貧派に鞍替えしたの。でも聖教会はガチガチの教導派、大司祭は無能なお飾りで、枢機卿は重病で動けない。それに縁戚でポワトー伯爵家の後ろ盾のシャトラン州の州都を握るサン・ピエール侯爵家も教導派を見限っているわ。盤面中央は黒一色だけれど角二つは白が抑えているみたいな状況ね。ひっくり返すの好きでしょう」

「そうだね。ちょっとオーブラック商会を煽り過ぎてアレックス・ライオルには可哀そうな事をしたし、その話に乗ってみようかな」

 エドの奴、少しは反省してるんだ。


【6】

 翌日、アイザックとゴッドフリートに引き摺られてエドが講義室にやって来た。…歩けよ!

「エドウィン君て、エド・シュナイダーって言うんだね」

「うーん」

「シュナイダー君はアレックス・ライオル君と同室だったんだ」

「うーん」

 二人が歩み寄ろうとしてるんだからちゃんと返事位しろよ!


「あの方は試験の時に天文の教室にいらした方ですよ。どなたでしょうね。セイラさんはご存じですか?」

「ええ、良く知ってるわ。私よりもっとよく知っている人がジャンヌさんの同室に居るわよ」

「えっ! エマさんもご存じなんですか?」

「うん、多分知っている人だわ」

「エマ姉、多分て何? 弟でしょう。無関心過ぎない」

「えっ! エマさんの弟? もしかして疎遠だったのですか?」

「そんな訳無いわよ。ずっと一緒に暮らしてて、一緒にライトスミス商会で仕事してて多分も何も無いでしょう」

「だって、エドはお金にならないもの。あの子に関わると出費も多いし」


「あの男が幾何も天文も数学も満点を取ったというエドウィン・エドガーか。ジャンヌは試験で一緒だったのであろう。知らんか?」

「アレックス・ライオルと同室だったそうだな。聖女ジャンヌには何か言っていなかったのか? まあ宮廷魔術師どもは聖女の理論が気に入らなかったようだが」

「別にそんな事は無いぞ。考え方の違いはあるが、ジャンヌ殿の理論も一考に値するものだ。アレックスはどうだか知らんが。あのエドウィンとか言う男の事はジャンヌ殿も聞いた事は無いだろう」

 何でこいつらはジャンヌに質問する? エマ姉の弟だって言っているだろう。


「あら、怠け者のエド・シュナイダーが居るわ。クオーネの仕事はどうなっているのかしら。サロン・ド・ヨアンナの仕事もアヴァロン商事の仕事も任せていた筈なのになぜこんな所で寝てるのかしら。お仕置きが必要なのかしら」

 入って来たヨアナンのその言葉にいきなりエドは立ち上がって講義室のドアに向かって駆けだした。

 そう言えばエドはクオーネの責任者だった。


「アイザック! ゴッドフリート! 確保かしら!」

 運動不足のエドはドアに到達する前にあっさりと二人に捕らえられた。

 二人に捕まったエドはそのままヨアンナのもとに連行され、隣の席に座らされた。

「一体何が起こっているのですか?」

 レーネが目を見張って問いかける。

「こいつが不登校だったエドウィン・エドガー・シュナイダーよ」

「エド・シュナイダー! たしかエマの弟の名前なのだわ。自堕落な怠け者と聞いているのだわ」

「この怠け者は、仕事をするのが嫌でクオーネを逃げ出してきたかしら」


「何がなんだかサッパリ分からないのですが?」

 ファナの後ろからついてきたカロリーヌが目を丸くして狼狽している。

「ポワトー女伯爵カウンテス簡単に説明しますわ。彼はエマ姉の弟で、クオーネの商会の仕事を任されていたのに、仕事が嫌で逃げ出して王立学校の平民寮に名を隠して潜んでいたの」

「エマさんも気づかなかったのですか?」

「エマ姉は領収書の額面でしか人を認識しない人だから」

「もう、セイラちゃん。そんなに褒めても利息は取るわよ」


「それで、カロリーヌさん。来週から領地と州都の大掃除はエドが担当してくれるので週末にお屋敷に連れて帰ってください」

「えっ? ええ、わっ分かりました」

「えーー、面倒くさい! そんなのルイスにやらせれば良いじゃん」

「ルイーズが怒るからダメ。ルイスには平民寮でアレックス・ライオルの体調が戻るまで面倒を見てもらいます」

 なし崩し的に話は進みポワトー伯爵家の責任者はエドに決まった。

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