第141話 来訪者

【1】

 翌日見回りに入っていた衛士隊から盗賊の残党を見つけたが森に逃げ込まれたとの報告が入った。

 村はずれの廃屋に潜んでいたところを村人に見つかり、衛士隊が駆け付けたが間に合わなかったようで、村人の話しではロングソードを携帯していたと証言が有った。


 更に次の日にも離れた村で残党の痕跡が報告された。

 その夜にはその盗賊が街道から少し離れた村を襲い食料を奪った上、村人にけがを負わせて逃走した。

 またリール州の州境沿いの村では逃走を図った盗賊の残党が村人と遭遇し、戦闘になって村人に負傷者が出た。残党も手傷を追いながらも森に逃げてしまった。

 同じその夜に狩り小屋の有った村の倉庫に火がかけられて、捕まえている盗賊たちを解放しろという強迫文の書かれた板が残されていた。


 今回の盗賊団はどれもそれなりに武装している。

 現に私たちの係わった事件でも三人とも武装していたし、アジトを強襲した冒険者のメンバーですら負傷者を出している。それなりに危険な奴らなのだ。

 ルーク様は領主館に戻ってきた冒険者に街道筋に点在する廃村や廃屋の調査に行く村人たちの護衛を依頼した。

 残党は少なくとも三人は確実に居る。脅迫文の犯人が他の三人と別な可能性も大きい。まだ息を潜めている者もいるかも知れない。

 クオーネの冒険者ギルドからは追加で二チームの応援が駆け付けた。

 負傷した冒険者も大きなケガでは無く、もう戦線に復帰している。


 現在は十四人の冒険者が二人ずつ組んで重点区域を七つに分けて衛士隊や村人と連携して警備と捜索に当たっている。捜査網は狭まって盗賊団は追い詰められつつある。


【2】

 そんな折にライオル伯爵領から急な来客が有った。

 関所からライオル子爵家の長男ロアルド・ライオルが十人余りの随員を引き連れて面会を求めてきたと早馬が入った。


 来てしまったものを追い返すわけにもゆかない。

 この忙しい時期に何の用だと憤りつつ、カマンベール男爵は忌々し気に迎えの準備を命じている。

 ライトスミス商会の支店に詰めているメンバーも総動員して応援に入らせた。

 リオニーやウルヴァに加え、リオニーについて修行中のマリーとアンヌも動員した。パブロでも執事服を着せればフットマンおろかアッパーサーヴァントに見えるし、それに近い仕事もこなせるのだ。

 その代わりグレッグ兄さん達技術陣は河辺の村に移ってもらっている。…まあ大半は水車小屋に入り浸って戻ってこないのだけれど。


 午後には仰々しく飾り立てた二頭立ての馬車と二人の騎馬随員が六人の軽装鎧の従者を連れている。何だろうこの物々しい集団は?

 領主館に横付けされた馬車の中から軍装に身を包んだ二十歳前後の男性とビロードの衣装の商人らしき男そして文官らしき男を従えて降りてくる。

 迎えに出た男爵に対して鷹揚に右手を上げると一言いう。

「久しいな。カマンベール男爵」

 男爵様もルーク様も一瞬不快気に顔を顰めるがすぐに素の顔に戻った。


「それで如何様いかようで参られたのであろうかな。ロアルド殿」

 ロアルドを招き入れながら憮然とした顔でルーク様が言った。

「折角遠方からこの様な田舎に参ったと言うのにご挨拶だなあルーク殿」

「当方も忙しいもので余り接待を求められても余裕が無い物でな」

「その様なもの端から期待してはおらぬ。まあせめて仏頂面を晒さず笑顔にしておかねば元から乏しい幸運がさらに逃げて行きますぞ。ワハハハ」

 玄関先で出迎えの男爵夫人やメリル婦人、ルーシーさんに混じって聞いていたが、年も若いくせに横柄な若造だ。

 プライドだけ高い社会経験の無い者ほどこういう態度をとる物だが、彼はその典型のようだ。

 ロアルドは二人の随員を従えて私たち女性には一瞥もくれずズカズカと廊下を歩いて休憩のために用意された個室に消えた。


「とても無礼な方ですね。公式の場でたかだか伯爵家の長男が現役の男爵様に対してとる態度ではないと思うのですが」

「そもそもライオル家の人間はみなあのように非礼なものばかりなのですよ」

 男爵夫人が憤りながら吐き捨てる。

「あの一族の為にルーシーがどれだけ辛い思いをした事か…」

 ルーシーさんのすぐ上で次男のルシオさんが悔しそうにポツリとこぼす。

 そんな私たちの前をワゴンを押したパブロが通り過ぎて、ロアルドと随行員の入った部屋に消えて行く。


「パブロさんは一体なにを…」

 ルーシーさんが驚いて私に問いかけた。

「すみません、勝手な事をして。メイドの代わりにフットマンとしてパブロを付けました。メイドではなにか起こった時に対処が難しいかと思いましたので」

「なかなか考えましたのね。ウフフフフ、さすがはレイラ様の娘さんですわ」

 メリル様がにんまりと笑った。


 来客用のホールで早めの夕食会が始まった。

 いきなりの客ではあるが非礼も出来ないので夕食と一泊の準備だけは整えておかねばならなかったのだ。

 カマンベール家は男爵夫妻、長男のルーク夫妻、次男のルシオ夫妻、長女のルーシーさん、そして私だ。子供達三人は別室でメイドや召使と先に食事をとっている。

 普段は召使が先に食事をとる事は無いが、来客が主賓だけでなく警護の騎士や連れて来ている領兵も含めるのでいつ手が空くか判らない。

 ルーシーさんが味見と称して、子守も兼ねて使用人全員に先に食事をさせているのだ。


 大きなピッチャーには水代わりに薄めのビールがタップリと注がれている。

 アペリティフは西部産の葡萄酒が開けられた。

 ホールに入ってきたロアルドは不機嫌そうに言い放つ。

「何だこのフットマンは、メイドはおらんのか!」

「給仕に何かご不満などおありでしたか」

 ルーシー様の問いかけにロアルドは言い難そうに顔を背けた。

「何故フットマンなのだ。メイドはどうした」

「急な来訪でしたので食事の用意でメイドは出払っておりますもので」


 ロアルドが忌々しそうに鼻を鳴らしてジョッキを掴むとピッチャーに手を伸ばした。

 それを一瞬早く優雅に持ち上げた無表情のパブロがジョッキの口にピッチャーを当てる。

「お注ぎ致しましょう」

 ロアルドは不快そうに眉を寄せながら継がれたビールを一気に飲み干した。

 オーブンで香草焼きにされたマトンのアバラ肉が銀の大皿に乗せられてテーブルの中央に置かれた。

 夕食会が始まると給仕の為にメイド達が出てくる。

 作業服に近いカマンベール家のメイドより、そろいのメイド服に身を包んでいるライトスミス商会メイド達の方が目に付きやすいのだろう。

「何だこのメイドは! 子供の…それもケダモノばかりではないか!」


「それでもこのメイド達は礼節を知らない貴族子弟よりは、ずっと礼儀をわきまえておりますので非常に重宝しております」

 ムッとした私はロアルドに対して悪態をついてしまった。

 言い過ぎたかと思ったが私の周りの女性たちは薄笑いを浮かべてロアルドを見るに留めている。

「貴様、俺が礼儀を知らぬと言いたいのか」

「あくまで一般論ですわ。私はそこ迄貴方様の事を存じ上げておりませんので」


 顔を真っ赤にして何か反論しかけたロアルドを遮って、カマンベール男爵が立ち上がるとグラスを掲げた。

「今日は急な来客ではあるが、歓迎の意味を込めてアペリティフに西部ロンバモンティエ州産の五年物を開けた。楽しんでくれたまえ」

 パブロがリオニーからボトルを受け取ると賓客席のロアルドのグラスにワインを注ぐ、続けて二人の随員に順に注いで回る。

「なぜお前が注ぐ!」

「メイド達にはご不満がおありの様でしたのでわたくしが務めさせてい頂きます」

 ロアルドの問いにパブロがシレッと答えた。

「ワイン程度しか媚びるものが無い様なので頂こう」

 ロアルドは男爵の挨拶も待たずに勝手にグラスのワインを飲みほした。

 波乱含みの夕食会が幕を開けた。

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