閑話26 ウィキンズと王都(13)

 ◇◇◇◆

 先程の言動から勘案する限りでは、マルカム・ライオルが一枚噛んでいるのは間違いなさそうだ。

 マルカムの後ろでニヤニヤしていた奴らも宮廷貴族系の子爵家や伯爵家の奴らだった。

 今日の様子を見る限りではマルカム・ライオルは首謀者と言うよりは後ろの奴らに焚きつけられた道化の様相が濃い。

 メイドのミアを唆した奴もあの中に居るのだろうか? 後ろにいた誰かが糸を引いているのだろうか?


 それにしてもケインがあれ程激昂するとは意外だった。

 同期で同じ隊で同室。つながりは深そうに聞こえるが、身分の手前俺は一歩引いた付き合いしかしていなかったので本当の所はあまり知らなかった。

 もう既にレオナルドやウォーレンと意気投合している様だ。


「おい、ウィキンズ。お前気付いたか? マルカムの後ろに控えていた奴ら」

「ああ、副団長派閥の連中だな。第七中隊の奴らが三人居た。一人上級座学の学生が混じっていたな」

 座学も実技も初級・中級・上級で三年間で上級座学まで履修して卒業だ。履修の順番は個人の自由で先に座学を終わらせるものも実技を終わらせる者もいる。

 二年生の俺もケインも実技は上級を履修している。

 三年生のマルカムは座学の単位が足りないと言う事だ。


「それだけじゃねえぜ。一人教導騎士団の奴が混じっていた」

「えっ!」

 もちろん騎士科には各騎士団の団員が来ている。人数が多いのは王都騎士団員でその次が近衛騎士団員だが地方の騎士団員も選抜されてきているし勿論教導騎士団の団員もいておかしくは無い。

 ただ聖教会系の騎士は早くから聖教会にその地位を約束されている事と世俗との関わりを由としない風潮が有る為余り王立学校には来ない。

 特に清貧派は騎士団を持たないし、聖堂騎士団は各聖教会に所属する警護員で正式な騎士とは看做されていない。そして教導騎士団は権力の有る枢機卿や大司祭の私兵としての色合いが強い騎士団なのだ。

 俺は学内に教導騎士団員が居たこと自体知らなかった。


「誰だそいつは?」

「カール・ポワトー伯爵家令息、北部貴族の三男坊だな。ペスカトーレ侯爵家の側近。要するに現法王の私兵団の親玉の孫だよ」


 ◆◇◇◆

 騎士科の座学が終わって直ぐに俺は使用人寮に走った。

「ナデタ! 居るか?」

「貴方如きに呼び捨てられる謂れは無いわ」

「御託は良い。マルカム・ライオルの裏に教導騎士団の伯爵子息がいる。カール・ポワトーとか言う奴だ」

「ポワトー枢機卿の孫かしら。父親が大司祭だったわね」

 ナデタはそのまま黙って考え込み始めた。


「それで、ミアの関係では何か動きが有ったのか?」

「黙秘中。今朝、使用人寮の友人が訪ねて来たそうよ」

 何でもお菓子を分けて貰える約束が有ったとかで、使用人寮の友人がミアを訪ねて来たそうだ。

 ミアの代理のメイドが事情を話してクッキーを少し持ち帰らせたそうだ。

 その少女には特におかしな素振りは無かったと報告されている。


「良い報告を有難う。ご褒美よ。後で昼食代わりに御食べなさい」

 ナデタはそう言うとスコーンを二つ俺にくれた。

 子供の使いかよ! とも思ったが有り難く貰って騎士科に戻った。

 息を切らして武闘場に滑り込みギリギリで実技の授業に間に合った。


 防具をつけると鬼のような形相のマルカム・ライオルの姿が有った。

 ケインが俺の背中を叩いて去って行く。

「おーい、レオナルド。手合わせしてくれ」

 おまえ! 汚いぞ! 本当に丸投げして行きやがった。

 マルカムが模擬の長剣を投げてよこす。

 俺は受け取りながらマルカムに言う。

「又鉄芯でも入っているのですか」

「だっ黙れ! 今日はが相手をしてやる。

 マルカムの後ろに第七中隊の上位貴族が二人、模擬長刀を持って立っていた。


「下賤なファルシオンや徒手格闘は上手くても、騎士の本分はロングソードなんだよ! ロングソードが扱えん奴は騎士たる資格など無い」

 マルカムの仲間の一人が偉そうに御託を並べる。

 フィールドに立つとアゴで俺に入って来るように促してきた。

 仕方なく俺もフィールドに入ると長剣を構えた。


 一合、二合、三合、打ち合ってみると上位貴族の連中にしてはかなり重い。

 しかしそれだけだ。

 振り下ろすだけの単調な剣で何も工夫が無い。

 但し…授業前に使用人寮を全力疾走で往復したせいで息が上がってしまう。

 相手は自分の剣技が効いていると思ったのか更に激しく打ち込んで来る。これは早く終わらせてしまおう。

 受けた刀を大きく薙ぎ払うと回転をかけて脇腹に叩き込む。

 一本目は終了だ。


 ひと息ついて水を飲もうとしてフィールドを出かけるともう一人の男に押し留められた。

「次は俺だ。サッサと構えろ」

 俺を休ませないつもりのようだ。開始線に戻った俺に始めの合図も待たずに打ちかかって来た。

 さっきの奴とは違う剣捌きで次々に打ち込んで来る。手数が多い。剣は軽いがさっきの男より格段に上手い。

 模擬刀も軽いものを使っている様で、実践ではどれだけ役に立つのだろうと些か疑問に思う。

 それでも模擬刀での訓練では他の学生よりは随分と有利だろう。


 立て続けの打ち合い。手数が多く良く動かれる分さらに息が上がって来る。

 喉が渇く。

 それでも打ち合いは続く。

 最終的には模擬刀で相手の模擬刀を抑え込んで鍔迫り合いに持って行く。力負けはしていない。

 押し込んだ上で相手を突き飛ばし尻もちをつかせ、その鼻先に模擬刀をかざした。

「まっ参った!」


 完全に息が上がっているのが判るがマルカムは容赦しないだろう。

 俺を弱らせて止めを刺すつもりなのだろう。

 獰猛な笑い顔を見せながらマルカムが踊り込んで来る。

 唾を飲み込んで大きく深呼吸をする。痺れて腕の感覚が無い。覚悟を決めて模擬刀を構えた。


 大きく息を吐いた途端に横から突き飛ばされて、フィールド外に転がされてしまった。

 立ち上がろうとした俺はウォーレンに羽交い絞めにされた状態でフィールドを見上げる。

「悪いがウィキンズには、良い女を搔っ攫われた恨みが有るんでこの勝負は俺の勝ちだ。続きをやるぜマルカム・ライオル」

 レオナルドがそう叫んでマルカムに打ちかかる。

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