第94話 船長会議

【1】

 ポワトー伯爵家領主城の大会議室は集まった船主や船長、水先人や航海士でごった返し騒然としていた。

 カロリーヌからなされた通達の説明と理由については概ね納得が得られたが、今後の方針となるとそうも行かない。


「この際当分は北海ルートを捨てて西部航路に重点を置きゃあどうなんだ」

「そうだ、北海の混乱で西部の開拓方針に支障が出れば王妃殿下にも顔向けが出来ねえ」

「バカ野郎ども! 俺たちはシャピを守る槍なんだぜ! みんな西部に出払っちまってガレやハスラーの船団を誰が守るってんだ」

「でもよう、他国の商船の為に俺たちが手を取られるのは違う気がするぜ」

「てめえは、朝の女伯爵カウンテス様の演説を聞いて無かったな! 俺はあの言葉に心が震えたぜ」


 結局こいつらに仕切らせているといつまでたっても収拾がつかない。

「いい加減にして話を進めましょう! 女伯爵カウンテスが居るのだから場所を弁えて! 王妃殿下の通達も有るので、状況がハッキリする迄シャピに待機をお願いするわ」

「状況って言っても何がどうなれば出航が出来るようになるんだよ!」

「そうだぜ、いつまでも陸に上がっていると干からびちまう」

 就航停止が布告されて未だ半日なのに堪え性の無い奴らだぜ。


「ギリア王国の宣戦布告から四日。二~三日中にはガレ王国やダプラ王国の声明も届くと思うの。関係国の動向が判れば対象の仕方も見えてくるわ」

「いったいどういう事なんだ」

「何よりガレ王国がどう動くのかだよね。上手く仲介に立ってギリアとダプラの紛争の落としどころを見つけてくれればそれが一番望ましいわ」

 まあそう上手くは行かないだろうが、話し合いが始まればしばらくは政情が落ち着き貿易の再開も考えられる。


「ギリア王国は勢いで国交断絶を叫んだけれどそれが裏目に出て、ガレ王国に交易の利益まで奪われつつあるのよ。だから貿易の利権を得られれば矛先を納めるかも知れない」

「だがよう。ギリアが矛先を納めなければどうなるんだ。ガレ王国が権益を渡すのを渋るとか」


「その場合はガレ王国がダプラ王国に味方してギリア王国と対立する事になるね。アヌラ王国もダプラ王国に味方するだろうから、ギリア王国は三国を相手に戦う羽目になる。でもギリア王国が宣戦布告をしたけれど戦端を開かないかもしれないよ。そうなれば敗北は必至だろうからね」

 もちろん希望的観測だ。

 自棄になったギリアが戦端を開けば北海航路はガレ王国とギリア王国の私掠船の巣になってしまう。


「なあアヴァロン商事の嬢ちゃん。そうなりゃあシャピは、俺たちはどうする事になるんだ」

「シャピの立場としては一早くガレ王国に同調する事を表明する事になるだろうね。そうなれば更にギリアに圧力がかかって無謀な戦争は防げるだろうから。けどギリアの私掠船が増えるだろうから船団方式は維持するよ」


「ノース連合王国航路はともかくハスラー聖公国航路も封鎖するのはなんでなんだ」

「ここに居るのは船長クラスばかりだからハッキリ言わせて貰うわ。アジアーゴは信用できない」

 その言葉に騒然としていた話し声が引いて行き視線が私に注がれるのが分かった。


「ギリア王国は海賊船が北東に逃げたと言っているけれど帆船協会の船じゃないよ。なら奴らは何処に居るんだい? アジアーゴとハッスル神聖国の航路でコソコソと動いていると私は思っているよ。そんななか東部航路に出てギリア王国の私掠船や例の海賊船に出会ったときに、後から帆船協会が来たらどうなると思う」


「その通りだぜ嬢ちゃん。ペスカトーレ侯爵家は信用できねえ。奴らに背中を預ける気にはならねえな」

「そもそもダプラ王国が海賊船を仕立てたなんて、私掠船を運航させる口実にしか思えないわ。それで標的にされるのはシャピやガレの商船だと思うのよ。迂闊に罠に飛び込む訳には行かないわ」


「そうだぜ! セイラ様の言う事に間違いなんかありゃしねえ。あたいが星読みと算術で航海士になれたのもセイラ様のお陰だ。おめえらもセイラ様のいう事を聞いてりゃあ大丈夫だから、女伯爵カウンテス様を心してお守りしろ!」

 猫獣人の航海士、今は西部航路商船の船長であるグレース船長が演台に飛び乗ってそう叫んだ。


「そうだ! 女伯爵カウンテス様に従ってポワチエ州を守るんだ」

 無駄に盛り上がっているようにも思うが、状況は理解して貰えたようだ。


【2】

 翌日、予想外の情報がシャピにもたらされた。

 いち早くハッスル神聖国がギリア王国の支持を表明したと言うのだ。

 獣人属で多神教の邪教徒の国に鉄槌を下す事に賛同するとの声明文がもたらされたと宰相からの緊急報告がもたらされた。

 この声明に対してハスラー聖公国は聖大公の名で中立を宣言し係わらないだろうとの王妃殿下よりの情報を貰っている。


 ラスカル王国はペスカトーレ侯爵家やモン・ドール侯爵家がハッスル神聖国に追随するよう主張するだろうが、ノース連合王国の盟主国であるガレ王国の決定を支持すると言う方針で押し切る方針だそうだ。


 流動的ではあるが教皇一派や国王がハッスル神聖国への賛同を求めても、ハウザーとの交易で利益を得ている南部や西部も一部の東部貴族もあからさまなギリア王国支持には賛同しないであろうし、北部でもノース連合王国との交易で利益を上げている諸州は内戦の勃発を望まないだろう。

 国王陛下も王妃殿下や貴族たちの反発を押し切ってまでギリア王国支持は表明できない。


 新情報を説明する為に船長たちにまた集まって貰った。

 私から状況の説明を聞いて船長たちから次々に怒りの声が上がる。


「アヴァロン商事の嬢ちゃんお言う通りだったぜ。迂闊に東部航路に出てれば後ろから刺されたかもしれねえ」

「舐めた真似しやがって、北海東部は私掠船の海になり果てるぜ。こっちから打って出ねえのか?」

「やってやろうじゃねえか! ハッスル神聖国なんざあ返り討ちだ!」

「先走んなって! この早漏野郎らが、ガレ王国の動向を見てからだろうが」

「ふざけんな! 俺はペスカトーレ侯爵家のケツの穴舐める気はねえぞ、腰抜けめ」

「誰が腰抜けだ! もう一回抜かしてみやがれ! その口耳までぶった切られてえか!」


 ドガーン

 中央の演台を叩く大きな音が響き渡った。

 グレース船長が拳銃の台尻をハンマー代わりにして演台に叩きつけているのだ。

「いい加減に黙りやがれ! この〇無し野郎どもが。喧嘩なら外でやりやがれ」

 響き渡る女の声に、部屋中の男たちの視線が一斉に壇上に注がれた。

 おい! 私の顔を見るな! 言ったのは私じゃないぞ!


「ごたごたとうるせえんだよう。ダプラ王国に海賊が居座るような港なんてねえんだから濡れ衣に決まってるだろう。教皇派閥の糞どもがダプラ王国やアヌラ王国を潰しにかかってんだろうが」

「その通りだグレース船長! ここで打って出なきゃあ漢が廃るというもんだ。怖気づいてるようじゃあ海の漢じゃねえ」

「出航の見合わせは王妃殿下のお達しだろうが! 西部航路も北部航路も関係ねえ。おめえらの空っぽの頭で考えても何も変わらねえんだよ」

「その王妃様がハッスル神聖国に従わないって言っているんだろうが。この○無し野郎が」

「てめえに〇無し云々言われ筋合いはねえぞ! そこまで抜かすなら玉付けてから来やがれ!」

「なんだと! 鉛玉ぶち込んでもう一個増やしてやってもいいんだぜ!」

 グレース船長に期待した私がバカだった。船乗りなんて結局男も女も脳筋ばかりじゃないか。


「いい加減にしなさい! ガレ王国がどう出るかで状況が変わるのよ。そしてガレ王国はノース王国の盟主。ダプラやアヌラに悪い様にはしないわ。シャピが開拓したノース連合王国の航路は奪わせない」


「おい野郎ども! 聞こえたか! 嬢ちゃんの言う通りなら俺たちは今まで通りガレの商船を保護して北海航路を維持する事になる。気合入れろ!」

「「「「「おー!」」」」」

「アヴァロン商会の嬢ちゃん、あんたの言う事を信じるぜ」

「当然じゃねえかよそんな事は。おい、○無しどもが、心して聞きやがれ! セイラ様がいうことに間違いなんかねえんだよ!」


「ガレに居る商船団やアヌラやダプラを回っている商船団も順次帰って来るわ。北海諸国の動きを一番早くつかめるのはこのシャピの港湾事務所よ。しばらくは北海へのにらみを利かせる為にシャピの盾となり槍となって貰うから覚悟を決めて!」

「「「「「おー!」」」」」

 どうにか王妃殿下の言う臨戦態勢も整ったようだ。

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