第93話 北海の不安(3)
【4】
その日の内に王妃殿下から極秘裏にカロリーヌに通達が入った。
今入港しているシャピ船籍の商船の出航を暫く留めるように、そしてアジアーゴ船籍とハッスル神聖国船籍の商船は入港及び出港を一時禁止する事。
そしてシャピに置いて臨戦態勢を整えよとの一文が有った。
なぜそんな事を私が知っているのかと言うと…。
いまカロリーヌと共にシャピに向かう船の中に居るからだ。
もちろんいつもの様にカロリーヌに泣きつかれたのではあるが、帰って来たアドルフィーネから王妃殿下直々に、私宛にシャピに向かう様にと言う書簡が手渡されていた。
書簡には場合によっては北海東部海域からの海峡閉鎖を視野に入れて対策を講じろと、かなりデンジャラスで大雑把な指令が記されていた。
それも王妃殿下と宰相閣下の連名でだ。
ふざけんな! 一子爵令嬢に何を重たい指示を出してやがって。それも極秘裏に進めろと言うおまけつきだ。
しかし海峡封鎖とはいったい何が起こっているのだろう。
東部方面の封鎖という割にはハスラー聖公国が対象に入っていないのも解せない。まあ王妃殿下の母国でもあるのでその含みも有るのだろうが、あの宰相閣下が国益よりも王妃を取る様な事も考え難い。
アジアーゴとハッスル神聖国を封鎖の対象にしているという事はギリア王国との三角交易に何かきな臭い物が有るのだろうが、臨戦態勢とはいただけない。
ノース王国の内戦に介入する動きがどこかにあるのだろう。
ただ、ガレ王国船籍の商船や北海西部航路に関しては今のところ通達が無いという事なら、ギリア王国とダプラ王国の内戦に直接介入するつもりは無いと判断してもいいかと思う。
とは言ってもガレ王国の動き次第ではこちらも流動的だ。
カロリーヌには安全の為、状況がはっきりするまではシャピの商船は出航を見合わせるように港湾事務所を通して通達を出してもらっている。
アジアーゴとハッスル神聖国の商船はシャピへの入港は殆どないので大きな問題はないが、建前上ギリア王国との係わりがありそうな船舶は一旦拘留或いは入港拒否を行うという事で対応を進めている。
後は港湾事務所の判断でハッスル神聖国とアジアーゴの船を弾いて行くだけだ。
夕刻に出向した船は朝にはシャピに到着した。
たぶん浅瀬を示す常夜灯が整備されて夜間航行も安全度が上がっている為、早馬とあまり変わらない時間で到着できていると思う。
馬車移動より早くて快適なのは助かる。
船内で軽い朝食を済ませて直ぐに港湾事務所に向かった。
早朝だと言うのに港湾事務所の前にはかなりの人が集まっていた。
朝一で出港の予定だった船舶が緊急の通達で足止めを喰らった事で、不安を感じた船乗りたちが集まってきているのだ。
「みんな! 不安だろうけれど落ち着いて聞いて。この後
私は港湾事務所の前の演題に駆けあがって船員たちに話しかけた。
そして今のノース連合王国の状況を簡単に説明する。
「ギリア王国とダプラ王国の内戦だと思わないで。宗主国であるガレ王国にいつ飛び火するか判らないし、シャピでの北海航路の取引の半分は今やガレ王国との取引でしょう」
「でもハスラー聖公国行きの船は大丈夫だろう」
「そうなのだけれど、北海東部の海域はこれから荒れるかも知れないわ。ギリア王国が宣戦布告したと言う事はギリア商船も私掠船許可を行使する可能性が大きいということよ。情勢が判るまでは商船保護の為に船舶の航行を控えて欲しいの」
「ギリアの私掠船だろうが例の海賊船だろうが返り討ちだ!」
「おうよ! シャピの商船団を舐めるんじゃねえぜ!」
私の話を聞いて船乗りたちはいきり立ち始めた。
血の気の多い船乗りたちは私掠船という言葉に、逆に闘志を搔き立てられたようで変な方向でやる気になっている。
「だからだよ! あんた達が戦ったら絶対勝つから相手から敵国認定されちまうだろう! 敵か味方か定まらないうちに戦争に巻き込まれる訳に行かないんだよ。だからしばらくはここで状況を確認して、今まで以上に取引の有る商船団の護衛を兼ねた通商活動をするんだ。シャピの港を守るのも北海航路の安寧を守るのはあんた達なんだからね。カロリーヌ様に迷惑かけんじゃないよ!」
「ったりめーよ! 俺たちがシャピを守るんだ!」
「
「俺たちゃあポワトー
場は温まったようだ。
単細胞の水夫たちのお陰で臨戦態勢も整いそうだ。
私に続いてカロリーヌが壇上に上がる。
そして深々と水夫たちに一礼すると口を開いた。
「皆さん。気は急くでしょうが今は堪えて下さい。ガレやハスラーの皆様も不安でしょうがこの港に留まり指示に従って頂けるなら必ず安全に母港に送り届けさせていただきます。シャピの商船団の皆様! あなた達の船はポワチエ州の矢であり槍です。ただその鏃であり穂先である衝角は正しきものを守るためにのみ使われなければなりません。シャピの商船団が正義の衝角である事を望んでやみません」
「「「ウオー!
「「「ポワトー
皆口々にカロリーヌへの賛辞を口にしながら盛り上がっている。波止場の船員たちの興奮は最高潮に達していた。
「みんな! あなた方の苦労を労ってアヴァロン商事からジンを二樽プレゼントするわ。この後正午の鐘が鳴るときに波止場の広場にいらっしゃい!」
「「「「「おーーー!」」」」」
これで船員たちはどうにか纏められそうだ。
【5】
カロリーヌは港湾事務所に戻るなり私にしがみついて、崩れ落ちる様にへたり込んでしまった。
「セイラ様。どうにか上手くいったのでしょうか? 私は不安で堪らないのです」
蒼ざめた顔で私に問いかけるカロリーヌの背中に手を回して立ち上がらせると、その背中は汗だぐっしょりと濡れていた。
腹を括ると思い切った行動に出る上しっかりと役をこなすカロリーヌだが、本来は臆病で小心者だということはこの一年の付き合いで良く知っている。
「大丈夫よ。これで船員たちは一つにまとまったわ。それにガレやハスラーの船員たちからも好意的な評価を貰えたし。後は船主や船長たちとの打ち合わせだけよ。みんな通達内容やその趣旨は理解しているはずだから後は理を通して納得して貰うだけ。それもせいぜい一週間程度で状況は動く筈だから」
「そう簡単に片が付くでしょうか? 私は不安で堪りません。もしシャピの商船が巻き込まれたなら、あの船員たちが死ぬ様な事が有ったらばと思うと…」
「大丈夫。そんな事には成らないって。こんな時こそあなたがしっかししなきゃいけないって。私も仲間の皆もついているのだから」
そう言いつつ私も不安はぬぐえない。
どう考えてもギリア王国の宣戦布告は言いがかりだろうし、ガレ王国はこの内紛に巻き込まれる事は必至だ。
そして何よりアジアーゴとハッスル神聖国、要はペスカトーレ侯爵家一族を信用する事が出来ないのだ。
頼むから杞憂で終わって欲しい。
王立学校では夏至祭の準備が始まっている。こんな事件さっさと片付けて私は夏至祭を楽しみたいんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます