閑話14 ウィキンズと王都(5)

「お待ちください。少々ご無体が過ぎるのではございませんか」

 俺の言葉に三人の少年が一斉に振り向いた。

「何だ? 其の方」

「年下の子供の事ですからどうかご寛恕をお願い致します」

「其の方がこやつの飼い主なのか?」

「いえ、そう言う訳では御座いませんが。相手は小さな子供でございます。無作法が御座いましたなら自分が言い聞かせますのでお許しいただきたくお願い致します」


 俺はそう言うと童女を助け起こし、服の汚れを払ってやった。

「お前、名前は何というんだ? どこから来た?」

「ウルヴァと申します。メリージャから来たです」

「じゃあウルヴァ。ここは俺が謝っておくからお前はご主人のところに行きなさい」

「お嬢様はご一緒していません。今日はメイド長と参りました」

「それじゃあそのメイド長のところに行きなさい」


「お前、何を勝手なことをしている!」

「そうだ! 誰の許しを得てそのメイドを行かせるのだ!」

「さあ、ウルヴァ! 早く行きな」

 ウルヴァは振り返りながら頭を下げて駆けて行った。


「おい、騎士風情が何を勝手なことをした!」

「貴様! 俺たちがだれかわかっているのか! 地方騎士なら平民の出だろう」

「はいゴッダード騎士団の一般騎士であります。差し出がましい事を致しましたが、自分の責任ですのでお咎めは自分が受けます」


「そんな事は当たり前だ。おい、兄者を呼んで来い。こいつを絞めて貰う」

 リーダーと思しき少年が仲間の少年に告げる。多分王立学校か騎士団に兄弟がいるのだろう。

 貴族の子弟だから近衛騎士団の先輩がやってくる可能性が高い。厄介だと思うが仕方なくため息をついた。


 案の定、近衛騎士が三人やってきた。それも先日に揉めた三人だ。

 俺の顔を見て狂暴そうに笑う。

「おや、どこかで見た顔だなあ」

「お前、行く先々で問題を起こさなければ気が済まない様だなあ。俺たちが一つ稽古をつけてやろう」

 レオナルド達に会う前に片をつけてしまおう。王都騎士団に迷惑をかけるのは忍びない。


 諦めて三人と一緒に近衛騎士団の練習場に赴いた。

 肩をつつかれて練習場に入ると、十数人の騎士が訓練の手を止めてこちらを見ている。

 眉をひそめる物が数人、しかし大半はニヤニヤと笑いながら集まってきた。

「秋に配属されるヒヨッコ騎士に近衛騎士の何たるかを教えてやる。田舎騎士団と近衛騎士団との違いをよくその身で味わう事だな」

「おい、マルカム・ライオル。詰まらん事は止めておけ」

「うるさい! アントン。お前男爵家の分際で伯爵家の俺に意見をするのか。身分をわきまえて黙って見ていろ!」

 そう言うとマルカムという騎士はアントンという騎士を突き飛ばして、俺を練習場の真ん中に連れて行った。


「おい、みんな! そいつらを行かせるな」

 憤然として立ち去ろうとするアントン達を数人のほかの騎士が囲む。出入口にも騎士が二人立って見張りを行っている。


「おい、ヴァクーラと言ったかな。お前の剣だ」

 両手用の模擬長剣を俺に向けて放ってよこした。それを右手で受け取るとそのまま柄を握ってひと振りする。

 重さやバランスはまずまずだ。見た目に特に傷や破損は無いようだが、地面をたたいて音を確かめてみると音が軽い。


「そんな事をしても何もわからないぞ。さっさと構えろ」

「防具は無しでありますか。剣だけの打ち合いで終了で宜しいでしょうか」

 防具も付けさせないつもりのようだ。俺を潰す気でいるのだろう。

「一対一の対戦でありますね。終了の判定はどうするのですか」

「フン、もう負ける時の算段か。それは審判が終了を宣言するまでだ」


 完全に俺を潰す気でいる様だが、それならそれで精一杯抗ってやろう。

 両手で長剣を構えるとマルカムが一気に打ち込んできた。正面で受けるが重い。

 ベルナールの話しでは模擬刀の中に鉄芯が入っていると言っていた。

 二合・三合と打ち合う内に模擬刀の柄へ伝わる感触が変わってきた。あと一~二合で折れてしまうだろう。

 左に受け流して一合、右から下に受け流してもう一合。ベキリと鈍い音がして模擬刀が半ばより砕け散った。


「模擬刀が折れてしまいました」

 俺は残った半分を右手に持ったまま後ろに飛び下がる。

「ふざけているのか。実戦では剣だけで片が付くものか。徒手格闘も含めた訓練だ。剣を手放しても終わらないぞ」

 残忍な笑いを浮かべてマルカムが模擬刀を大上段に振りかぶる。


 打ち下ろされた長剣を右手の折れた模擬刀の鍔元で受ける。

 ファルシオンなら得意の得物だ。折れた模擬刀なら丁度良い長さだ。

 俺は至近距離に入り込んでマルカムの小手を執拗に狙う。長剣は至近距離で勢いが殺されて折れた剣にかかる負担が少ない。

 六合ほどの打ち込みを全て折れた剣でいなすと一気にマルカムに体を寄せて左手で相手の右を掴む。


「徒手格闘も含めた訓練でありましたね。得意なんですよ」

 俺はマルカムの耳元でそう告げると、右手を模擬刀から離して奴の襟元を掴み左足を絡ませて大外刈りで地面に叩きつける。審判の判定はかからない。

「グワッ、くそー。てめえぇ…」

 地面の転がりうめき声をあげるマルカムの奥襟を右手で掴んだまま右手に力を入れて、背中に回り込むと両足で相手の脇を挟み喉元を締め上げる。


 審判の顔を見上げるが唖然とした顔のまま言葉を発しない。

 そのまま腕に力を入れて締め上げてゆく。

 俺の右腕を掴むマルカムの手から力が抜けて行く。

 白目になり口元に泡が溜まりマルカムの股間に水たまりが出来て行く。


「おい、早くとめろ。死ぬぞ」

 アントンが大声で審判に叫んだ。

「ああっ、終了! 終了だ! ヴァクーラの勝ちだ」

 審判の声で俺は手を放してマルカムを地面に転がし立ち上がった。

 マルカムの仲間が駆け寄ってくる。


「息をしていないぞ!」

「しっかりしろマルカム!」

 マルカムの肩を掴んで揺り動かす。訓練場は騒然となった。

 俺はマルカムの背中に回り活を入れる。マルカムは呼吸は戻ったが意識が混濁しているようで目は虚ろだ。


 俺は立ち上がると正面に一礼して訓練所を去ろうと歩きかけると声がかかった。

「お前、面白い技を使うんだな。名前は何というんだ?」

 出入口の見張りを押しのけて入ってきたのであろう男がつかつかと歩み寄って俺に聞いてきた。

「「「…中隊長殿」」」

 俺は直立すると騎士の礼をして答える。

「自分はウィキンズ・ヴァクーラであります。今秋から近衛騎士団に配属になります」

「俺はルカ・カマンベールと言う。近衛第四中隊の中隊長をしている」

「エッ! するとクロエ様の…」

「クロエを知っているのか。あれは妹だ」

「先ほど予科でご挨拶をさせていただきました」

 クロエ様が妹という事は、二人はお嬢の再従兄妹という事だな。


 そんな会話をしていると出入り口の扉が大きな音を立てて開け放たれた。

 体格の良い少年が入ってくる。その後ろにマルカムの弟とその取り巻きの二人が立ち、その三人を囲むように別の少年が三人ついて入ってきた。

「ここにヴァクーラと言うものは居るか?」

 体格の良い少年が怒鳴る。


「自分がヴァクーラであります」

 その少年の後から入ってきたマルカムの弟たちは顔にあざを作って悄然としている。

「俺の客の召使に無礼を働いたこいつらにお灸をすえてやった。お前も助けてやるぞ」

 その少年は傲慢そうに俺を見上げて笑う。

「アッ兄上!」

 マルカムの弟は訓練場の真ん中で皆に抱えられている兄を見つけて顔色を変えて駆け寄ると俺を睨みつけた。


「ヴァクーラ、お前がやったのか?」

「はい、戦闘訓練をつけていただきました」

「おもしろい、俺の名はイヴァン・ストロガノフだ。俺も近衛に入る予定だから覚えておけ」

 そう言うとついて来たほかの三人に手で合図をする。

 その後ろから涙をためたウルヴァがおずおずと姿を現した。


「このメイドが礼を言いたいそうだ。俺は帰るがこのメイドはお前が送って行ってやれ。こいつの主人のグリンダはロックフォール侯爵家に滞在しているらしいからな」

 そう言うとイヴァンと取り巻きは颯爽と帰って行った。


「おい、ウィキンズ・ヴァクーラ。入隊したら俺のところに来い。第四中隊で面倒を見てやるからな」

 カマンベール中隊長もそう言うと去って行く。

「ヴァクーラ様、助けていただいてありがとうございました」

 ウルヴァが深々と頭を下げた。

 ああ、お嬢のところのメイドかよう。

 ほんとうにグリンダとお嬢はいったい何を企んでいるんだ?

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