閑話28 ウィキンズと王都(15)

◆◇◆◆

 それから少ししてお茶会はお開きになった。

 主催のクロエ様とカミユ様は片付けの差配の為暫くこちらに残る事になっており、後の三人の令嬢を三人の騎士が送る事になった。

 レオナルド狙いのシーラ様の主張が通って貴族寮へはレオナルドとウォーレンが、平民寮にはケインが行く事になった。


「行くわよ!」

 俺はナデタに袖を引かれてケイン達の後を追う。

 しばらく行くと立ち話をしているケインとテレーズ様の姿を見つけた。

「あんた、テレーズ・シャトランだろう。なんで清貧派の修道女などしている。いやシャトラン準男爵家なら教導派は有り得ねえかもしれんが、獣人属嫌いの急先鋒のシャトラン家の人間がなんでレスター州の清貧派の修道女なんだ」

「知らないわ! シャトランなんて姓は初めて聞いたわ!」

「ああ、シャトラン姓は捨てたのか。さっき聞いた通り苗字の無い平民になったんだな」

「捨ててなどいない…。貴方にいったい何が解ると言うの! そもそもあなたは何者なの?」

「ケイン・シェーブル。ヴァランセって言う貧乏騎士爵の孫だよ。アンタにはこう言やあわかるかな。マルテル・ドゥ・ポワトーのお手付きになって殺された女の息子だってよ」

「一体何の話なのかしら。シェーブルやヴァランセなんて知らないわ。シェブリ伯爵家とも繋がりなんてない」

 テレーズは血の気が引いた青い顔で、それでもキッパリと答えた。


◇◆◆◆

「でもシェブリ家のメイドとはお親しいんでしょう。昨日はシェブリ家の部屋付きメイドが貴女のお部屋を訪ねておられた様ですけれど」

 物陰からいきなり現れたナデタと俺に二人はギョッとした様子で振り返った。

「知らないわそんな事。誰か別の人と間違えたのではなくて。あなたたち盗み聞きって失礼では無いかしら」

 テレーズは俺たちに非難の目を向けてくる。

「三日前にはアントワネット様とお会いされていた様ですね」

「ケダモノの分際で何を! 下衆い詮索をしないで!」

 テレーズは血の気の引いた顔でこぶしを握り締めると俯いて歯を食いしばった。もうこれ以上話す気はないようだ。


「ケイン…。なあ良ければ事情を話してくれないか」

 俺はケインに話を促す。

「よくある話さ。伯爵家へ家事見習いでメイドの修業に行った騎子爵の娘が領主の枢機卿に手籠めにされて妊娠して僅かな金で放逐された。実家に帰るに帰れず細々と出産して子供を育てていたら跡目争いを恐れた領主の長男一家に見つかり殺されて、一人息子は命からがら祖父の家に逃げ込んだって言う話だよ」

「そのせいで私のお父様は死んだのよ! 薄汚い獣人属の奴隷上がりのせいでね」

 テレーズが血を吐くように吠えた。


「それは俺も同じだ! 母さんを殺されて俺を連れて逃げてくれたシェーブルのおっちゃんも殺された。シェーブルのおばさんだって怪我がもとで三カ月苦しんで息を引き取った。俺がシェーブル姓を名乗っているのはあの二人に対する恩が有るからだ」

「あなた達が抵抗しなければ…あの獣人属が逆らわなければこんな事にはならなかったのよ。保護されたシェブリ司祭の屋敷から逃げ出さなければ…」

「あんたは知らないようだから教えておいてやるよ。あの夜母さんはシェブリ伯爵家の、それも司祭の側付き聖導女に首を搔き切られたんだよ。俺の目の前でな。騒ぎに気付いたシェーブルのおばさんが俺を抱えて逃げてくれたんだ。二人はヴァランセ家のただの従僕だった。命を懸ける義理も無いのに助けてくれた。別にあんたの親父さんも命令で来たんだろうから恨んじゃあいねえ。憎いのは母さんの首を手土産に司祭長に成りあがったシェブリ司祭とそれを指示したポワトー伯爵家だ。あんただってそうだろう。俺を逃がしたことを理由にシェブリ伯爵家に実家を潰されたんじゃないのか」


「ええそうよ。だから教導派は許せない。だからと言って獣人属への憎しみも消せない。シャトラン家はハウザー王国から国を守ってきた武勇が誇りだった。それが獣人属の奴隷上がりなんかに…」

 唇を噛むテレーズに俺が質問する。

「それで聖女様を裏切ってシェブリ家の令嬢と組んだのですか」

「違う! ジャンヌ様はそれは立派なお方よ。その思いは変わらない。だから…だからこそセイラ・ライトスミスは危険なのよ! あの女の口車に乗って獣人属を修道女にするなんて。クオーネではライトスミス商会の後押しで獣人属の聖導女までいると言うでは有りませんか。あの女は毒よ。だからこのお茶会を潰したかったのよ。あの女の息の掛かったこの集まりにジャンヌ様を近づけてはいけない。どうしてそれが判らないの!」

 そう言ってテレーズは声を殺してすすり泣いた。


「それで貴女は此れから如何なさるのですか?」

「貴女はセイラ・ライトスミスの腹心の様ね。私はね、相容れないことも有るけれどジャンヌ様への尊崇の気持ちは変わらない。あの方は…ジャンヌ様は…貴女の主人の様に信仰を金儲けに使っているような女とは中身が違うのよ。…レスター州へ帰るわ。どこかの貧しい土地でジャンヌ様の御心を広めて一から村人を導いて行くわ。貴女がどのように報告しても構わない。弁明も言い訳もしない。私の気持ちは変わらないもの」

「別に報告はしませんよ。ミアの事も有るし何も知らないブレア様を傷付けたくないので」

 ナデタの事だからもっと苛烈にテレーズを責めるのかと思っていた。


「ウィキンズ・ヴァクーラ! 他人事のように聞いているけれどあなたにも責任は有るのよ」

 テレーズは顔を上げると俺を睨みながら言った。

「メイドのミアが私の口車に乗ったのは貴方のせいでもあるのよ。人当たりが良いのは結構だけれども、誰にでも良い顔をしていると要らぬ誤解や嫉妬を招く事になるのだから肝に銘じておく事ね」

「何が有ったか知らねえが、だいたい察しは付くぜ」

 横で聞いていたケインが頭を掻きながら俺を見上げる。


「えっ!? いったいどういう意味だ? 俺の何が悪かったんだ?」

「朴念仁ぶるのも度を超すと嫌味にしか思えないわ。貴方にはもう少し自覚が必要ね。メイド達にはウィキンズのせいだと話しておきます。貴方は意味がわかるまでじっくり考える事ね」

 ナデタの言葉にテレーズはフッと溜息をもらして平民寮に向かって歩き出した。

「メイドの噂は怖いわよ、ウィキンズ・ヴァクーラ。でもこれで少しは溜飲が下がったわ。ナデタと言ったかしら。なかなか良い仕事をするじゃないの」

 そう言い捨てると大股で歩き去って行った。その後ろ姿にナデタは深々と頭を下げた。


◆◆◆◆

 メイドのミアは体調不良と失恋と言う理由で故郷に帰り、ナデタの差配したメイドが、王都のロックフォール侯爵屋敷内のライトスミス商会支店からブレア・サヴァラン男爵令嬢のもとにやって来た。

 俺は何故かブレア様からミアの件で迷惑をかけたと謝られたが、ブレア嬢はセイラカフェのメイドがついたことが自慢の様で話の2/3はメイド自慢だった。


 テレーズ修道女は体調不良を理由にあの日以来顔を見なくなり、あれ以上の事を聞く事が出来なかった。

 ミアはテレーズ修道女にライトスミス商会の関係者との係わりの悪影響を説かれた上、恋敵への意趣返しも出来ると唆されたそうだ。

 思い人は騎士寮の平民生徒らしいがメイドの間でも色々と恋愛沙汰が有るんだなぁとつくづく思う。出来れば俺はあまり関わり合いになりたくないものだ。


 ナデタが調べた事のあらましはこうだ。

 シェブリ伯爵令嬢のメイドからセイラカフェのメイドが増えている事への苦言が呈されたようだ。

 獣人属に対してわだかまりがあったテレーズ修道女はシェブリ伯爵令嬢のメイドと連絡を取る様になりシェブリ伯爵家に誘導されたと考えられる。

 教導派はこの地域を越えた清貧派の貴族令嬢の集まりを潰したいようで、ポワトー枢機卿の意を汲んだシェブリ大司祭が娘のアントワネットを使って同じ教区内のマルカム・ライオルを焚きつけていたのもナデタが調べ上げてきた。

 マルカムはポワトー伯爵家とシェブリ伯爵家の後ろ盾を得たと思って気が大きくなっているようで、さらに警戒が必要だとも思う。


 テレーズ修道女はその後しばらくして体調不良を理由に学校を辞めてレスター州へ帰った。本人は北部のシャトラン準男爵家の生まれだったが、母方の実家がレスター州の騎士団の出だったそうだ。

 あの時言ったようにどこかの聖教会へ修道女として赴任するつもりなのだろう。

 時を同じくしてナデタもクオーネに帰って行った。

 そして俺はと言えば、何故かメイド泣かせの近衛騎士と言う噂が立って貴族寮のメイド達から白い目で見られるようになってしまった。

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