第43話 極秘対策

【1】

 ハウザー王国の王位継承争いに介入すべきなのかどうか。

 ハッキリ言ってしまえば他国の事だし、その身が危なくなるならエヴァン王子とエヴェレット王女はそのままラスカル王国が亡命者として受け入れても良い。

 王位継承権二位と四位の王族を握っていれば今後の外交にも有利に働くのだから王家も無碍にする事は無いだろう。


 ただそれもジャンヌ(冬海)の身の安全が確保される保証が有るならと言うのが大前提だ。

 ジョンヌ(冬海)が危機に陥るなら商会の全力を傾けてでも介入する。

「でも、なんでエヴェレット王女なんだ? セイラ・カンボゾーラの攻略対象になんで王女が入ってるんだよう。何より攻略してどうするんだ?」

「百合ルートだからねエ。エヴェレット王女はああいったタイプだから割りとユーザーの一部にはコアなファンがいたようだけど」


「エヴェレット王女が女王になってセイラは聖女として迎えられるって聞いてはいるけれどそれ以上は判らないよ」

 頭が痛くなりそうだ。余り詮索するのはやめよう。

「まあ何よりエヴァン王子ルートを参考に状況を見て、ハウザー王国の王位継承問題へも介入する必要が出るかも知れないな。…ただ冬海は積極的に国境より南への介入は控えておいて欲しい。グレンフォードやゴッダードに何が飛び火するかもわからないから、クオーネを拠点に北への布教を進めて欲しいんだ」

「…判った。少なくとも卒業するまではクオーネに留まる様にするよ。贖罪符の事も有るからね」


【2】

 机のベルを鳴らすと間髪入れずにアドルフィーネが暖かいポットを持って入って来た。

「セイラ様、お話は終わられたのでしょうか」

 そう言いながらティーカップのお茶を入れ替える。

 この娘出来過ぎて怖い。


「ええ、後は今後の対策を相談するからあなたも聞いておいてちょうだい」

 ジャンヌもアドルフィーネににっこりと微笑んで会釈する。

 ここからはセイラ・カンボゾーラとジャンヌ・スティルトンの顔に変わる。


「ジャンヌさんも噂は聞いていらっしゃると思うのだけれど、ヨアンナ様の婚礼は決定いたしました」

「卒業式の翌日というのも本当なんですか? 卒業前位にはできなかったのでしょうか」

 ジャンヌ(冬海)の言わんとしている事は解る。ヨアンナの婚約解消や糾弾の可能性は少しであっても潰しておきたいのだろう。


「こればかりは国事ですし無理なのよ。これがギリギリの妥協点だったの」

「それにしても国王陛下がよく了承してくださいましたね」

「だまし討ち、誘導、出来る限りの嵌め手搦め手を駆使したわよ」

「ハハハ、とう…セイラさんらしいね。その時の国王陛下の顔を見てみたかったわ」


「王妃殿下の挑発に口を滑らせた国王陛下の醜態は傑作だったわね」

「それは私も見とう御座いましたね」

「アハハハ、アドルフィーネさんも割と悪趣味なのね」

「ジャンヌ様も何か吹っ切れた様で嬉しゅうございます」


「私もあなたがセイラさんから何を得たか知りたいわ。わたしはセイラ・ライトスミスさんに背中を押され入学してからはセイラ・カンボゾーラさんに手を引かれてここまでこれたと思ってるの。ずっと昔から私はセイラさんに守られ続けて来たんだなって」

「私もです。洗礼式の頃からエマさんに連れられて木工所の空き地でセイラ様のお話を聞くのが楽しみでした。美少女戦士や魔女っ娘仮面やそれはもう楽しくて…」

「もう! 子供のたわ言よ。恥ずかしいじゃないの」


「へー、そんな事やってたんだ」

「子供の頃の話よ。洗礼前の話だからね」

「ええ、私はドミニク様の計らいで商工会の集会所で洗礼を受けられたのです。セイラ様が洗礼を受けられた後はずっとチョーク工房で学んでその後はアンメイド頭のもとでメイド修行をしながら学んで行きました。セイラカフェの立ち上げ時はグリンダメイド長の補佐で若いメイドの指導をしてまいりました」

「羨ましわ。そんな小さな時からセイラさんと一緒に居れて」

「はい、私共の誇りで御座います」

 アドルフィーネにそこまで言われると本当に照れてしまう。


「ハハハ、セイラさん真っ赤になってるよ」

「もう、からかわないでジャンヌさん」

 アドルフィーネは急に距離感の近くなった俺(私)と冬海(ジャンヌ)に少々困惑気味ではあるが特に気に留める様子もなく受け入れたようだ。


「私は清貧派聖教会を通して教皇庁とペスカトーレ侯爵家はこれから更に贖罪符の非を糾弾して行きましょう。ヨアンナ様の婚姻に介入など考えられないくらいに忙しくしてやる。これからは当分クオーネの大聖堂を拠点に動くつもりです」

 ジャンヌは先ほどの打ち合わせを推し進めるつもりのようだ。


「そうで御座いますね。ペスカトーレ侯爵家の力が削がれればリチャード王子即位の芽は無ですね。モン・ドール侯爵家は曲がりなりにも王族で御座いますから手を出し辛いですから」

 それを言うならペスカトーレ侯爵家はハッスル神聖国のトップの家系じゃないか。


「色々と問題があるけれどどうにか私たちがリードしているはずよ。出来ればここから一気に畳みかけて終わらせれることが出来るなら良いんだけれど」

「ことラスカル王国の国情だけならば可能かと思いますが…」

「周辺諸国よね。少なくともハッスル神聖国は黙っておりませんでしょう。ハッスル神聖国が動けばハスラー聖公国も黙って座視はしないでしょう。王妃殿下とジョン王子の後ろ盾で御座いますから」


「そこ迄は多分みんなも理解していると思うの。でも私はハウザー王国の動向が気になるのよ」

「ハウザー…王国で御座いますか?」

「ええ、もちろん北部辺境のサンペドロ州は私たちの味方よ。でも第一王子や第三王子の派閥が交錯している。私たちは第二王子派閥に組してその王子殿下もラスカル王都にいるのよ。第一王子派や第三王子派が介入してくる可能性が高いわ」


「セイラさんの言う通り、場合によってはハウザー王国との両面作戦も必要かもしれないわ。こちらには継承権第二位の王子と四位の王女もいるのよ。継承問題が火を噴けば絶対に飛び火するはずだもの」

「両面作戦ですか? それならば私はハウザー王国にも大きな伝手を持っておりますので手を回して情報収集を図りましょう」


 そもそもアドルフィーネはメリージャのセイラカフェの元店長でメリージャ市長のお気に入りのハウスメイドでもあったのだから。

「そうね、アドルフィーネ。お願するわ。場合によってはマリーやアンヌにも手伝って貰ってちょうだい」

「そうね。そうですよね。マリーやアンヌもメリージャの出身ですものね」

 コルデー氏は元法務官僚で南部の伯爵家出身だ。彼には辛いかも知っれないけれどここは無理にでも動いて貰おう。


「今まで北に集中し過ぎていたようね。ライトスミス商会はしばらくハウザー王国での情報収集に力を入れてちょうだい」

「はい、早急に編成を変更いたします。サンペドロ辺境伯家にも協力を要請致しましょう」

「それに…ドミンゴ司祭からの情報もお願いするわ。多分福音派も何か動くと思うから」


「福音派ですか? なぜ福音派聖教会が?」

 ジャンヌが驚いた風で問い掛けてきた。

 …もう明かしても良いだろう。ジャンヌ(冬海)も世間知らずの子供ではない。ボードレール枢機卿の過保護もほどほどにすべきだろう。


「メリージャの大司祭はペスカトーレ枢機卿と繋がっているのよ。そしてその書簡を運んでいるのはドミンゴ司祭」

「えっ! 聞いた事が有りますがニワンゴ司祭が慕っておられるお方では…」

「ええ、そうよ。そしてドミンゴ司祭はその書簡をボードレール枢機卿に渡して、封印を張り直してアジアーゴに運んでいるの」

「…ダブルスパイ?」

「まあそういう事ね。これはジャンヌさんと私だけの秘密よ。他の誰にも知られていないから」

 クオーネのパーセル枢機卿はその情報を握っているかもしれないよね。あのおばさんもかなり腹黒そうだったから。

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