閑話22 福音派の造反者(3)
★★★★★★
「重ねて言うが俺たちはルイージとカンナを売るつもりは無い。けれど侯爵様の主張は理解してる。要するに今の身分のままで目の届く所に置いておきたいという事なら交渉の余地はあると思うんだ」
「現状の維持という事かね。爆弾を足元に抱えて放置しておけというのかね。話にならん」
「当然だろう。二人を安全な状態で安寧に生活させるというのが俺たちの目的だ。そこは譲れない一線なんだから、あんたの懐にあろうが足元にあろうが危険度は変わりないだろう。それなら足元の方が懐から吹き飛ばされない分安全かも知れないぜ」
「…お前の言っている事がいまいちわからないんだがな」
「だから、俺がこの王都に残って二人を保護する。もしあんたが手元に置きたいなら俺ごと手元に置く事だな。そいつが条件だ。このことを検討して欲しい」
「それを飲んで我らに何のメリットが有るというんだ」
「メリットなんて無いさ。有るとすれば莫大な金を払わなくても良いって事だろうかな。俺たちがここまで譲歩しているんだ。二人の生活費程度を支給してくれればそれで御の字だからな」
「ふざけてるのか…」
「いや本気の本気だ。そもそもあんたにメリットを提示する話じゃなかったはずだ。譲歩しているのは俺たちだという事を忘れないで貰いたいな」
「フッフフフ。その様だな。舐めてはおらぬつもりだったのだが、まだまだ甘く見ておったようだ。一筋縄では行かんと思っていたが、ここ迄とはな。だがそれだけではまだまだ交渉のとば口だな」
「何が気に入らないんだ。あんたがたに負担はほとんどかからなくなるぜ」
「農奴二人の爆弾にお前迄抱えて火種が増えるだけじゃないか。そもそもお前が一番の爆弾になるのだぞ。危険を何倍にも増やしている、そんな事容認できるか? 少なくとも我々は御免被りたい」
「ならば俺ごと引き取る事だな」
「もっと勘弁して欲しいな。屋敷で火を焚くようなもんじゃないか。それこそ論外だ」
「ならば俺を王都の目の届く所で飼う事だな。これでも聖堂騎士として優秀な方だと自負しているよ。就職先ならばハウザー王都の聖教会ならどこかに転がり込めるだろうからな」
「それは脅迫かね」
「別にそう言うつもりは無いが清貧派聖教会でも、福音派寄りの聖教会もラスカル王国寄りの聖教会も有るのですから」
「第一王子派や第二王子派と天秤にかけるという事か? 検討はしてやろう。結論はこの先夏までの間に詰めて行くとしよう。定期的にこうやって交渉の場を設け書面でのやり取りは無しだ。最終契約時のみ契約文書をまとめる事としよう。さあ今日はここ迄だ」
そう言うとカルトンの上のカジノチップを二枚手に取り懐からダガーを取り出すとその背でチップを割った。
「これは割り負の代わり大事に取っておけ。この先打ち合わせの時はこのチップを出せば個室に入れて貰えるように計らっておく」
そう言うと席を立って部屋を去った。
★★★★★★★
「ケイン様! 今のお話は私は聞いておりません! あなたを残して帰国する事などあり得ません」
それまで黙っていたテレーズが堰を切ったように怒りの言葉を口にした。
「あんたの使命は留学生を無事に帰国させる事だ。それに俺も座してこの王都に居座るつもりは無いさ。ヘブンヒル侯爵が州境を越える手立てを持っているなら俺にも考えがある」
「だからと言ってあなたが危険なこの地に残る事を認める訳には…。あなたは、あなたは私に剣を捧げてくれたのでは無かったのですか。あなたは私の側から離れてはダメなんです…ダメなんです」
「すまない。俺の頭ではこれ以上浮かばなかった」
「いえ、取り乱してしまいました。でもケイン様がここに残るなら私も一緒に…」
「それはダメだ。シャルロットたちがいると言えども皆未成年なんだ。世間知らずのマルケル・マリナーラ一人では護衛など絶対ムリだ。経験と王立学校特待の経歴の有るあんたがいなければ帰国は難しい」
「ですが…あなた一人に全てを…。それならば私が残ればケイン様が四人を連れて…、そうだ、戦えるケイン様が御一緒すれば…」
「テレーズ! あんたも解っているんだろう、そんな事無理だって。これが最善の方法なんだ。そしてこれがボーダーラインだ。これ以上の俺たちの譲歩は無いし、もし無理でも交渉を引っ張って夏季休暇までの間奴らの実力行使を止める事が出来る。その間に次の手立てを講ずる時間も出来る。俺たちの敵はヘブンヒル侯爵だけじゃないんだ。テンプルトン総主教やプラットヴァレー公爵も居るんだ」
「ええ、それ迄は出来るだけ足搔いてみましょう。ですからケイン様、早まった事はもうお止めください。私に内緒で危険に身を晒さないで下さい」
そうテレーズはケインを諭しつつ、彼女も次の策にも頭を巡らせていた。
★★★★★★★★
その頃ヘブンヒル侯爵も別室でバトリー子爵と策を巡らせていた。
あの二人は思った以上に強かだ。
ヘブンヒル侯爵家としても前当主のスキャンダルが表沙汰になる事は気に入らないが、かと言ってこれがお家騒動につながるような大問題かと言えばそこ迄の話でもない。
農奴の血を引いた尚且つ農奴身分であった者を貴族家に迎え入れる様な者など有ろうはずも無く、ヘブンヒル侯爵家としては二人が解放農奴として平民の中に血が続く事が不快なのだ。
その事はあのケインとか言う聖堂騎士も理解しているからだろう。
留学生たちが帰国してしまえばたかだか農奴の子供二人殺したところで誰も咎め立てするような者はいない。
だからこそのあの提案なのだ。
あのケインと言う男は能力も有り頭も周り腕も立つようだ。
少なくとも所作を見る限り高度な鍛錬を成された騎士の風格が現れている。
多分テンプルトン総主教を通してハウザー王都の聖堂騎士として入り込む事は用意だろうし、そうなれば第一王子派の庇護下であの農奴二人も守られる事になるだろう。
小賢しいが確実な手段だ。
「バトリー子爵よ。其方の持つ聖教会であのケインとやらを雇う事は可能か?」
「…可能かと言えば可能ですが、そんな話には乗って来んでしょう。農奴の安全を確保できないのは明白ですからな」
「ヘブンヒル家の邸宅で飼い殺しと言うあたりか? それも邸内に火種を置き続ける様な事になりかねんがな」
「それよりもあの男の事ですから時間がたてば逃走経路を見つけて二人を連れて州境を越える位の才覚は充分に有るでしょう。多分一年と経ずにラスカル王国に逃げかえると思いますぞ」
「今日あ奴が提示した条件はあちらもボーダーなら我らもボーダーラインだ。多分どちらもこれ以上の方策は出せんだろう。なら交渉を長引かせてその間に決着を図る方が無難だな」
「私どももメリージャの姪を通してペスカトーレ枢機卿あてにあのルクレッアの足止めを要請しております。あの一族が獣人の農奴を連れ帰り迎え入れる事など考えられませんから足止めは確実かと思います」
「ならばその間に強硬手段に打って出る事も可能かな。あのケインも留学生四人や聖導女を守りながらでは目の届き具合も違うでしょう」
「ああ実行するなら夏の後半かな。帰国間際ならゴタゴタしたトラブルもウヤムヤに出来るであろうからな。手配は可能か?」
「ええ、裏で動かせるものはこちらで動員しましょう。表向きの司法や外交の交渉はコルデー伯爵家にお任せする事で宜しいか?」
「ああそれは構わんぞ」
「もし、もしですぞ。一行の護衛騎士や随員の聖職者に不測の事態が起これば事故として対処可能でしょうか?」
「フフフ、それも考慮に入れておこう」
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