第31話 モン・ドール家の思惑

【1】

 私が事の顛末を知ったのは翌日の朝だった。

 リオニーを通してアドルフィーネから報告を受けたのだ。

 今日の昼食は下級貴族寮のお茶会室で取る事に成った。もちろん報告会と認識の共有化だ。


 エマ姉とオズマとジャンヌ、カロリーヌとファナとヨアンナ、そして極め付きはエヴェレット王女、下級貴族寮でありながら下級貴族は私だけだ。

 レーネに声を掛けたけれど商売関係は知識がないからと言って逃げられてしまった。


 平民寮の三人を伴なってお茶会室に入るとアドルフィーネたちが昼食の準備を整えていた。

 一人分だけ別の皿が有るのは、エヴェレット王女殿下用…ではなくファナ・ロックフォールの物だ。

 ダドリーがファナの昼食だけ作って持って来たのである。


 私たちの後やって来たファナは躊躇いも無くダドリーの皿の前に座った。

 続いてカロリーヌとヨアンナがやって来る。

 ナデテとリオニーがお茶を入れ始めた頃、お茶会室の扉の前が女生徒の黄色い声でとても騒がしくなった。

 扉が開くと背中に大きな歓声を受けながらエヴェレット王女殿下がギャラリーに手を振りながら入って来た。

「やあみんな僕を待ってくれていたのかい、待たせて済まなかったね」

 気取った姿勢でエヴェレット王女が席についた。


 食事を始めながら私が昨日までの経緯を説明して行く。

 経緯を詳しく知らなかったジャンヌはオズマに同情して憤慨しているが、ヨアンナやファナは冷静だ。

 貴族の、特に大貴族の間ではこの程度のゴリ押しや嫌がらせは日常茶飯事だ。それは商人として揉まれてきた私やエマ姉にとっても常識である。


「まあ、聖女ジャンヌ。幸いにもこちらにはエマ嬢がついていてくれている。彼女がしっかりと意趣返しをしてくれたようではないか」

「その話こそ私も聞きたいかしら。あのモン・ドール侯爵の泣き面を拝みたいものかいしら」

「そうね、モン・ドール侯爵家の意図が知りたいものなのだわ。ハスラー聖公国と繋がっているとも思えないし」

「場合によってはシャピの市場に手を伸ばして来るかも知れませんね。これは危険ですわ」


 昨日の午後、日暮れ前にシュナイダー商店は鞣した高級鹿革七十五ギース分を近衛騎士団の第七中隊に納品した。

 中隊の係官は麻袋に入られれた革である事と規定重量通り入っている事のみを確認して受領サインをし商品を引き取った。


 納品された革は木箱に移されて、ひっそりとモン・ドール教導騎士団長邸に運び込まれたようだ。

 少なくともエポワス近衛騎士団副団長は、納品にも搬出にも一切かかわっていないと言っている。


「私、納品を済ませた後はエポワス伯爵邸で、伯爵様と商談致しておりましたから。そんな連絡がエポワス伯爵様に入った様子もございませんでしたし」

 商談? 本音はどうせエポワス伯爵と一緒にモン・ドール中隊長が泣きついてくるのを待っていたのだろう。趣味の良いことだ。


「そうですね。昨日のお話をもう少し詳しく掻い摘んでご説明致しますわ」

 エマ姉の話が始まる。

 ……

「と言う事は僕の頼んだスカート用の一枚革を奴らに融通したと言う事だね。エポワス伯爵の名誉を示すためにメアリー嬢が譲ったと言う事なのだね」

「違いますわ。沢山ある一枚革から小さめの物を一枚融通しただけですわ。メアリー・エポワス伯爵令嬢がモン・ドール一族の愚か者に近衛騎士家の矜持を見せてやると仰って」

 なんだよ!

 メアリー・エポワスがただマウントを取りたかっただけじゃあないか!


【2】

 でも、モン・ドール侯爵家の企みは何となく見えてきた。

 ハッスル神聖国の聖堂教導騎士団との鹿革の取引を目論んでいると言う事だ。

 毎月十五日と言うのはそういう事なのだろう。

 北部三国の商取引は今までハスラー聖公国がほぼ独占していた。紡績機や織機を独占して、ラスカル王国の麻や羊毛、そしてハウザー王国からラスカル王国に運び込まれる綿花を押さえ、自国に持ち帰って紡績して布として付加価値を付けてラスカル王国やハッスル神聖国に売るのである。


 それだけならただの商取引だが、そのやり方が汚いのだ。

 ラスカル王国の王権を利用して、麻も綿花もほぼ全ての生産品を独占し他者の介入を認めない。

 そして生産者であるラスカル王国内の領主から安値で買い叩いているのだ。

 又その織機や紡績機のラスカル王国での設置や製造までを制限していた。


 海上貿易もハスラー聖公国の商船団がほぼ牛耳っていた。北海に面した主要港は西のシャピと東のアジアーゴの二つ。

 どちらも教導派枢機卿を務める者の治める領地である。

 シャピはポワトー伯爵家、アジアーゴはペスカトーレ侯爵家の領地にあるので、権利もハスラー商人とその息のかかった商会が牛耳っていた。

 そしてその手先となって動いているのが東部貴族の御用商人たちである。


 ハスラー聖公国と東部貴族は王妃殿下の後ろ盾だ。

 国王陛下と教皇一派は王妃と東部貴族の鼻を明かすべく、最近北部から流通が始まった鹿革の利権を手に入れて、ハッスル神聖国との直接の取引を考えたのだろう。

 かつて使っていたオーブラック商会が開拓した新規事業だ。脅しつければ容易く手に入ると思っていたのだろう。

 結局は呼びつけた挙句に、モン・ドール侯爵が州内での商い禁止をしたことを逆手に取られ、取引を拒否された上に事業を全てエマ姉に押さえられたのだ。


 今日、王都聖教会に教皇が帰国して祭祀が行われている。

 それに合わせて、あちらの聖堂教導騎士団に取り入って鹿革を献上するのだろう。エマ姉の話ではシュールコーをその革で誂えるようだ。

 一度だけの献上品としての鹿革ならともかく、定期的な商業活動となると一体どうする心算だったのだろう。


「やはり私たちオーブラック商会に圧力を掛けて鹿革取引をやらせようとするのでしょうか」

 オズマが不安そうに呟く。

「それは大丈夫。ポワトー伯爵家が、私カロリーヌ・ポワトーがその様な事はさせませんわ」

 カロリーヌが後ろ盾なら、オーブラック商会に滅多な事で手を出してこれないだろう。

 教皇派閥との取引量など今はまるで無いのだから脅しもできない。そもそも教皇派閥との取引はあちらから切って来たのだから。


 鹿革の取引を握る方法を考えるなら、後はポワチエ州での商船の取引を国王命令で綿花の様に入札制限をするかだろう。

 しかしカロリーヌがそんな事をさせないだろうし、商船団もポワチエ州の地元商会だ。他領の貴族におもねるような事はしないだろう。

 いつ入港してどれくらい入荷するのかの当てもつかない鹿革を、収穫期が決まっている綿花の様に市を立てて入札制にすること自体が無理がある。

 彼らに出来る事は航路の一部にペスカトーレ侯爵領のアジアーゴの港を追加するよう頼みこむことくらいだろう。


「モン・ドール侯爵がオーブラック商会もアヴァロン商事も出禁にしてしまったのだから、エマ姉にライトスミス商会を使って食い荒らしてもらうしかないわね。服飾関係はシュナイダー商店の本業だから、オーブラック商店は今まで通り鹿革の物流を引き受けて貰いましょう。それよりも教皇派閥の動きにハスラー商人や東部商人が気付いているかどうかの方が気になるわ」


 近年私のライトスミス商会の努力によって、ラスカル王国内の経済状況がが変わってきている。

 昨年はリネンは余剰生地や糸が市場に出たために大きく値崩れしている。

 綿花はここ数年、綿花市での品質が低下し綿花市で競売にかかる量も減っている。

 さらに北海の二大商業港であるシャピが独自に船団を編成しハスラー聖公国以外の商船航路を開拓し始めた。

 その上内陸にカロライナと言う商業港を作りそこに軸足が移りつつある。

 ハスラー聖公国の商人達との取引のうまみが消えつつあるのだ。

 ここ二年ほどハスラー聖公国の収益は下がっているだろう。


 今回の事件で、ハッスル神聖国とハスラー聖公国との間に相互不信と対立が起きれば私たちとしては僥倖なのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る