第23話 帳簿(1)

【1】

 二日目はシスターのお金で六個分の売り上げをミゲルとルイスに持たせて帰らせた。

 そしてその夜もシスタードミニクが来た。

 お母様がミゲルの母から聞き取った結果をシスタードミニクに告げる。

「ミシェルさんのお母様、ミカエラさんにお話を伺う事が出来ました。なんでも先代のウラジミール様は急死なされたようですわ。朝、店員が店を開けに行くと事務机の前で亡くなっておられたとか。その日の昼前には甥だと名乗るブラド様が聖導師を名乗る男と一緒に現れて遺体を棺桶に乗せて墓地に埋葬に行かれたとか。そして公証人の書類だという手書きの書類を持ってきてそのまま居座ってしまったそうですわ」


「公証人を介しているなら登記が変わっていないのはおかしい。多分偽造書類だな」

「その通りだた思いますわ。でも書類はブラド様が持っているので手は出せません。ただブラド様は読み書きも算術もあまり得意では無い様で帳簿はミカエラさんに任せ切りだったそうですわ。単式簿記程度の知識もなかったとミカエラさんは仰っていました。そのくせ納税書類だけはミカエラさんが作ったものを自分で書き直して出していたとか」

「帳簿が手に入れば脱税の証拠を上げることは可能だと思う。税務書類なら商工ギルドを通して閲覧可能だからなあ」


「ミカエラさんも不審に思っておられたようで、ご自分でお作りになられた税務書類は破棄せずにお店の事務用のチェストの引き出しに別に保管されているそうです。契約書類や経理書類はブラド様が適当に板目表紙に綴って書棚に放り込んでいるそうです。とても大雑把なお方の様で書類の整理などもなされないご様子。ミカエラ様がご病気になってからの二週間ほどは解りませんが、それまでの書類はすべて一綴りで書棚の三段目の右端に突っ込んだままだとも仰っていました。ミカエラさんにも協力をお願いしてまいりました」

「狙うならチェストの引き出しの税務書類でしょう。ブラド本人もあると思っていない書類だ。持ち出しても気付かないはずだ。書棚の書類綴りは持ち出すと気づかれる」


「でも父ちゃん、税務書類じゃあ救貧院とのつながりは解らない。書類綴りにはきっと関係者に繋がる証拠があるはずだよ」

「バカ野郎! そんな危ない真似はさせられない。チェストの書類を持ち出すだけでも危険があるんだ。子供に無理はさせない。わかったな」

「ええ、ライトスミス様。それだけでも十分です。それで救貧院の食事は改善されます。ミカエラ様はわたくしが聖教会の治癒院で病が治るまで面倒を見ます」

「納得できない!! そんなのトカゲのシッポ切りだけよ。一時的に食事が元に戻ってもほとぼりが冷めればまた同じことが起こる。ミカエラさんも救われる訳じゃない。同じ境遇の人もまだまだ沢山いるわ」


「だからミゲルやミカエラに罪を犯させるのか。チェストの書類はミカエラが廃棄物を回収するだけだが書棚の書類はブラドの財産だ。意味が違う」

「それはそうだけど…」

「今回は諦めろ。直ぐにとは言わねえが査察も可能だ。お前もレイラを泣かせるような真似はするな」

「わかったよ…」

 やりきれない思いを抱いているのは私だけじゃないことはわかるが、頭では納得できても私の心が納得できない。


【2】

 ピエールの得意先は裏通りの住宅街や中堅の商店の主婦やお手伝い達だ。

 彼の母に似て中性ポイ美少年であるピエールは、本人は気付いていないが主婦層に人気があった。

 今日も裏通りを一渡り回って例のバルザック商会の近くに来た。

 偽マヨネーズが売れていないので追加購入もないだろうが、この店に売る心算も無い。

 そもそもここにマヨネーズを売らなければ偽物も作れないので、みんなで取り決めてこの店には売らないことにしたのだ。

 そう思って通り過ぎようとしたピエールは一人の男がバルザック商会に入って行くのに気付いた。


 厳つい冒険者風の男が肩を怒らせながら扉を押し開いている。

 ピエールは担いでいた荷物を路地裏の物陰に置くと、バルザック商会の壁にへばりついて接客カウンターの辺りの窓の下で聞き耳をたてた。

 聞き取りにくいが何やら罵り合っていることは解る。

「・・・二年前の事は解ってるんだぜ。・・・・」

「いくら欲しいんだ。・・・・・ジャクリーンは結局・・・」

「金じゃねえんだよ。ジャクリーンがあの後どうなったかお前なら・・・・・」

「俺が知るはずはねえだろう。あの女が全部、掻っ攫って逃げやがったんだ」


「あんたこんな所で何してるんだい」

 必死に壁際で聞き耳を立てているピエールの耳がいきなり引っ張られた。

 整った顔の女が彼の耳を掴み見下ろしていた。

「アイテテテテ」

 耳を引っ張って道の反対に引きずられて行く。

「母ちゃん痛てえよ。離してよ」

「天下の往来で盗み聞きとあっちゃあ放っておけないねえ」

 母のピエレットが右手を腰に当て左手でピエールの耳を掴んでいた。


「待ってくれよ母ちゃん。これには事情があるんだ」

 ピエールはピエレットを路地に引っ張って行って偽マヨネーズ売りの事情を話した。

「あの残飯漁りの野郎! 許せないねえ!」

「落ち着けよ母ちゃん! だからこうして様子を見ているんだ!」

「あんな奴は一発ぶちかましてやりゃあ良いんだよ!」

「殴っても何も変わらないって。もうマヨネーズは売らねえから偽物は作れねえし」

「そう言えばそうだ。あんな奴に触れたら手が腐っちまうねえ」

 そんな事を言っていると大きな音を立ててバルザック商会の扉が開き冒険者風の男が出てきた。


「ドブネズミ! よく考えておくんだな!! お前ごときがこのアルビド様の眼を逃れることができると思うなよ」

 そう言い捨てるとアルビドと名乗る男は去って行った。

「何か訳ありみたいだねえ」

 ピエレットはにやりと笑うと唇を一舐めして後をつけようとする。

「母ちゃん! 仕事は!」

 今度はピエールが母の耳を引っ張る番だ。

「お前ねえ。こんなオモシ…ゲフンゲフン、困ってる子供の為にだねえ…」

「俺が後つけるから母ちゃんはトットと仕事に行きなよ」

「分かったわよー。後でちゃんと首尾を報告しに来るんだよ」

 ピエレットは名残惜しげに振り返りながら働いている酒場へと帰って行った。


 ピエールはマヨネーズ売りの荷物を抱え直すとアルビドの少し後ろを歩き始めた。

 しばらくアルビドの後ろを歩いていたピエールだが、旧市街に向かうと見当を付けて先回りすることにした。

 アルビドの脇を通り抜けてそのまま旧市街に走り抜けようとしたとき、

「おい、お前!!」

 アルビドが呼び止める。


 “付けていたのに気づかれたのか!?”ピエールの心臓が早鐘のように脈打つ。

 出来るだけ平静を保ち何食わぬ顔で振り返った。

 少し頬が強張っているのが解る。

「おっさん、何か用かい?」

「おう、お前マヨネーズ売りだよなあ」

「ああそうだけど何か?」

「お前の仲間にジャックというやつがいるだろう」

 …ジャック? なぜジャックの事を聞いてくる?

「居るけど、それが何か?」

「おう、そいつがどこに住んでるか知らねえか?」

「アンタいったい何者だい。ジャックなんて名前の奴はいくらでもいるし、誰の事を聞いてるか知らねえけど何の用が有るんだ」

「あ、いや、済まねえ。ちょっとなそいつの家族に用事があってな。ジャクリーンっていうだ」

「そんな奴は知らねえ」

「ああ、呼び止めてすまなかったなあ。それじゃあな」

“…なぜジャックの事を?”不審に思いつつ、冒険者ギルドの酒場に向かう。


 ギルドで顔見知りの冒険者にジャックを探っている奴がいるとはなし、ジャックに有ったらそのことを伝えてほしいと伝言をする。

 するとそれを聞いた冒険者から同じような情報を貰えた。

 どうもジャックの母のジャクリーンを探しているようなのだ。

 ジャクリーンは二年ほど前にジャックを自分の兄に預けて行方をくらましていた。

 その頃の事情はピエールもジャック本人も知らないし、ギルドでも分から無い様だ。

 ジャックの伯父は知っているのかもしれないがジャック本人には何も話してくれないらしい。

 結局その日はジャックとはすれ違いで合う事が出来なかった。


 そして翌朝、ピエレットがドヤ顔でピエールに告げてきた。

「昨日の夜、来たんだよう。あのアルビドってやつがウチの酒場に。それでね、聞くんだよ、ジャクリーンて言う冒険者の事を知らないかって。そこはほら、母さんは大人だからね、あんたみたいなそっけない対応は取らないよ……」


 延々と自慢話が続く中、要点をまとめるとアルビドは昔ジャックの両親のディエゴとジャクリーンの二人と一緒にパーティーを組んでいたそうだ。

 ディエゴは死んでパーティーも解散になり五人いたメンバーも散り散りになった。

 アルビドは身重だったジャクリーンがこの街に帰ってきたことを突き止めて会いに来たが二年前に失踪していて会えなかったと言っていた。

 ただそのアルビドがなぜブラドと繋がっているのか、まるでブラドを脅迫するようなそしてブラドはジャクリーンを知っているような言動が、ピエールには気になって仕方がない。

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