第5話 お茶会のお誘い

【1】

 私は午後の頃合いを見計らってウルヴァにジャンヌを迎えに行かせた。

 昼過ぎに帰って来たナデタからはある程度のジャンヌの情報は貰っている。

 どうもナデテに対するジャンヌの信頼は私が思っている以上に厚いようで、その妹のナデタも信頼してくれている。お陰でナデタはかなり踏み込んだ情報を持って帰ってくれた。


 カマンベール領では先行して帰ったパブロがお母様や旧男爵家の人たちに事件の詳細を伝え、口裏合わせを行っていたのでセイラ・カンボゾーラの存在は疑われていないようだ。

 父であるフィリップ・ゴルゴンゾーラの名代として同行した言う事で、聖堂騎士団長が殺されかけた時に聖属性の発現を感じ、ルーシー母上様と…セイラ・ライトスミスが刺されて覚醒したと言う話を聞いているそうだ。


 ナデタが聞いてきた限りでは、あの事件の経過は通り一遍の事しか知っていないようだ。

 どうも聖教会の内部事情もボードレール枢機卿はジャンヌに対して割と過保護の様で、ドロドロした部分には関わらせていないようだ。

 他人の私を聖教会内の政治争いに引きずり込んでおいてそれはどうなのだろうと、些か不満に思うところもあるが自分で首を突っ込んだ結果でもあるので呑み込むことにした。


 そうこうする内にクロエがナデタとチェルシーを連れてやってきてお茶の準備を始める。

「そうなのですね。ルーシー叔母様が度々クオーネを訪れていたのはお仕事だとばかり思っておりましたわ。そうではなくて貴女に会いに行かれていたのですね」

クロエはセイラ・ライトスミスとも面識は無く、もちろん私とも昨日初めて会った。特に私の存在を知ったのはジャンヌよりも数日遅れての事だ。


「ええ、母上様はあまり会えない事を気にして隠れて泣いておられました…」

 自分でも良くこんな嘘が平気で出るなぁと思いながら目頭を押さえて答える。

 給仕をするナデタが目頭を押さえて口を覆っているのは、泣いているふりをして笑いを堪えているのだろう。

「お辛かったでしょう。そんな事も知らずに私は…」

 素直なクロエはもらい泣きをしている。…良心が痛むが仕方ない。


「それではずっとクオーネでお暮しだったのですか。ナデタとはやはりクオーネで顔見知りに?」

「いえ、一時期はレイラ様の紹介でライトスミス木工所で御厄介になっていた事が有りましたのでゴッダードで暫く暮らしていたことも有りました」

「ああそれでセイラ・ライトスミス様ともナデタともご面識がお在りでしたのね」

「ええ、洗礼式はゴッダードで受けました。ゴッダードではセイラ様からご商売の事を学びました」

「まあそれで御商売の事もお詳しいのですね」

 取り敢えずクロエとの雑談で私のバックボーンの刷り込みを行っておいた。ジャンヌとの面談を前にして認識を合わせておかねばならない。


【2】

 ウルヴァが平民寮に赴きジャンヌへの面会を求めると、寮生たちの遠慮の無い視線に晒された。

 エントランスを抜けたとたんに寮生たちに取り囲まれた。

「ねえ、あなたお貴族様のメイドですの?」

「お迎えにいらしたジャンヌってどういう人?」

「あなたのご主人って今朝、寮の前で屈んでた三人の一人なの?」

 同じ平民とあって遠慮なく親しげに話しかけてくる。


「私のご主人はセイラ・カンボゾーラ子爵ご令嬢様です。お迎えに来たジャンヌ様は闇の聖女様です」

「「「ええ! ジャンヌ…様ってあの聖女様!」」」

 寮生たちから驚きの声が上がった。

「私はこれからお嬢様のご指示でジャンヌ様をお茶会のお迎えに参りました」

「まあ、早々にお貴族様からのご招待!」

「さすがは闇の聖女様」

「でもカンボゾーラ子爵家って聞いたことが無いわ」


 そんな声を後ろで聴きながらウルヴァはジャンヌの部屋に向かう。

 その後ろからゾロゾロと新入寮生が着いて来る。

「ジャンヌ様。カンボジョーラ子爵令嬢様からのお使いでお迎えに上がりまち…ま

した」

 正式な貴族の使いとして初めての仕事である。緊張しながらもどうにか言えた。

 うしろでクスクスと寮生たちの忍び笑いが漏れる。

 真っ赤になってうつむくウルヴァに向かってジャンヌが優しげに声を掛ける。


「どうもありがとうございます。謹んでお受けいたしますわ可愛いメイドさん。セイラ様のメイドさんかしら」

「はい、ウルヴァと申します」

 南部貴族なら獣人属のメイドを使う者もいるが、北部貴族のセイラ・カンボゾーラのメイドが獣人属なのは意外だと感じたジャンヌはもう少し探りを入れて見る事にした。


「獣人属ならゴッダードの生まれかしら?」

「いえ、ハウザー王国から来ました。二年前からセイラお嬢様付きで修行してまいりました」

 二年も前からとは何か目的が有るのか、ジャンヌはそれとなくセイラ・カンボゾーラの情報を得ようと話を進めた。


「それじゃあセイラ様は獣人属を嫌っている様な事は無いのね」

「はい、ご実家のメイド長のアドルフィーネ様もゴッダード生まれの獣人属です」

 これは北部貴族では稀、と言うより普通ありえない事だ。

「まあそうなの。それじゃあセイラ様とお話しするのが楽しみだわ。でも何故わざわざハウザー王国からラスカル王国に出てきたの?」


「ハウザー王国の南部は農奴が居ます。サンペドロ州は逃亡農奴を受け入れてくれるけれど働く場所が少ないです。セイラカフェなら逃亡農奴でも働けて、勉強もさせてくれるので三年前にセイラカフェに入ってゴッダードに来たです」

「まあセイラカフェのメイドさんでしたの」

「グリンダメイド長様にご指導されて、十歳でセイラ様付きのメイドになったです」

 一体どう言う事なのだろう。カンボゾーラ家にライトスミス商会が関わっていると言う事なのだろうか。


「グリンダメイド長と言うのは…ライトスミス商会の方なのかしら」

「ええ、セイラ・ライトスミス様の家宰様です」

 ”ああ、もしかして…もしかしてセイラ・ライトスミスは私の為に”

 すべてセイラ・ライトスミスの指示でジャンヌの為に布石を打っていたと考えたのだ。


「そうなのですね。ライトスミス商会が…。それでセイラ・カンボゾーラ様はどのような方なのです。ルーシー・カマンベール様…今はカンボゾーラ様ですが、その娘様ですよね」

「とてもお優しいかたです。クオーネではアヴァロン商事のお手伝いをされていたです」

「アヴァロン商事…ですか? クオーネの? どのようなお仕事をなさる商会なのですか?」

「はい、ハウザー王国とクオーネの貿易をするお仕事とお食事のお店のサロン・ド・ヨアンナの経営のお仕事をしているです。他にも有るですが、全部は知らないです」

「商会主はどなたなのでしょう?」

「セイラ様のお父上様でカンボゾーラ子爵様です。後はゴルゴンゾーラ公爵家の方やライトスミス商会の方も一緒にお仕事していらっしゃいます」

 ”ああ、やはりそうだ。カマンベール家を通してゴルゴンゾーラ公爵家と繋がりの有るアヴァロン商事の商会主カンボゾーラ子爵家を味方にしようとしたんだろう。その伝手で、私を助けようとリール州までやってきて負傷してしまった”

 事の詳細とセイラ・ライトスミスの現状をどうにかセイラ・カンボゾーラから聞き出さねばとジャンヌは決意した。

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