第6話 聖女のお茶会

【1】

 小さな応接室だが三人で談笑するなら丁度良い大きさだろう。

 給仕はチェルシーが、その手伝いをウルヴァが務め、ナデタは厨房で下準備をしながら二人を監督している。


「まあ可愛らしいお部屋ですね。やはり貴族寮は家具も特注品なのですね」

「いえ、そうでは無いのですよ。ライトスミス木工所の飾り板を備え付けの家具に取り付けているんです。…ほら、ライトスミス商会の宣伝にもなりますし、出来れば他の生徒の方にも広めようかと。ジャンヌ様も如何ですか? モニターになって頂けるなら無料でご提供を…」

 厨房から咳払いが聞こえる。

 ああ、私はセイラ・カンボゾーラだった。悪い癖でつい山っ気が出てしまう。

 でもジャンヌなら良い広告塔になると思うのだけれど。


「セイラ様もご商売に長けていらっしゃるのですね。ご実家の父君も商会をなさっていらっしゃるとか」

 アヴァロン商事の事も知っているようだな。パーセル大司祭…おっと先週枢機卿になったって聞いたな…経由だろうか。

「まあ、父上様は商会主と言ってもゴルゴンゾーラ公爵家とライトスミス商会の共同出資で雇われ商会主の様なものですわ。おかげで私も貴族とは名ばかりの商会員の様な事ばかり教え込まれて…お恥ずかしい限りです」


「ああそれでセイラ・ライトスミス様と…。私ごときの為に本当にありがとうございました。カンボゾーラ子爵家ご一家にもセイラ・ライトスミス様にも多大な迷惑をかけて」

 そもそもは私の短慮が招いた結果だ。ジャンヌが謝る話では無い。

「いえ、私が先走って招いた結果です。その上ジャンヌ様にはカマンベール領の救済に留まらず旧ライオル領の難民の治癒迄していただき感謝してもし足りません」

「ええそうですとも。お爺様やカマンベール領の領民に代わってお礼を申し上げます」

 私とクロエが揃って頭を下げる。


「お三人とも又で御座いますか。チェルシーとウルヴァが固まっております」

「「「うふふふ、おほほほほ」」」

 ナデタの言葉で顔を見合わせて三人笑い合う。少し場が緩んだ。

「ジャンヌ様、私は貴族と言っても名ばかり。同級生ですし様付けはお止めください。その代わりジャンヌさんとお呼びしてもよろしいですか」

「ええ、その方が私も嬉しいです、セイラさん」

 ジャンヌとどうにか打ち解けられそうだが、彼女がまだ警戒を解いていない事も感じられる。


「リール州の旧のライオル伯爵領を拝領されたと伺いましたが、北部ならロワール大聖堂で成人式を?」

「いえ、元々クオーネに住んでおりましたからクオーネ大聖堂で、洗礼式は南部のゴッダード聖堂で行ったのですよ」

 ジャンヌは私の言葉に驚いた様な表情を浮かべた。

 ジャンヌと対立しない為にも、ここは清貧派の立場を明確にしておくべきだろう。

「教導派の蔓延るロワール大聖堂など虫唾が走ります。ですからカンボゾーラ子爵領の筆頭司祭はハウザー王国生まれの鳥獣人ニワンゴ司祭にクオーネ大聖堂から来ていただきました」


「獣人属の司祭ですか!」

「ええ、ラスカル王国はもとよりハウザー王国でも獣人属の司祭は居ませんでした。初めての獣人属の司祭様です。反発もあるでしょうがアナ聖導女様に補佐をしていただいて領内の大掃除にかかっている頃ですわ」

 フィリップ父上様とアナ聖導女で旧ライオル伯爵領時代の聖職者は公開審問中だ。領民を大量に証言者として採用し、徹底的に糾弾させ教導派を一掃するつもりでいる。

 その後に着任するのはロワールから来た治癒聖職者達だ。清貧派に転向しているがロワールでの席も有るのでロワール大聖堂も文句は言えない。


「ジャンヌ様のお教え通り、救貧院はすべて廃止し聖教会工房の管理にして聖教会教室の準備も進んでいるのですよ」

 ジャンヌの顔がパッと明るくなった。

「それではカンボゾーラ子爵領でも聖教会教室が開かれるのですね。それは素晴らしい事です」

「新任のニワンゴ司祭様は数学に造詣が深い方で、そのお弟子の方々も多くいらっしゃいます。カンボゾーラ子爵領にお迎えして教鞭をとって頂けるように交渉中なのです」

 更にジャンヌの顔が輝きだした。


「その方たちは獣人属の方なのですか? もしかしてライトスミス商会の紹介で?」

 まあそうだわねえ。私の判断だからライトスミス商会経由と言えるかしら。

「ええ、ハウザー王国からいらした鳥獣人の方々です。鳥獣人の方々は数学に秀でた方々が多くて、対数と言う新しい数学理論を研究なさっている方々なのですよ」

「対数…ですか」

「そうなんです。掛け算を足し算に置き換える新しい理論で、これは完成すれば数学の革命となります。ニワンゴ司祭様はこの先、未来に名を遺す天才なのですよ」

 …ジャンヌがひいている。理数系の話になるとつい熱が入ってしまう。ニワンゴ司祭との出会いの感動は忘れない。


【2】

 思っていたのとはだいぶ違う変わった娘だとジャンヌは思った。

 セイラ・カンボゾーラという娘はもっとお人好しのフワフワした恋愛脳で、脳ミソお花畑のような娘だと思っていたが予想外だった。


 子爵令嬢で北部貴族で現公爵の姪、気位の高い令嬢かと思えば気さくな商売気の強い娘だ。まあある意味、不遇な境遇で平民同様に育ったとも聞いているから分からなくもないが。

 ただ公にされていないが光の聖属性持ちで、ポワトー枢機卿の病の治療に当たっていると聞いて、教導派よりの思想の持主かと思っていた。

 しかし清貧派と言うより獣人属よりの考えの持ち主のようだ。

 てっきり反獣人属反ハウザー王国の保守派で、救貧院擁護派なのだろうと思っていたのに、確りと考えを持った開明的な思想家のようだ。


 清貧派の牙城と言われるラスカル王国の南部でも獣人属の聖職者が居るのはブリー州やレスター州などに限られており、後はパーセル枢機卿が南部諸州やハウザー王国から招いたクオーネ大聖堂の聖職者くらいだったのだから。

 それをクオーネ大聖堂から引き抜いて筆頭司祭に据えるなど北部教区…ペスカトーレ枢機卿そして現法王に喧嘩を売っているようなものだ。


 少なくとも今のこの娘なら共闘できる。いや強力な味方に出来る。

 この娘は光の聖女だ。それにゴルゴンゾーラ公爵家とも繋がりがある。この先ペスカトーレ侯爵家と戦うなら絶対に掴んでおかねばならない手駒だ。

 出来るだけジョバンニ・ペスカトーレと接触させないようにしなければ。

 なによりニワンゴ司祭に対する信頼は大きいようだ。ここを攻めどころにすれば彼女を守るためにペスカトーレ家とは対立するだろう。


「そのニワンゴ司祭様ですか? どのような方なのでしょう」

「どちらかというと、大人しい学者肌の方です。ライトスミス商会がハウザー王国で聖教会教室を開いた時にスカウトして、聖導女としてクオーネに連れ来た方です」

 ”ああ、やはりセイラ・ライトスミス様が関係している。私が教導派と戦うための布石を打ってくれていたんだ”

 ジャンヌは心の中でセイラ・ライトスミスへ感謝を送る。


「それでジャンヌ様。ご無理を申しますが、アナ聖導女様を補佐役で我が領に置いて頂きたいのです。ロワールの治癒系聖職者の中でもアナ様を慕って清貧派に転向してついて来られた方もいます。この度の事件の事もジャンヌ様をお慕いするあまり犯した事で、どうかご寛恕をお願い致します」

「そんな事私も良く分かっています。アナ聖導女からも手紙でセイラ・ライトスミス様の人となりに触れて過ちを痛感したと書いてありました。アナも騙されただけだったことは存じています。なまじグレンフォード大聖堂に帰るよりこちらでお役に立つ方が肩身の狭い思いをせずに良いと思います」

 ”それにカンボゾーラ子爵領の情報を得る為のパイプ役にもなるわ”


「そう言えば、セイラ・ライトスミス様のご容体は如何なのでしょう。私、お手紙のやり取りは頻繁にしておりましたがお顔は存じ上げないもので。おきれいな方だと聞きましたが顔に傷を負われたとか」

「…お綺麗かどうかは…えっっと、お顔の傷は…右目…顔を右から左に切られて傷が残ってしまって…」

 ジャンヌは言い淀むセイラ・カンボゾーラを見つめながら、聖属性の事を告げられないので言い淀んでいるのだろうと考えた。


「セイラ様。貴女が私と同じ属性だと聞いています。効果は反対だそうですが…」

 ジャンヌはセイラ・カンボゾーラの耳元で小声で告げる。

 セイラ・カンボゾーラはそれを聞いて急に顔を上げるとジャンヌに言った。

「ルー…母上様と…セイラ・ライトスミス様が刺されて、二人のその傷を癒すために力を使いつくして、気を失ってしまいました。気付けばシェブリ伯爵に囚われていてポワトー枢機卿の治療を強制されて。お顔の傷までは手が回らず…悔しい限りです」

 ”やはり間違いなく聖属性持ちだ”

 ジャンヌは確信する。セイラ・カンボゾーラはシェブリ伯爵家にもポワトー伯爵家にも不信を持っているようだ。

 カンボゾーラ子爵家は北部貴族への橋頭保になる。いやそうなる様に仕向けるのだ。セイラ・ライトスミス様の無念を晴らすためにも。

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