第4話 平民寮の喧騒

【1】

 翌日もクロエが校内を案内すると言ってやって来た。どうも彼女は暇を持て増している様だ。

 昨夜、部屋に来たナデタからも状況は聞いたのだが、クロエは特に自領が大変な状況でずっと自室に籠っていたのが全て解決したものの、寮には友達も帰って来ておらず一人で遊びに行くすべも知らずそのまま一人引き籠っていたそうだ。

 そこに勝手を知らない従妹?が新入生として入寮してきたのだから世話も焼きたいだろう。

 そう言う事で私たちはナデタをお供に付けて領内を散策する事になった。


 王立学校の生徒は6:4の比率で男子が多い。

 貴族女子は早くに嫁に行く者や、家庭の都合で入学しない者もいる。

 男爵家の三女や四女などはそれこそ政略結婚の道具でしかないと考える貴族も多いのだ。

 それは平民にとっても同じことが言えるが、美人や優秀な娘は貴族の目に留まって玉の輿と言う事も有り、王立学校にそこそこの人数が集まってくる。


 それとは逆に男子貴族は王立学校を出ていなければほぼ貴族として認めて貰えない。

 特に継承権の低い男子は王立学校での成績によって官僚や軍人になる事で仕事にありつけるのだから必死である。

 一代限りの騎士爵や準男爵家の子息も同じで、王立学校卒の肩書が無ければ平民として生きるほかないのだから。

 その為男子寮は上級貴族寮、下級貴族寮と平民寮ともに女子寮よりも大きく、加えて騎士宿舎がある。


 騎士宿舎は身分に関係なく騎士団に所属する男子が集団で生活する宿舎だ。王立学校での授業以外にも各騎士団での訓練もその日課に課せられている。

 その代わり一切の費用は各騎士団持ちで卒業すると騎士爵の地位が約束されている。

 要するに前世の防衛大学みたいなもので、平民男子に特に人気が高い。

 その騎士団宿舎にクロエの思い人がいる様で熱の入った解説を懇切丁寧にしてくれた。

 性格上と言うか前世が男だった為あまり恋バナには食指が動かないので、相槌だけ打って聞き流していたのだが。


 そして女子の上級貴族寮も案内された。今は人が居なくて閑散としているが下級貴族寮の倍はあるサイズで、住人は半分というのだから贅沢な造りである。

 エントランスに沿って大きなキャリッジポーチが有り、エントランスホールの奥には特大ホール・大食堂と続き舞踏会が催せるそうだ。

 年に一度の卒業式の大舞踏会では宿舎から階段を下りて来る大貴族令嬢をエントランスホールで待っている男子生徒がエスコートして大ホールに向かう事が一大イベントとなっている。

 もちろん通常は男子禁制の女子寮が年一回解放される、私(俺)や悪役令嬢たちにとっては鬼門と思われる場所だ。

 下級貴族女子に対してはいつも開かれているそうなので、いつでも来れるが来たくない場所だ。


 そして最後は女子平民寮。

 下級貴族寮と同じ規模だが、収容人員がほぼ四倍。

 平民と言っても準男爵や騎子爵の子女もいれば、下級貴族の妾腹の娘もいる。もちろん大商人や平民官僚の子女や聖職者も平民寮だ。

 孤児や貧民でも聖教会や騎士団の推薦が有れば入学できる。それこそ誰でも。

 …但し教導派の聖教会ではその権利は金によって、教導派の騎士団ではコネと身分によってそれはなされるのだが。


 貴族寮と違い平民寮は新入生であふれていた。私と同じで荷物の運び込みや諸準備のためにこの時期から入寮している者がほとんどだ。

 個人的にはこの喧騒が懐かしい。


「あっ! ジャンヌ様!」

 クロエが嬉しそうに声を上げて駆け出した。

 その先には驚いた顔でこちらを振り返る修道女服の少女が居た。大きな鞄を引きずるように抱えて平民寮に入ろうとしている所だった。

 肩までの黒い髪に憂いを湛えた金色の瞳の中には意志の強そうな光が有る。

 私とナデタもクロエの後を追いジャンヌのもとへ向かった。


 …どうするべきか? ジャンヌ本人は知らないだろうが私は彼女の深いところまで把握している。積極的に関わって行くべきだろう。

 決めた! もう決めた! ストーリーは、運命はどう紡がれようがそんなものは私が切り開く! 悪役令嬢たちは私の身内だ! 王家と教導派の好きにはさせない。


「初めまして、聖女ジャンヌ様。セイラ・カンボゾーラと申します。アナ聖導女様からは色々と伺っております」

 跪いて拝礼の姿勢をとる。

「お止めください。その様な礼は不要です…と言うかおかしいでしょう。只の小娘に」

「それでも私のお爺様やお爺様の領民を救ってくれた方で礼を尽くしても尽くし足る事は有りません」

 私の言葉を聞いてクロエも慌てて跪く。


「私こそ異端審問から命がけで救っていただいたのです。礼を尽くすべきは私です」

 ジャンヌもそう言うと私に向かって跪いた。

 貴族と聖職者が三人跪いて向かい合っている異様な光景に平民寮の新入生が気付き遠巻きして噂し合っている。

 さすがのナデタも事態を収拾し切れずオロオロと私たちに声を掛ける。

「あっあっあの、セッ…クロエ様、ジャンヌ様、セイラ様お立ち下さい。皆様が見ておられます」

 さすがはナデタ。狼狽しつつも呼びかける順番を間違えない。


「すみません。感極まってこの様な事を…」

「私も状況も弁えずお呼び止めしてしまいました」

「私こそ狼狽してこの様な事を、お恥ずかしい限りです」

 そして三人で顔を見合わせると、私は吹き出してしまった。それにつられたのかジャンヌもクロエも笑い出してしまう。

 三人そろって笑いながら立ち上がると、私は改めて挨拶をし直した。


「本当に始めまして。この度カンボゾーラ子爵領を賜ったフィリップ・カンボゾーラとルーシー・カンボゾーラの娘。セイラ・カンボゾーラと申します」

 カーテシーをしながらそう告げる。

「こちらこそ。グレンフォード大聖堂所属の修道女ジャンヌ・スティルトンで御座います」

「お久しぶりです、ジャンヌ様。クロエ・カマンベールで御座います」

「ああクロエ様。本当にお久しぶりです。それにナデテさんも。…でもナデテさんは何故こちらにいらっしゃるのかしら?」

 えっ? ナデテはジャンヌと顔見知りだったのか。

「ナデテは私の双子の姉で御座います。私はナデタと申します。この度カマンベール子爵家の陞爵に伴って、クロエ・カマンベール子爵家ご令嬢の側仕えメイドとして赴任致しました」

「まあそうなのですか」

「ええ、ゴッダードから王都に移って参りました」


「ジャンヌ様はあなたのお姉さまとお知り合いの様です。ナデタ、引っ越しのお手伝いに行って差し上げて、お姉さまの事もお話してあげれば。ねえ、ジャンヌ様如何でしょう。宜しければ部屋付きメイドのチェルシーもお手伝いに」

「クロエ様、それには及びませんわ。私の荷物など知れたものですから」

「それでも食器やら衣類やらと大変なはずです。私もお手伝いしたいのですが立場上そう言う訳には参りませんので、せめて…ナデタならベテランですしお役に立ちます」

「そうですわ。片付けが終われば、私お部屋でお茶に致しましょう。聖女様とはゆっくりお話をしたかったのでご招待いたしますわ」

 私もクロエに合わせてジャンヌを部屋に誘う。

 これ以上悪目立ちするのは私たちにもジャンヌにとっても余りに印象が悪い。


「ナデタお願いね。私の代わりに(ジャンヌ様と対立しそうな連中のチェックも)しっかりと片付けて来てね」

 私のお願いにナデタは、微笑んで頷くとジャンヌの鞄を持ち上げた。

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。クロエ様、ありがとうございます」

「入寮の手続きなどはお任せくださいぃ」

「それではお願いするわ。実を言うとそう言う仕事って苦手なの」

 ジャンヌも楽しそうにナデタに話しかけた。

 そしてジャンヌは私たちに一礼すると、ナデタに微笑んで話しながら寮に入って行った。

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