閑話12 ウィキンズと王都(4)

 近衛騎士団を出るとレオナルドとウォーレンが駆け寄ってきた。向かいのカフェで待っててくれたようだ。

 絡まれなかったか聞かれたが、心配をかける事も無いので特には答えずに気になる事を聞いてみた。

「どうも近衛騎士団は団長と副団長の仲が悪いようだな」

「ああ、お前も気付いたか。権門の一族の後ろ盾で伯爵家出身の副団長と金とコネで成り上がった子爵家の長男の団長だ。仲の良いはずはないだろう。どちらも最低のクズだけどな」

「あそこは派閥争いが凄いからなあ。団長派と副団長派、その上教導派貴族と清貧派貴族…というか南西部諸州と北東部諸州の争い。おまけに北部東部の貴族も王宮派と諸侯派でいがみ合っているしな」

 聞いているだけで胃が痛くなってくる。あの組織でやって行けるのだろうか。


 ◇◇◇◇◇◆◇


 今日は予科へ行く事になっている。

 またレオナルドとウォーレンに連れられて予科の学舎に行く。

 予科とは王立学校に入学予定の貴族の子女が、十二歳から通う学校である。

 対象は男爵位以上の貴族の子弟。通学制で寄宿舎は無いので強制ではないが、有力貴族は領地以外にも王都に邸宅を構えそちらで暮らしている者が多い。また領地貴族でも大抵は王都に別邸を持っており、予科の頃には子女を王都の別邸に住まわせて通わせている。


 予科に入らない貴族は余程の貧乏貴族か、跡継ぎと認められない庶子や五男六男と言った部屋住み以下の御曹司たちだ。

 貴族は王立学校に入ると平民と貴族の間だけでなく、予科出身とそうで無い者との間にも大きなヒエラルキーが存在すると言う。


 今回は庇護を受けるべき貴族子女への顔繫ぎだそうだ。俺はブリー州関係の領地貴族子女に挨拶回りである。

 レオナルドとウォーレンも王都貴族や有力貴族の子弟に挨拶に向かった。

 俺は何よりブリー州の重鎮ロックフォール侯爵家のお嬢様が在学しているのでご挨拶に向かわねばならない。更に同じ州内のカンタル男爵家とマリボー子爵家のお嬢様にも挨拶に行かなければならない。


 特に女性相手では気を遣う。その上順番を間違えると酷い目に遭うと何度もエリン団長やボウマン副団長から聞かされてきた。

 先ずは最上級生のカンタル子爵令嬢に挨拶し、その紹介を貰って一年生のロックフォール侯爵令嬢に、そして最後にやはり一年生のカンタル男爵令嬢へご挨拶となる。


「カミユ・カンタルと申します。ヴァクーラ様はわたくしと同級生になるのですね。よろしくお願いするわ」

 カンタル子爵令嬢は友人とお茶を飲んでいた。

「お初にお目にかかります。カマンベール男爵家の孫娘クロエ・カマンベールと申します」

「おやめください。俺のような平民にそのようなお言葉は過分でございます」

 …ああ、この人がお嬢の再従姉妹はとこにあたる男爵家のお嬢様か。


「私ごとき貧乏男爵家です。それも孫娘では貴族とは名ばかりですわ。これを機にカミユ様共々に近衛の騎士様として王立学校でも親しくして頂ければ心強い限りです」

「そうですね。クロエは州は違えどわたくしの良いお友達です。ヴァクーラ様、わたくし共々守ってくださいませ」

「心得ました。お二人の盾になる事をお約束いたしましょう」

「頼もしい事。よろしくお願い申し上げますわ」


「それでは、ヴァクーラ様。参りましょうか。ロックフォール家のファナ様ならこの時間は中庭のテラスにいらっしゃいますわ」

 そう言うと二人は立ち上がって勝手に歩き出した。

 俺は慌ててその後を追う。カミユ様はともかく何故かクロエ様も一緒に付いてきている。


 中庭には五人の少女たちがテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。

 メイドが二人テーブルについて給仕をしている。着ている服も茶器も並んだ皿もさっきの二人とはまるで違う。

 特にメイドを控えさせている少女二人の纏うオーラがまるで違う。

「ファナ様、ヨアンナ様。この度ゴッダード騎士団から王立学校に入学する推薦者がご挨拶に参りました」

「ヨアンナ様、ファナ様。僭越では御座いますが私どもがお連れ致しました」


 二人の少女が顔を上げる。

「名はなんというのかしら。申しなさい」

「ヨアンナ、何故あなたが勝手に名を聞いているの。主家筋はわたしなのだわ」

「爵位の高い私が代表として話しているのではないかしら。貴女の指示を受ける必要はないかしら」

「爵位に意味など無いのだわ。貴女の爵位でもあるまいに。粋がりたいのなら私のように何かに名を遺すのだわ」


 …今思い出した。このイラッとする喋り口調は聞いた事が有る。あの我儘娘だ。

 確かお嬢と同い年のご令嬢と聞いていたけれど、ゴーダー子爵家のお茶会で会った令嬢は年下だと思っていたのだけれど。

「はじめてお目にかかります。ゴッダード騎士団より参りましたウィキンズ・ヴァクーラと申します。近衛騎士団に推薦を受け王立学校への入学が許可されました。ひとえにブリー州の各御領主様たちのお力添えの賜物でございます。御領主様一族の方々にも感謝の念に堪えません」


 ファナ・ロックフォール令嬢は目を眇めておれをちらりと見て返事をする。

「ファナ・ロックフォールよ。あなたあまり頭が良くないのだわ。一度会えば上位貴族の顔くらい覚えておくものだわ。一度会っているのだから」

 前言撤回。このお嬢さまも中々に侮れない。五年も前にチラ見しただけの給仕の顔を記憶していたとわ。


「すみません。自分のような下賤の者の顔を覚えて頂いていただいているとは思わなかったもので」

「まあ良いわ。そう言えば我が家のザコと一緒にいたもう一人の娘はどうしているの? 貴方なら知っているのでしょ」

「はい、今は商人として働いております」

「あらそうなの。聖教会か子爵家の行儀見習いにでもなっているのかと思ったけれど意外ね。…ああ紹介しておくわ。こちらにいるのがマリボー男爵家の次女にあたるリナよ」

「リナ・マリボーです。お見知りおきを」

「せっかくいらしたのだから、お姉さま方も一緒にお茶を如何かしら。クロエ様…っと…」

 ロックフォール令嬢と張り合っていたご令嬢が話に割って入る。

「カミユ・カンタルと申します。ヨアンナ様」

「そうね。メアリー、椅子を二客持って来てお茶の用意をなさい。ああヴァクーラ、もう下がって良いわよ」

 そう言う事で俺はあっさりと追い払われてしまった。


 ◇◇


 少々緊張したが色々と収穫はあった。

 ファナ・ロックフォールは思っていたよりも切れ者で侮れない。それに一緒にお茶を飲んでいたヨアンナと言うご令嬢も上位貴族だ。爵位が上と言っていたので公爵家の縁者に違いない。

 クロエ・カマンベールと顔繫ぎが出来た事も収穫だ。レイラ奥様のご実家なのだからこれからもかかわりが有るかもしれない。

 そんな事を考えながら歩いていると東屋の隅でオロオロとしている獣人属の童女とそれを取り囲む三人の人影を見つけた。


「おい、お前どこの者だ。見た事無いメイドだな。こんな所で何をしてるんだ」

「はい、メイド長に連れられてお使いに来たです。ここで待つように言われて待機してるです」

「本当なのか? メイドに紛れて盗みにでも入ったのではないか?」

「ああ、本当だ。そもそもケダモノの分際でよくも学園の中まで入ってきたものだ。庭園が獣臭くなってかなわん」

 そう言うとその少年は童女の手を引っ張ってどこかに連れて行こうとした。


 童女は怯えて手を振りほどこうとしたため、そのまま地面に倒れて引きずられてしまった。

「お許しください。本当にメイド長様の言いつけでここで待っていただけです」

「うるさい。放り出してやる。とっとと来い」

 更に童女を地面を引きずって行こうとする少年は手を離すそぶりを見せない。


「お待ちください。少々ご無体が過ぎるのではございませんか」

 関わり合いになってはいけない。今後の事も考えると目をつむって通り過ぎるべき事だ。

 あの童女も汚れて少々怪我はするが門の外に放り出されてそれで終わりだろう。

 でも俺はどうしても我慢ならなかった。

 多分、俺でなくてもゴッダードの仲間達なら誰でもこうするだろう事をやった。

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