第83話 リコッタ領

【1】

 出資者会議の為にリコッタ家の広間にやって来た。

 テーブルには豪華そうな料理が並べられ、ワインの瓶が開けられて振舞われている。

 私の眼から見れば料理は領地の街で焼かせたのだろう豚の丸焼きや領民に持って来させたであろうチーズやハム、そして果物。

 そしてそれを給仕するメイドが何よりなっていない。

 派手な化粧と妖艶なしぐさで室内をウロウロと歩いているが、所作が成っていない、気配りが成っていない、言葉遣いも給仕も立ち居振る舞い何もかも成っていない!


 リコッタ伯爵が商売女でも雇ってメイドにしたのであろうが、高級娼婦ならそれなりの気配りや気遣いがは有るだろうにそんな片鱗さえ無い。

 ここにグリンダが居れば切れているなあ。

 隣に今にも切れそうな娘が一人いるけれど。

「セイラ様、わたしが給仕を代わりましょうか? あの者達にビシッと指導を‥‥」

「止めておきなさい、リオニー。あなたの気持ちは解るけれど恥をかくのはあの伯爵なのだから放っておきましょう」


「それはそうですが、こうも所作の出来ていないメイドを見ているとイライラが募るものですね。メイド長の想いが良く理解出来ましたわ」

「それならば、帰ったら若い見習いメイド達にももう少し優しくしてあげて。見習いのちびっ子達はここのメイドよりずっと所作も気配りも出来ているでしょう」

「でもそれで、ここのメイドみたいになっては大変ですわ」

「大丈夫よ。良い者だけを見ていればそれが当たり前になるの。悪いものを見て初めて手抜きを覚えるものよ。前に立つあなた達がしっかりしていればウチのメイド達が道を外すことは絶対に無いわ」

「セイラ様~。私、精進致します」

 一体何のパーティーだという雰囲気の中、これから出資者会議が始まろうとしていた。


【2】

 私とリオニーは、ルイスとミゲルとパブロの三人を伴って三日前から領地入りをした。先行して入っていたマルゲリータとクルクワ男爵に合流し、領主館の前の街の宿屋に入り対策を練った。


 マルゲリータさんはお気に入りのリオニーを伴って、事前にペコリーノ氏から入手した事業計画書や財務書類の精査を始めている。

 ミゲルは、来訪した出資予定の貴族たちへの挨拶回りをするクルクワ男爵に付けて彼らの動向を探らせている。

 私はルイスとパブロを伴って町を散策しつつ情報収集にかかる。


 ハッキリ言って町は活気が無かった。疲弊している事が良く解る。

 人々に覇気がない。店舗に商品が無い。そして職が無いのであろう路上に物乞いの姿が目に付く。

 ルイスは腰に差した鉈鎌ビルフクの柄に右手を当てて左右の警戒を怠らない。

 パブロは大きな鉤付きのローマ秤を両肩に担ぎ口笛を吹いているが視線は路地の左右を常に行ったり来たりしている。


 私たちは少し大きめの居酒屋に入り食事とお湯を頼む。

「そのなりは、あんた達商人かい? 駆け出しのようだけれどこの町には大したものは無いよ」

「そうなんですか? リコッタ領は亜麻の産地だと聞いたもので良いリネンの生地が手に入らないかと思って来たんですけれど、生地でなくても糸でも良いのですが」

「そいつはお気の毒だね。ここの領地の麻は領主の野郎が全部召し上げて持って行っちまうのさ。税は全て麻で支払うように変えられて、麦畑は麻畑に成っちまった。土地は痩せるし、食べる物はろくに取れない酷い領地さ」

 麻は生育は早いが土地が痩せる。一度植えると五年は次が植えられない、輪作前提の作物だ。それを無理やり短い期間で作付けさせているようだ。


 初年に作付け面積を増やして利益が上がった為、調子に乗った伯爵が作付けを増やし続けた挙句数年前から収穫量が激減し始めたそうだ。

 その為の起死回生の手段が紡績工場であったようなのだ。レッジャーノ伯爵の紡績工場を買い上げて経営権を奪おうと画策し以前の出資者会議で失敗した。

 そこで自領でも同じ紡績工場を設置して他領の紡績を代行し減収の補填を考えているのだろう。


 見通しも甘ければ経営施策も甘い。ただの素人商売じゃあないか。

「バカじゃないのかこの伯爵は」

 パブロがポツリと言う。

「きっと引くに引けないのよ。裏にパトロンが居るんでしょう。そいつに踊らされて戻れなくなったんでしょうね」

 そんな話をしているうちに居酒屋の中の気配が怪しくなってきた。


 平民ながら身なりの良い私達三人は周りの目を引いていたようだ。その上亜麻を買い付けに来た商人だと名乗ったものだから金を持っていると思ったのだろう。あたりに不穏な空気が漂い出した。

「ここでは邪魔になりそうね。出ましょうか」


 テーブルに代金を置いて店の外に出ると、少しおいてぞろぞろと人相の悪い男どもが付いて出て来た。

 そのうち一人は走って路地に消えて行ったので、仲間に声をかけて先回りしているのだろう。


 宿に向かう途中の道を塞ぐように二人の男たちが路地から出てきて立ち塞がった。

 後ろから来るは二人のもうすでにナイフを抜いている。

 レンガ建ての店の壁を背にして、ルイスとパブロが私の前に立つ。男たち四人はそれを囲むようにぐるりと周りを囲んだ。


「おい、ガキども。悪い事は言わねえ有り金置いてきな。宿に帰りゃあまだ残ってるんだろ。今持ってる金くらいめぐんでくれや」

「残念だけど無駄な金は無えんだ。這いつくばってお願いできたらビタ銭くらいはめぐんでやるぜ」

 口の悪いルイスが煽る。


 男たちのニヤニヤ笑いが消えて、一瞬で表情が無くなる。

「ハッタリだと思っているのか? ここの衛士は銀貨一枚で殺しでも見逃すんだよ。舐めた口きいてると叩き殺すぞ!」

 ナイフを片手に突っ込んできた男の顔面に、パブロのローマ秤の分銅が食い込み骨の砕ける嫌な音がした。

 男は鼻と口を血に染めて仰向けに倒れ込むと動かなくなった。


 虚を突かれて一瞬ひるんだ男たちの間隙を縫って秤が一回転すると、分銅と反対側の鉤口が横の男の頬をとらえて頬肉ごと横殴りに抉って行く。

 その男は抉り取られた頬を抑えて悲鳴を上げながらのた打ち回る。


 その反動をつけたまま秤の鉄の竿が正面の男の脳天に叩き込まれた。白目を剥いて崩れ落ちて行く男の後ろでリーダーらしき男が唖然として固まっている。

 私は崩れ落ちる男の背中を踏み台にしてリーダーの胸元に飛び込むと右腕を掴んだ。


「あっ! こら、お嬢!」

 ルイスの声が聞こえるがそんなこと聞いちゃあいられない。

 そのまま釣り手で右肩を抱えると腕を離さずに一本背負いで頭から投げ落とした。

 グシャリと音がしてリーダーは顔面から石畳にたたきつけられた。


「お嬢! いい加減にしろよ! 俺の獲物はどうしてくれんだよう」

 そっちかよ、ルイス。不満気に憤ていたのは。

「お嬢、本当にやめてくれよ。ルイスなら何度死んでも構わないけど、お嬢に怪我でもさせたら兄ちゃんに俺が殺されるから」

「わかったわよう。でも私もここの伯爵のせいで最近イライラが溜まってるのよ」

「そのイライラで顔面潰されたこの男は救われねえなあ」


 騒ぎを聞きつけて遠巻きに見ていた群衆が、怯えた顔で私たちを見ている。

「どなたか衛士を呼んでいただけませんか。それからあなた達はお金が入用だったのでしょう。これでお食事でもしてくださいまし」

 そう告げると銀貨を男たち一人につき一枚づつ銀貨を並べる。その銀貨をやってきた衛士が拾い上げると、呻いている暴漢たちを見下ろした。


「娘さん、後は俺達が片付けておく。こいつらには俺たちが飯を食わしてやるからとっとと行くが良いぜ」

 衛士はにやりと笑うと私たちを追い立てた。暴漢たちが言った通り銀貨一枚で衛士ですら簡単に買収できるようだ。


 宿に戻るとやる事は山積みだろう。

 ここ五年の亜麻の収穫量と作付面積の推移。領内の耕地面積や税収。

 それから導かれる今年の亜麻の収穫量や収益の見直しを行い、リコッタ伯爵の事業計画の問題点を洗い出さねばならないのだから。

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