第28話 いつか通った道
【1】
このままルーション砦に残ると駄々を捏ねる二人を叱りつけて、翌日には帰りの船に乗ってシャピに戻って来た。
シャピから王都に向かう河船の中でイヴァナ・ストロガノフ子爵令嬢は新しく側付となったサロン・ド・ヨアンナ出身のメイドに滾々と説教をされていた。
私もグリンダやアドルフィーネから同じように説教をされてきた。誰しも通る道である。
「そんな事は御座いません。こういった行動でご指導を申し上げねばいけないのはセイラ様以降イヴァナ様が初めてで御座いますよ。商家から叙爵なされたフラン様もこのような事はついぞ無かったと聞き及んでおります。普段は傍若無人なエマさんでも行儀や作法については…クドクド」
何でまたアドルフィーネから説教を食らわねばならないのか。
その理不尽さに怒りを覚えながらイヴァナを見ると、あちらも恨みがましそうな目でこちらを見ている。
私のせいじゃないからね。あんたがファッションショーでやらかしたせいだからね。私はとばっちりを受けてるだけだからね。
「セイラ様! とばっちりを受けてるとかお考えではないでしょうね。そもそも最上級生として新入生の模範になるべき立場で唆すようなことを仰って…」
何で私の考えている事が解るの!
イヴァナもこっち見て嬉しそうな顔するなよ。
「イヴァナ様! そもそもはイヴァナ様がセイラ様にご迷惑をお掛けしたことが原因ですからね。それをお忘れなきように心に刻んでいただきますよ…」
いつまでも続く小言で萎れるイヴァナを尻目にエレーナ・ル・プロッション子爵令嬢は船内を駆け回っている。
「セイラお姉様、この船はライトスミス商会の三号船で御座いますわね。以前はクオーネからヴェローニャ迄貴賓を乗せて運行していたとか。やはり豪華ですわ。運河が開通する迄こちらの河には来ませんでしたから私初めて見ましたのよ。でも私はアヴァロン商事の大型商船のギガントが一番好きですわ。外洋まで出て沿岸の街迄行けるので御座いましょう…」
普通の娘だと思っていたけれど船舶オタクのフリーダム娘だった。そもそもアヴァロン商事の河船に名前なんて付けていない。ましてやギガントなんて言う厨二な名前は付けていない。
エレーナが勝手に命名してそう呼んでいるだけだ。
マリオン・レ・クリュ男爵家令嬢が微妙なニュアンスでエレーナの評価を語っていたのはこういう事だったのかと改めて納得した。
「やはり船に乗ったならばその船の施設は全て味わい尽くさなければ船に対して失礼と言うもので御座いますわ!」
高らかに宣言して船倉に降りて行くエレーナを見ながら私の頭痛はさらに増して行く。
【2】
どうにか年末の前期終了式までには王立学校に帰って来れた。
夏は王妃殿下の事件のせいで休みの半分は王都に釘付けになっていたから冬は休みに入ると直ぐに帰る予定でいる。
今年はア・オーの街にライトスミス家の面々が年始を過ごす為みんなでやって来るとの連絡も貰っている。
冬至祭の祝祭が終われば翌日にはア・オーに移動して私も大晦日と年始はカマンベール子爵領で過ごすのだ。
本当は冬至祭も向こうでおくりたいのだが、今年は司祭長のニワンゴ師が居ないので私が冬至の祝福と説法を行わねばならない。
アナ司祭に丸投げしようとしたが領主令嬢で光の神子の私を差し置いて出来ないと辞退された。
目立つのを嫌うアナ司祭らしいと言えばらしいのだが、実力も指導力も有るのだからもっと前に出て名を売って貰ってフィリポの治癒院をもっと有名にして貰いたいのだけれど。
「今年は冬至祭もクオーネで過ごそうかな。いっその事ファナタウンやゴッダードに足を延ばしても良いかも。父さんには人脈作りって言っておけば問題ないもの」
フラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢が言っている。毎回休暇はクオーネやア・オーで遊び回っているのだが今年は遠出するつもりの様だ。
「フランは良いですわね。うちはまだまだ貧乏ですからそこ迄は出来ませんもの」
「いつも一番先に降りなければいけないなんて私は損ばかりしているよ」
ロレイン・モルビエ子爵令嬢とマリオン・レ・クリュ男爵家令嬢が文句を言い始めた。
「この冬もみんなで船で帰るのかしら?」
ヨアンナがいきなり声をかけてきた。
「はっはい、そうですけれど」
フランが少し緊張した面持ちでそう答える。
「ならば私達も同乗したいのだわ。ねえ、ジャンヌも一緒に帰省するのだわ」
「ええ? 私はいつも一緒に帰りますから構いませんが、ファナ様も帰省なされるのですか?」
ファナは夏はエヴェレット王女について王都にいたからだ。
「エヴェレット王女殿下にはメアリー・エポワスもついているし、エマとオズマが居れば退屈する事も無いのだわ。その代わりにカロリーヌ・ポワトー
一体どういう事なのだ?
今のところポワチエ州は揉め事も無く非常に落ち着いているし、カロリーヌの母君やサン・ピエール侯爵が睨みを利かせているので一冬程度の旅行は問題ないだろうが。
「カロリーヌの弟君のレオン様をグレンフォードの大聖堂で授戒させたいのだわ。それにライトスミス商会の跡取りのオスカルちゃんとも友誼を結ぶのも必要なのだわ。それにレオン様はあちらで清貧派修道士として修業を始めて貰うのだわ」
言っている事は理解できるがそれが何故この時期なのだ?
「ジャンヌの護衛は三人とも冬至祭はジャンヌについて帰るのでしょ。セイラはアドルフィーネとリオニーとナデテを連れて行ってしまうのかしら。ならばカロリーヌの周りの警備は手薄になってしまうかしら。それならみんなで王都を脱出するのは得策よ。レオン様も安全なグレンフォードでお守りするのが良い方法かしら」
そういう事なのか。
今の王立学校は人員的に盤石の態勢であると言えるだろう。
私の周りにはアドルフィーネたち三人のメイドに加えルイスとパブロもついている。
ジャックたち三人はカロリーヌの食客の風でジャンヌとカロリーヌ姉弟の警備も担っている。
更にジャンヌにはアンヌとマリーと言うメリージャのセイラカフェの精鋭が付いており、カロリーヌにはルイーズとミシェルと言う私が鍛えた二人がついている。
それに私に付けられたアナ司祭とキャサリン聖導女もいる。
しかし私とジャンヌが居なくなればカロリーヌの周辺はルイーズとミシェルそしてベアトリスのもとに修行に行っているウルヴァの三人だけになる。
ベアトリスはともかくイブリンは戦闘の役に立たないし。…多分あの娘は欺瞞と謀略の担当者だ。
それで護衛人全部を引き連れて清貧派の勢力範囲である北西部から南部へ移動しようという事なのだろう。
ヨアンナが考えたのかファナが画策したのかこれは良い手だと思う。
「それならばいっそア・オーの街に寄らない? カマンベール子爵領に二年前に温泉が出て、昨年一年かけて周辺を整備させたから素敵な宿や料理もあるんですよ」
「そう言えば貴女そんな事を言っていたかしら。でも真冬の山のなかでしょう。寒いのではないかしら」
「だから温泉なの。周辺も山道も地熱で温かいから雪も積もらないし」
どうもみんなの食いつきが悪い。
「まあ鉱泉水は体に良いと聞きますし、温泉の効用は色々と聞いていますわ」
「吹き上がる熱水を見るのも一興なのだわ」
ああ、そうだこの国には温泉に入る文化が無いのだ。
温泉は飲む物、鉱泉水を飲んで薬草を入れたサウナや温泉の地熱で汗を流してデドックスを行う。
「温泉ですか! 露天の温泉も有るのでしょうか? 打たせ湯とかも」
一人ジャンヌだけが食いついて来た。
「当然じゃない。雪を見ながら温泉に浸かって冷えたシードルなんて最高でしょう」
「ええ、ええ、絶対最高です。温泉に浸かって旅館で御馳走を食べて、ウフフフ」
「学校の寮の大浴場のような物かしら? まあジャンヌがそういうのならみんなで行くのも一興なのかしら」
フランとマリオンとロレインにリナ・マリボー男爵令嬢とレーネ・サレール子爵令嬢を加えた五人に私とジャンヌの七人がいつものメンバーだがこれに今回はヨアンナとファナとカロリーヌが加わってみんなでカマンベール子爵領に赴く事になった。
「私、まだ船で運河を通った事は無かったのですよお姉様」
「なあ、温泉って美味いのか、お姉様? 鍛錬になるなら私は行くぜ!」
…アッ、この二人がいるのを忘れてた。
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