第160話 救貧院廃止法案(2)

【2】

「でも救貧院を廃止してなんの利益が出るのだ? 俺はそう云った事に疎いので良く判らん?」

 イヴァンがいきなり核心を衝いてきやがった。


「まあ、話を詰めて行く間に見えてくると思います。先ずは救貧院の廃止とそれに変わる施設の構想を考えて行きましょう」

 ジャンヌがイヴァンの言葉を引き取ってくれた。

「そうですね。いやな事より理想を語りましょう」

「そうだね。ジャンヌの言う通り夢をまず話そう」

「そうだな。あの子らを解放するだけでは片手落ちだな。あの子供達を一人前にして幸せにするのは王族の使命だな」

「ええ、私はジャンヌ様に全霊を上げて協力致します」


「それならば、ここからは皆が思っている未来の理想を集めましょう。不可能に見えても構わない。誰かの話を聞いて思いついた意見で構わないわ。それから人の意見には一切否定はしない。否定、批判、反論は無しよ」

 ちょうど食事も終わり、デザートが運ばれるタイミングだ。

 私はここでブレーンストーミングを提案する。


 厨房の伝声管にコーヒーとデザートを頼むついでに紙と筆記具も持って来させた。

「子供たちが無理のない仕事で稼ぐ事が出来て学べる事が出来るように考えねばな」

「聖教会工房は木工の訓練所も兼ねている。こういう仕組みが必要ですね」

「武道も学べるようにすれば騎士や冒険者になれるぞ」

「それよりも家族で一緒に暮らせる事が大切じゃあないかな」

「その為には住むところが必要では無いのか?」

「食事や諸々の経費を考えると子供一人の賃金では親を助けられないぞ」

「住む場所が有れば、割と安い給金でも生きて行けるものだぞ。騎士団でも野草や狩りで食いつなぐ訓練があるからな」


 理想に走りがちなみんなの意見の中で、時々口を挟むイヴァンの意見がとても現実的で的確だあったり、意外な面が見えてくる。

 皆が活発に意見を出し合っている中、私は彼らの意見を紙に纏めてゆく。

 付箋紙か京大式カードかKJラベルが有れば便利なのだが、仕方がないから後で切ってカードにしよう。


 私は議論が出尽くした頃合いを見計らって一旦議論を打ち切らせた。

「否定や批判無しの意見の出し合いでこんなにいろいろ意見が出せるとは思わなかったぞ」

「おお、メモを取っているのか」

「議論に集中し過ぎて忘れてしまった内容もある。さすがはセイラ・カンボゾーラだ。助かったよ」


「それでは、これからその意見をまとめて行きましょう」

 私をそう言ってメモの紙をポシェットから出したナイフで切り分けてカードにしてゆく。

「このカードを関係の有る物毎にグループ分けをして今日は終わりにしましょう」


 オズマと殿下たちは不思議そうにカードを繰りながらも、特に反論もせずカードの仕分けを始めた。

 その間に私は白紙の紙を切り分けて新たなカードを作る。

「新しく思いついた事が有れば言ってね。カードに記入するから。グループ分けが出来ればそのグループにタイトルをつけて終わりにしましょう。次回はどうしますか?」


「ああ、又集まりたいが学校では難しいな」

「そうですね。殿下や私の部屋ではオズマやジャンヌが入室出来ない。かと言って女子寮には私たちは入れ無い」

「ガーデンテラスや共用のお茶会室は人目につくし、学外で違和感のない場所が良いいね」

「この店の部屋だけ借りられないのか?」

「高級店だぞ。学生が毎日通う場所では無いぞ。金がいくらあっても足りないし、殿下に負担をかける訳にも行かない」

「飯は無しで部屋だけ借りるならそれほど値は張らんだろう」


「いくら何でも、レストランに部屋だけ貸せと言っても了解してもらえるか、それに値段も高いだろう」

 ファナもその辺りは理解してくれるだろうから、部屋だけなら貸してもらえるんじゃないかな。

 私は開いている三階行きの伝声管の近くで話始める。

「そこは交渉してみましょう。小さな部屋でテーブルと黒板と筆記具が有れば良い。食器とお湯だけ用意してもらえれば後は連れてきたメイドが対応するという事で」

「うん、それで安く借りれるならば良いのではないですか」

「それじゃあ少しお願いに行ってきますので、ここで待っていた下さい」

「俺が行かなくてよいのか?」

「殿下が行かれればお金が有ると思われます。交渉事なら私一人の方が良いでしょう」

「それならば、私もご一緒に」

「オズマさんは顔を知られない方が良いと思うので、ここは私一人で対処します」

「そうですか、それではお願い致します」


 そうして私は三階の執務室に向かう。

 中には案の定ファナが座ってお茶を飲んでいた。

 周りには数人のメイドやフットマンがメモを取りながら伝声管に聞き耳を立てている。

 何この部屋、伝声管だらけじゃないの。

「何です? ここ? 異様に伝声管が多いような」

「客室の壁にもたくさん埋め込んであるのだわ。客室の会話はほぼ聞き取れるのだわ」


「それで部屋の件なんですが」

「良いわよ。一階の奥に会議室が有るのだわ。黒板も有るし十人程度は入れるのだわ。店の営業時間中は使わないから午後から営業終了までの時間、銀貨一枚で良いのだわ。終業式の前日まで貸してあげるのだわ。紙とインクとチョークは使用分を別会計でイアンに請求、お湯はサービスするけれど茶葉はイアンに持ってこさせるのだわ」

 やはりイアンの悪口を根に持っているようだ。


「でも貴女、良いの? オーブラック商会は商売敵でしょう。うちは競合しないから構わないけれど」

「そこも考えていますよ。棲み分けが出来れば特に問題は起こりません」

「でも、エマが黙っていなののだわ」

「だから、しばらくは内密にお願いします。ライトスミス商会は南部色が強すぎますし、アヴァロン商事は清貧派・反王室のイメージがきつ過ぎるので、この先反発も大きくなると思うのですよ」


「それでオズマの実家を助けるの? 教導派に利益を渡すの? 場合によってはこの話潰すかもしれないのだわ」

「北部や東部の教導派貴族の中には不満に思っている貴族もかなり居ますよ。だからと言って簡単に清貧派に移れない。上級貴族の寄り子だったり世話になっていたり、親族なら尚更でしょう。下級貴族には特にそう言う不満を持った貴族は多いと思うのですよ」

「オーブラック商会を使って懐柔しようと言うつもり?」


「いえ、私は平民や獣人属の権利を守って、平等な条件で正当な報酬を払って仕事をさせるのなら、教導派でも清貧派でも否定はしませんよ。搾取している奴らが許せないだけですから。利益が平民や獣人属に行き渡るために救貧院を潰そうとしているのですから」

 それだけ言うと部屋を出て行く私の背中に、ファナの笑い声が響いた。


「あなたが行っている事は教導派が絶対飲めない事なのだわ。教導派に教義を否定するなら手を結べると言っているのだわ。ねえ、説明と案内に一人フットマンをつけるから、イアンたちの教育を頼むのだわ」

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