第21話 割りを喰った者達

【1】

 診療所には上級貴族や豪商など富裕層がかなり押しかけてきて治療を求めて来ている。

 当然さほど大した病状で無い者が多いのだが、それで納得しない者がかなり沢山いる。診断書の内容に対してもっと重症のはずだと主張するのだ。

 いつの時代にも同じような患者は居るものだが、ここに来ている患者の決まり文句は”金なら幾らでも払う”なのだ。


 王都大聖堂の治癒術士なら喜んで重症判定をしただろう。事実今まで王都大聖堂で重篤患者扱いをされてきた患者たちなのだから。

 そうして多額の喜捨が負担になって診療所に治癒を依頼に来て、軽い診断では納得せずに金なら幾らでも出すとは…。

 そういう患者は早々にお引き取り願っている。本当の重篤患者を治療する事が出来なくなっては診療所を立ち上げた意味がない。


 金貨を並べた富裕層が拒否られて、身分の低い者やツケでしか料金が払え無い者が治療を受けるのはやってきた患者たちに新鮮で公平に見えたようだ。

 お陰で身分を問わず公平に診療を受けられると評判は高まった。


 そして次に現れたのは迷惑な入院希望者だ。

 王太后殿下の様な我儘な患者は当然収用を拒否して往診で対応しているが、家族がそれに耐えかねて診療所に押し付けようとして来るのだ。

 今のところは食事療法と往診で押し切っている。

 投薬治療はこういう患者は処方量以上の量を服用する可能性が高いとビーチェが言うのだ。

 その件については私も納得できる理由だ。沢山飲めばもっと効くと言う怖い発想をするのがこういう人たちの常だから。


 薬局の売薬量は三日分迄。

 往診では治癒術士が行って投薬する。

 診療所の内規とし徹底させている。


【2】

 それでも市井での患者たちは非常に順調に回っている。

 病床は大部屋も個室も三倍に増やして、前世の基準ではもう診療所とは言えない規模になっている。

 末期患者は家族には当然事前通達を行い納得を得た上で受け入れている。

 大部屋の短期入院は入院食も好評で、健康食品販売の評判に拍車をかけている。

 結局この診療所で一番儲けているのはロックフォール侯爵家の食品販売なのだ。


 最近は週に一度冒険者ギルドや薬局の治癒術士を集めて簡単なジャンヌ流の治癒施術講義も行っている。

 そこそこの技量を認められた者には受講修了書を渡しているが、これが初級治癒術士免除と勝手に名付けられて診療所のお墨付きのように扱われている。


 薬局などは店の正面にその免状を掲げるだけで客が増えるのだそうだ。

 冒険者ギルドでも免状を持っている者はクラスがワンランクアップすると聞いた。

 そして治癒施術の料金も診療所報酬に合わせた料金設定が標準価格のように受け入れられ始めている。


 市井での医療業務は上手く回っているのだが、一カ所割を食っている者がいる。

 教導派聖教会だ。

 聖教会での治癒施術は大きな収入元なのだから。それが病状によって価格が固定されつつある。


 診療所の診断書を持って大聖堂を訪れる者もかなりいる様で、聖教会側では私たちの診断書は無視しているようなのだが患者たちは納得していない者が多い。

 当然だろう。

 大聖堂でさらに重い病状を告げられて高い治療の喜捨を要求され、その上病状は中々改善されないのだから。


 軽微な治療ならば免状を掲げる薬局や冒険者ギルドの治癒術士に頼んだ方が快癒するという風潮が出来つつある。

 一般市民や下級貴族の足は聖教会から遠のきつつある。

 これまで清貧派聖教会での治療を望みつつも、改宗と言う条件は重いと感じていた者が診療所で診断を受けて薬局や冒険者ギルドに流れているのだ。


 ここ最近教導派聖教会の治癒術士に対する評価はだだ下がりで、特に重篤な患者は昼は診療所に、診療所の締まっている時間はゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂に駆けこんでゆく。

 最近ゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂はERの様な扱いになっている。

 フィリポの治癒院からもヨハネス卿からの要請で多くの治癒術士を送り込んでおり、アナ司祭とキャサリン聖導女もゴルゴンゾーラ家の聖堂に詰めて指導に当たっている。


 今や王都の人々は清貧派治癒術士と教導派治癒術士の力量の違いを実感として知り始めた。

 王都民としての問題は清貧派治癒術師のキャパ不足だ。清貧派聖教会は基本的に信者しか入れない。

 そして診療所も重病患者優先なのだ。

 豪商や上級貴族は金を積んでも診て貰いたいのだが規定金額以上は受け取ろうとしないので、金の力は通用しない。

 かといって教皇庁にケンカを売っているような団体なので権力によるごり押しにも屈しない。


 かろうじてそういった貴族や資産家が王都大聖堂に赴くのだが高額の喜捨に不満を漏らすものが多い。

 王都大聖堂も病状を過大に見積もって喜捨の金額を上げようにも、診療所の診断書を出されては文句もつけづらい。


 そこで王都大聖堂が始めたのが入院治療だった。

 診療所の入院治療を真似たのだ。

 大聖堂の中には余剰スペースは沢山ある。


 以前ポワトー伯爵家が王都別邸として使用していた施設だけでもかなりの収容数が見込める。

 これ迄の王宮や王都の大司祭の失言にも抵触せず何より合法的に金が取れる方法だと思ったのだろう。


 王宮聖堂の大司祭の通達に抵触すること無く食費や宿泊費は経費として料金を堂々と請求できるうえ、先の王都大聖堂の大司祭の発言通り治癒施術を施すのは聖教会内だ。


 当然すべて豪華な内装の個室として設えられて、豪勢な食事も饗される。求めに応じて高級品のワインも提供されるだろう。

 それらは高額な食費として入院患者から徴収されるのだ。

 各部屋には専属の若いメイドやサーヴァントが複数人ついてすべてのケアを行う。

 不調を訴えれば昼夜を問わず治癒修道士や修道女が処置を行う。


 大部屋が中心で健康食に限定された食事しか供与されない診療所の入院施設とは一線を画しており上級貴族を始めとする富裕層がかなり入院しているそうだ。

 そしてその治癒率はこれまで以上に下降している。それも私たちの診療所の大部屋の半分にも満たない程までにである。


 生活習慣病の患者はこの入院内容では病状が悪化しても回復するとは考えられない。

 当然入院期間も伸びて一時的に王都大聖堂の収益は上昇したが、あの入院施設に入る事は死にに行くようなものだと言う評判も立ち始めている。

 特に末期の患者は鎮痛剤や化膿止めなどの投薬治療もままならないため、治癒施術を施すたびに苦痛にさいなまれ、苦しみを長引かせることになるのだ。


 一次的な評判が終息すると王都大聖堂の入院治療を望む患者も潮が引くように減り始めた。

 後に残されたのは家族から疎んじられた者たちで、そう言った患者の強制収容施設的な色合いが濃くなっている。

 そして高位貴族家の家督争いや不手際の隠蔽などで、家族から疎んじられて入院を強要された患者だけになってしまった。

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