第107話 サンペドロ州(3)
【3】
嫌な予感がする、またもめ事に巻き込まれそうな。
「最近一部の福音派の聖教会になにやらキナ臭い動きが御座いまして…」
教区長はさらに言葉を続ける。
「特に人属の司祭様が管理しておられる教区の福音派の聖教会に多数の貴族らしき者がたびたび出入りしていると聞き及んでおります」
「それは、もしやドミンゴ司祭様の教区の事でしょうか?」
「いえ、清貧派では無く福音派の司祭様の教区です。御存じないかもしれませんが、ハウザー王国では福音派の司祭職の聖職者には人属が多いのです」
ああ、ドミンゴ司祭も言っていたね。四子爵家の縁者と言う事か。
「枢機卿方の縁者のいる聖教会と言う事ですね。やはり四子爵家の方々でしょうか?」
「それが獣人属の貴族らしいのです」
「ハウザー王国の獣人属の貴族の方々が、その人属の司祭様に会いにいらしていると…」
「ええ、ええ、その通りです。司祭様に面会に来ている様なのです」
ふーん、四子爵家の関係者に他州の?貴族が接触していると。目的は何だろう?
「やはりドミンゴ司祭やバトリー大司祭と四子爵家の対立が原因ですかねぇ」
「どうでしょうか? そうとも思えないのですが一介の聖導師風情にはそれ以上の事は…。そもそも聖教会とハウザー王国の貴族の関係は良くありません。ですので少々不審に思ったものですから」
「とても役に立ちます。判るならその聖教会と見えられた貴族の方の事もまた教えて下さいまし。工房のお仕事の件に関しては大司祭様の認可が必要なので難しいですが、代わりになる手段もライトスミス商会で考えてみます。村長様もそれでご容赦くださいまし」
紡績工場が稼働すれば農家の副収入になる。設置するための下地は有るという事だろう。
「ご要望に沿える様に善処いたしますが、その為には色々と情報も必要です。お耳にした事やご覧になった事などまた私どもに教えて下さいまし」
色好い返事を貰ったと思ったのだろう村長は相好を崩し協力を表明した。まあ善処させていただきましょう。善処だけはね…。
【4】
その後私たちは二日かけて八カ所の司祭館の無い末端の聖教会を回って情報収集を行った。
もちろんガブリエラ修道女の情報に沿って、派閥は関係無く農民出身の聖職者…一般に冷や飯食いと言われるような…に絞って回ってきた。
初日と二日目は聖教会の礼拝室を借りて泊まらせてもらった。食事も持参したもので済ます。貧しい村に無理はさせられない。
聞き取りの限りではどこもほぼ同じような印象だ。
都市部やその近郊と違い、目立った地場産業が無い農村では工房は手軽にできる現金収入の場である事。
その為子供だけでなく高齢者や女性にも就業の希望者は多くいる。
その反面、働き手が街に行く事には抵抗もあるようで、必ずしも全面的に歓迎されている訳では無い。
最終日の午後清貧派の司祭様の管理する教区の司祭館を訪れた。
打合せを父ちゃんに任せて、聖教会教室に立ち寄ってみた。教室に参加して思ったことはそこで学ぶ子供と親たちとの希望の乖離だった。
そこで学ぶ子供たちは思いのほか力が入っている。どの村にも二~三人はメリージャに働きに出たものがいる様なのだ。
そして字の書ける子は手紙をよこす。それも村には無い都市での体験をぎっしりと書き込んだものを…。
村に残って教室に通う子供たちはあこがれを募らせる。字の書けない親にはその手紙すら読むことが出来ないと言う優越感に浸りながら。
村の…その家庭の中にも確執が出来ていた。
タダ同然の労働力を手放したくない親と、そこから抜け出したい子供たちとの断絶が出来つつある。
子供たちにとって読み書きと算術は都会に行く必須の手段としてとらえられている。それらに必要性を感じない親たちとの溝が深まりつつあると感じた。
休憩の時間、ルイーズの周りに女の子たちの大きな輪が出来た。
この村からも一人セイラカフェに働きに出た娘がいるそうだ。女の子の間では羨望と嫉妬が入り混じっているようだが、それでもセイラカフェはあこがれの職業のようだ。
ルイーズへの質問や賛辞が口々に語られる。ルイーズからラスカル王国のゴッダードやクオーネ・パルメザンといった大きな街々を巡り貴族との取引をしてきた話はもとより、メリージャのセイラカフェで饗されるメニューを聞くだけでも憧れを掻き立てる様だ。
「これから先セイラカフェでも優秀なメイドは、メリージャの貴族が集うサロン・ド・ヨアンナで働くことが許されますよ。そこでのメニューは、今のラスカル王国やハウザー王国でも出されたことのない新しいお菓子やお茶請けがいっぱいあるのです。その代わり全ての学問も礼儀作法も護身術もしっかりと習得しなければいけないわ」
私が皆に告げると今度は私への質問が洪水のように飛びです。
一つ一つに答えるわけには行かないので、まとめて答える。
「ここに居るルイーズは、もう少しハウザー王国の礼儀作法を習得すればサロン・ド・ヨアンナでメイドに成れるでしょうね。でもルイーズは帳簿や会計の勉強を始めて、商会のお仕事をする方を選んだようね。一つの街で貴族の相手だけするよりも、いろんな街を巡っていろんな人と出会う仕事のほうがやりがいがあると思ったのかしら」
ルイーズに話を振ると悪戯そうな笑みを浮かべて子供たちに語りだした。
「お貴族様のご機嫌を取るお仕事なんかより、セイラお嬢様と一緒に貴族をぎゃふんって言わせる方が楽しいのよ。それにサロン・ド・ヨアンナのご馳走も店に出される前に味見できるしね。でもこれはここだけの秘密よ。商会のお仕事は男でも女でも一緒、工房もカフェもサロンもすべて仕切っているのはライトスミス商会。だからそこの職員は誰よりも仕事が出来ないといけないの。これからもっと忙しくなるから早く私の後輩が出来るようにあなた達も頑張って頂戴」
「あんたはゴッダードの街の子だろ。俺たち田舎者とは生まれが違う」
話を聞いていた少年がぼそりと言う。
それを着たルイーズは子供たちを眺めてから更に話を続ける。
「私は運よく七歳から聖教会教室で学ぶ事が出来たわ。おかげで十歳でセイラカフェで働けるようになって来年の聖年の年には商会の職員見習いになれる。今もこうしてセイラお嬢様の護衛代わりについて来てるけれど、聖教会教室に行かなければ、タダの行商人の娘で今でも三食パン粥かオートミールの暮らしだったかもしれないわ。読み書きと算術が出来るだけでもゴッダードではマヨネーズ売りでどうにか暮らして行けるの。マヨネーズ売りの子供たちは読み書き算術と帳簿付けが出来るからそのうちに大店や貴族に雇ってもらえる。それ程に生活が変わるのよ。今は判らないでしょうけれど、きっとあの時頑張っていてよかったと思う時が来るわ」
「なああんた、護衛って言ったけど強いのかよ。そんな細っこい女のくせに」
「まあね、あんたよりは百倍強いわよ。セイラカフェのメイドは護身術も必須。メリージャのセイラカフェの今のメイド長の熊獣人ナデタさんは格闘技が、ダルモン伯爵様のメイドに派遣されている狼獣人のアドルフィーナさんは攻撃魔法が、パルメザンのセイラカフェと商会の管理を任されてる猫獣人のリオニーさんは投擲術と暗器使いの名手よ」
「パルメザンってラスカル王国ですよね。そこでも獣人属の方が管理者なのですか?」
「リオニーさんみたいに実力も才能も有ればライトスミス商会ではだれも文句なんて言わないわ。これからもハウザー王国からたくさんの娘たちがクオーネやパルメザンに行く事になるわよ」
「男は、男もそうなのか?」
「今のライトスミス商会の法律顧問は犬獣人のコルデーさんよ。経営のトップの一人なのよ」
子供たちの就学意欲はさらに高まったようだ
さすがは我がライトスミス商会の生え抜きだけの事はある。私の伝えたいことはすべて伝えてくれた。
ルイスやジャックはもう少しルイーズを見習えよ。
私の課題は大人たちの意識をどう変えるかという事だな。
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