第120話 綿花市

【1】

 サンペドロ州中央街道沿いの名前も無い小さな集落は半年余りでチョットした町になっていた。

 始めは奥の村までの真っ直ぐな道を整備する為近隣の農村から雇われた作業員が集まり、事務所と休憩所そしてローラーやレーキやらを保管する機材倉庫が出来た。

 そして道路が出来ると更に倉庫が増えて、レンガや材木やらの建築資材が次々に運び込まれ更に倉庫が大きくなった。

 運び込まれる荷物が増えたので奥の村への荷物移動はもっこでは追い付かなくなり、荷車や荷馬車の集積場も出来た。

 そして事務所の横には建築作業員の宿舎が作られて、その隣には居酒屋兼雑貨店も出来た。


 そして国境を抜けてラスカル王国から大きな荷馬車が何台も現れて、この街で積み替えられると慎重に奥の村に出来たレンガ建ての立派な工場に運ばれて行った。

 掘立小屋だった事務所は立派な建物に建て直されて、工事機材や資材が入っていた倉庫は補強が成されて更に増やされた。

 工事が終わって作業員が居なくなった宿舎も何故か手を加えられて簡易宿泊所として修復された。

 居酒屋兼雑貨店だけは一時的に店をしまてしまったが…。


 そして秋になり風が冷たくなり始めた頃、その倉庫目指して次々に綿花を積んだ馬車がやって来た。

 事務所には多くの職員らしきものが溢れ、集積場の横の厩舎には一杯に馬が繋がれた。

 商人達は簡易宿泊所に入り、御者や馬丁などの一部は宿舎に入り切れず馬車の中で寝る事になった物も居る。

 居酒屋は簡易のテント屋根を仕立てて、外にまでテーブルを出して商売を始めた。何処からともなく娼婦たちも集まり始めている。


 それから間もなくしてラスカル王国から数人の商人がやって来た。

 一週間ほどして、その町から空荷の馬車はメリージャへ向かい、綿花を積んだ馬車は国境に向かって波が引くように去っていった。


【2】

「思った以上にうまくいったようだな。殆んどの綿花商人が参加したそうじゃないか。サンペドロ伯に話を通した甲斐が有ったと言うものだ」

 ゴルゴンゾーラ卿が満足そうに私に恩を売って来る。

「我がサンペドロ辺境伯家の威光と父上のハウザー王家への尽力の賜物だ。別にゴルゴンゾーラ家の手柄では無いわ」

 ヴェロニクが言い返す。


「ええ、ヴェロニク様は王子様とホットケーキにかけるフルーツソースやシロップについて熱く語られておりましたもの。あれで王家の心証が良くなったのでですわ」

 エマの嫌みにヴェロニクはこちらを睨み返す。

「ハウザー王家を取り込んでいると印象付ける事で他州の介入を抑えたのだ。侮るな!」

「サンペドロ辺境伯家は第二王子とかかわりが深いそうで御座いますね。場合によっては私どもも何かご支援をと考えておりますが」

 私はグリンダの持ってきた情報でヴェロニクに揺さぶりをかける。

 どうも表沙汰にはされていない様だが第二王子は庶子で母親はサンペドロ辺境伯の妹らしいのだ。

 王太子を生んだ王妃と国王とは非常に冷めた関係で、国王は深く寵愛している側室のサンペドロ辺境伯の妹の生んだ第二王子を立太子にと考えているらしい。

 まあそれでドロドロとした権力争いも起こっているのだけれど…。


「どこで聞きかじったか知らないが、心には止めておく。清貧派の貴族となら我が家も交流は厭わんからな」

「そうなのですか? 教導派に秋波を送っておられるお方もいらっしゃるようですが」

「何だと! その様な者がハスラー王国に居ると申すのか」

「セイラちゃんいけないわ。そんなヴェロニク様のお心を惑わす事を言ってわ。それよりも関所の通行税についてお話しする事が先ですわね」

「この…。今年だけの特例だ。春までの期間、毎日荷馬車一台分の往来について免除してやる。さあとっとと話せ」

「それでしたら今すぐに仮契約書を作りますのでしばらく待っていて。あとはコルデーさんに正式な契約書に起こして貰いますわ」

「一日一台の往復だけだぞ。分かっておるだろうな」

 エマ姉はどこでも平常運転である。


「誰とは申せませんが、女性の大司祭様がたびたびラスカル王国のとある枢機卿と書簡を交わしている様なのです。恋文でも送り合って文通をしているのでしょうかね。私にはわかりかねますが」

「ふざけた事を…。他にも掴んでおるのだろう。これだけでは免除は今年中で終わらせるぞ!」

「最近、司祭様の居る聖教会教区に福音派の他州の貴族が出入りしているそうですね。その貴族が四子爵家の寄り子や親族の様だと…そう言う噂話を聞き及びまして」

「それが我が州内で行われていると言うのだな」

「噂で御座います。私は聖導師以上の方に知り合いは多くありませんから」

「この州内で司祭は人属だけしかおらん。あの大司祭め、四子爵家と諮っての事か、それとも対立しておるのか。このサンペドロ州で勝手な事はさせんぞ」

「貴族同士の諍いごとに巻き込まれるのは御免ですわ。商売が滞りますもの」

「エマ姉。そう言う訳には行かないわ。サンペドロ辺境伯に何かあれば新しい工場の投資も全て無駄になるんだもの。なにより戦争になれば一番に被害が及ぶのはブリー州とサンペドロ州よ。ゴッダードを守る為にもサンペドロ辺境伯への力添えは必要な事なのよ」


「すまぬ。其の方は只の無礼な小賢しいだけの小娘だと思っていたがどうも違ったようだ。そこの強欲なだけの会計よりは世情を見ておるな」

 何それ! 全然謝罪になってないじゃ無いの! 大層な言われようなんですけど。

「ええ、ヴェロニク様も甘味好きなだけの傲慢な脳筋では無かったようで安心いたしました」

「やはり其方とは相容れぬようだな」

「でも利害が一致するのでこれからも宜しくお願い致しますわ。ライトスミス商会が儲かればサンペドロ辺境伯に還流するお金も増えますから損はさせませんわ。政治向きのこと以外なら儲けの続く限り協力致しますわ。ねえセイラちゃん」


「ええ、今回の取引で綿花の品質についても、地域によってかなりの開きがある事もわかりましたしね」

「そうなのか。綿花は綿花では無いのか?」

「やはりゴッダードの競り市は品質などお構いなしに買い叩いているようですね。私どもは綿花の品質に応じて一等から五等の等級を付けさせてもらいました。一か所非常に品質の良い綿花が有りそれにはゴッダードの相場の三倍の値を付けさせて貰いましたよ。これは特急を付けさせて戴きました」

「それで買い付けは一等級までで、全体の一割ほどでしたわ。一等級でゴッダードの相場の二倍ですが、それでも綿生地にすれば最高級品ですわ。ハスラー品の半額以下の価格で競りに出せますわ」


「エマ姉。綿生地も競りにかける気なの!」

「当然よ。ゴッダードのシュナイダー商店で売り出すわ。ハッスル神聖国やハスラー聖公国の宮廷でしか出ない様な生地が出来るのですもの。メリージャのサロン・ド・ヨアンナを通して密かに競りにかける事にしましょう。ねえヴェロニク様、協力いただけますわよね」

「協力はするが、なぜサロン・ド・ヨアンナなのだ? 解るように説明しろ」

「ラスカル王国で派手に売り出せば、ハスラーやラスカルの教導派に感付かれてしまいます」

「感付かれたら具合が悪いのか? 競りに参加させなければ良いだろう。幾ら金を積んでも手に入らないのだから溜飲も下がろうと言うものだろう」

「王宮の権力が介入してくるのですよ。このサンペドロ州の競り市もバレては困るでしょう」

「それはそうか。それで何故メリージャ限定なのだ。我が家は嬉しいが秘密で売るならクオーネでも良いだろうに」

「しばらくはハウザー国内の綿花が不作で品質が下がったと思わせておけば良いのです。その点クオーネはラスカル王都に近すぎます。高級綿布が輸送されれば不審に思う教導派貴族が出てくることも考えられます」


「なんとなく理解したが、布は一体どこで織るのだ? サンペドロ州では織物など殆んど出来んぞ」

「それはこれからの課題ですね。まあいくつか案は有るのですけれど」

「本当に食えん奴だなあ。まあ良いわ。便宜は図ってやるからお前たちも我が家に助力しろよ」

 ヴェロニクとはお互いの利害が一致する限りでは共闘出来そうだ。

 まあ頭は悪いがそこ前悪人でも無い様だし、単純なだけに御しやすいから使い勝手も良さそうだ。これでハウザー王国での紡績工場計画は軌道に乗りそうだ。

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