第197話 カンボゾーラ子爵令嬢(2)

【3】

 クオーネ大聖堂での成人式はとても盛大に行われた。私の成人式はロワール大聖堂で行うよう再三要請が有ったが、フィリップ父上が蹴ったのだ。

 そして成人式が終わって、祝宴がサロン・ド・ヨアンナを総て貸し切りにして盛大に始められた。


「貴女がフィリップ叔父様の隠し子だっただなんて、まるで気付かなかったかしら。元々素行は悪かったけど、女性関係で浮いた噂が無かったのはそれが原因だったのかしら。貴女が従姉だったなんてひと月前まで知らなかったかしら」

 ヨアンナの言葉を引きつる笑顔でかわしながら悪態をつく。私だって、いや世界のだれ一人先月までそんなこと知ってった奴なんていないよ!


 貴族周りの挨拶や顔つなぎで時間を取られて、父ちゃんにもお母様にもオスカルにも会えていない。

 当然、成人式の祝宴には招待されて皆来ているのに中々逢う事すら出来ず私は焦れているのだ。

 祝宴の席では簡単に挨拶だけしか出来ないが、顔だけでも見たい。

 フィリップ父上もルーシー母上も明日以降にじっくりと時間を取って話もしたいし、相談もしたいと言っているのでそれまで我慢しなければいけない。

 ヨアンナと無駄話に興じる余裕は無いのに…。


「ねえヨアンナ姫様。ゴルゴンゾーラ家の親族とかでフユミという名前の娘に心当たり有りません?」

「フユミ? 女の名前なの? とても変わった名前かしら。この国の人間じゃないのじゃないかしら。どこか異国の、ハウザー王国より南とかハスラー聖公国より東とかの」

 …フユミって一般的な名前じゃないんだ。じゃあ何故ゲームの主人公はそんな名前なんだろう。

 娘の名前と同じだったので特に違和感は感じなかったのだが…

 娘の名前と…。

「あっ!」

「何なのかしら。突然に」

 もしかすると、いやきっとそうだ。

 フユミ・カンボゾーラはデフォルトネームじゃなかったんだ!

 それじゃあゲームでの主人公のデフォルトネームはいったい?

 私(俺)の額に冷たい汗が滴り落ちた。


 デフォルトネームは、セイラ・カンボゾーラじゃないのか?


【4】

「おねえしゃま~」

 オスカルがじゃれついてきた。

 祝宴の場では一般客と子爵令嬢という立場で父ちゃんやお母様とはゆっくりと話せない。

 しかしオスカルはお構いなしだ。オスカルの相手をしながら父ちゃんと話す。


「この度は叙爵おめでとうございます。これからのカンボゾーラ子爵家の盛栄をお祈りいたします。…お前、アドルフィーネを引き抜くこたあねえだろう。ダルモン市長から散々文句を言われたぜ」

 挨拶もそこそこにいきなり仕事の話しだ。父ちゃんらしい気の使い方なんだろう。

「だから代わりにフィリピーナを行かせたでしょう。それにシャルロットやアンヌみたいな生え抜きも育ってるし…。一人こっちに欲しいわよね。アドルフィーネみたいにラスカルでもハウザーでも通用する娘が」

 そんな話をしているとフィリップ父上がルーシー母上を伴ってやってきた。


 お母様が挨拶を始めるより先にルーシー母上が涙声で頭を下げる。

「お従姉ねえさま。こんな事になってしまってお許しください」

「ルーシー、顔を上げて。子爵夫人はもっと毅然としていなければ。これは私の落ち度よ。セイラが行くと言った時にわたくしも覚悟をしていました。フィリップ様の機転で一番うまい状態に落ち着けたのですから」


「…フィリップ様の機転って、なぜ知ってるの?」

「ああ、一昨日見てきたからなあ」

「何を?」

「ルーシーとセイラ・ライトスミスの治癒をするセイラ令嬢。それを連れ去ろうとする悪徳司祭。その前に颯爽と現れるフィリップ卿のシーンでは会場は大歓声だったぞ」

「一体何の話?」

「芝居だよ芝居。ロワールの街でも大盛況だそうだな。クオーネの街でも先週から小屋が立って毎日大入りで札止めだぜ。券を取るのに二日もかかっちまった」


 どうもロワール大聖堂での公開審問の内容を基にロワールで吟遊詩人や興行主が面白おかしく脚色を加えて芝居小屋を建てて公演しているらしい。

 それがたった半月でクオーネにまで広がってきたという事だ。

 事件の概要はもうすでに読売人が号外を売り歩いて知られていたそうだが、クオーネでは教導派聖教会への配慮など必要ないので司祭や枢機卿をこれでもかと言うぐらいこき下ろしているそうだ。


 リール州! の筆頭貴族シェブリ家がアヴァロン州を乗っ取る為にライオル家を使ってアヴァロン州内に麻疹を広めようとした。

 それを阻止しようとカマンベール男爵家が検疫や治療をはじめその応援に駆け付けた聖女ジャンヌをシェブリ家が拉致して異端審問にかけようとした。

 義憤に燃えたカマンベール男爵家とそれに協力するライトスミス商会!

 ルーシー母娘とセイラ・ライトスミスは聖堂騎士団長を伴い、シェブリ家に談判に赴き返り討ちに会い、ルーシーとセイラ・ライトスミスはしまう。

 しかし神への祈りによって聖属性に目覚めた令嬢セイラによって復活するも、その力を我が物としようとした邪悪な枢機卿と大司祭によって拉致されかける。そこに颯爽と登場するフィリップ卿。

 極悪枢機卿の手下を倒して三人を助け出すと、今まで秘していた父であったことを明かして涙の母娘との再開となる。


 何だこの頭の痛くなるような話は。

「あら、『二人のセイラ』のお話かしら。大変よねえ、セイラ・ライトスミスさんは顔に大きな傷が出来て表に出られなくなったそうではないの。みんながセイラお嬢様って呼ぶから私はずっとあなたがセイラ・ライトスミスだと勘違いしていたかしら。同じ名前なので紛らわしいかしら」

 いつの間にかやってきたヨアンナがオスカルを抱きかかえながら、大きな声で話に割り込んできた。

 そして私に目配せしながら肩をすくめる。

「私は素行不良の叔父上を持ち上げているあの舞台より、悪徳大司祭をやり込める『光と闇の聖女』の方が好きかしら」

「いったい幾つ舞台劇が有るの!」

「クオーネでは『セイラと黒い司祭』を入れて舞台が三つ、後は吟遊詩人がセイラカフェとサロン・ド・ヨアンナで日替わりで五人が謳いに来るかしら。でも本家のロワールでは舞台だけで六本興行しているかしら」

「ああ噂が独り歩きしている…」

「まあこれでセイラ・ライトスミスと貴女が別人だとみんな思うかしら」


 ロワールでもクオーネでも舞台は大盛況だそうだらが、そのお陰で世間の認識では私とセイラ・ライトスミスは別人と思われているようだ。

 芝居や誤情報のお陰でセイラ・ライトスミスは顔に傷を作り表に出られない状況に陥ったとされている。

 ヨアンナは私の出自の隠蔽に協力してくれるようだ。

「だからフォアちゃんを私の部屋付きメイドに寄越しなさい。分かったかしら」

 …ごめん、フォア。セイラ・ライトスミスの秘密を守る為、あなたをヨアンナに売り渡します。


 翌日からは父ちゃんやお母様を交えて、ライトスミス商会の側近も入った今後の打ち合わせが進められた。

 南部はライトスミス家とミカエラさんが、ハウザー王国はコルデー夫妻が、西部はリオニーとナデタ・ナデテ姉妹が、北西部はクオーネを拠点にエマ姉が北部進出を目指す体制が組まれ、総指揮をグリンダが採る事に成った。


 そんな活動に追われて、あっという間に王立学校の入学式が迫ってきた。

 私は部屋付きメイドとしてウルヴァを連れて王都に向かう馬車に乗る。

 結局フユミ・カンボゾーラは現れなかった。

 この先悪役令嬢たちに加えて、あの最悪な攻略対象五人組を相手にしなければいけないのか。

 覚醒から八年、これまで積み上げてきた計画が全て瓦解したような虚脱感にさいなまれたまま私は馬車に揺られていた。


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前半がやっと終了です。

第4話からの伏線を回収するのに190話以上使ってしまいました。

まさか、こんなに長くなると思いませんでした。

次話からは『ラスプリ』のゲームの本編になります。

これまでと同じペースで書けるところまで書いてみます。

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