閑話22 ウィキンズと王都(9)

 ◇◇◇◇

「ウィキンズ様、聞いて下さいまし! 今度私が主催でお茶会を開く事になりましたの」

 クロエ様が嬉しそうに俺に告げてきた。

「ライトスミス家のご一家が揃ってカマンベール領にいらしたそうなのですよ。それで領地の産物をたくさん買っていただけたそうで、その上美味しいお菓子も色々と教えていただけたとか」


 しかしそれだけでお茶会を開けるわけでも無いだろう。

 食事やお茶は持ち込めても給仕をするメイドが居なければおお茶会など出来ない。

 もう少し話を聞いてみる事にして、中隊長に相談して何か手立てを講じる必要があるかもしれない。

 最悪はグリンダに協力を要請すれば、レイラ奥様のご実家の事だから上手く対応してくれるだろう。

 そんな算段を考えながらクロエ様の話を聞く。


「お母様やルーシーお叔母様のお便りによると、とてもお可愛らしい素敵な方の様ですね。それにお母上のレイラ様に引けを取らない才女だと書いてありましたわ」

 まあお嬢はネコを被るのが美味いからなあ。

 まあ奥様譲りの機転とソロバン勘定も旦那様譲りの腕っぷしと厚かましさも兼ね備えているんだよな。

「それにとてもお優しい方の様ですね。領地の村人に色々と珍しいお菓子を振舞ってくれた上に特産品を使った新しい商売の仕方も指導してくれているとか」

 勿論その裏にはそれ以上のリターンを期待しているって事だよな。お嬢の言うウィンウィンの関係ってやつだ。

 まああの家族特有の優しさと温かさも併せ持っているのは美点だけれど。


「それでクロエ様。そのお茶会は自分にお手伝いできることは御座いませんか? 少しくらいなら自分も料理や給仕も出来ますが」

 クロエは目を真ん丸にして驚いた表情を浮かべた。

「いやですわ私ったら。そうですわ、お茶会のお話でしたのにすっかり脱線してしまいました。ウィキンズ様はお客様としてご招待いたしたのです。お手伝いなど近衛の騎士様にさせられませんわ」

「そう仰ると言う事はメイドやお茶会の準備の目途はついておられるようですね」

「ええ、カミユ様から茶器やカトラリーを貸していただけるって仰っていただきました。その上メイドもお貸しして下さると仰ってくれました。ライトスミス商会から珍しい茶葉やコーヒーも入手致しましたのよ。それに…ウフフフ、お父様が私にメイドを一人つけて下さると仰っていただけましたの」


 貴族寮でメイドや従僕フットマンも付けず一人で暮らしている者は殆んど居ない。

 貴族寮は自室に一人使用人が同居を許されている。更に必要なら使用人宿舎に何人でも住まわせる事が可能だ。

 特に女性の場合はそれが顕著だ。平民寮でも裕福な家庭の者は使用人がついている。

 それでクロエ様は肩身の狭い思いをしていたようだったので、殊更メイドがつくことが嬉しいようだ。

「最近ではカマンベール領の聖教会教室からクオーネのセイラカフェに修行に行った娘達が領主館のメイドになる為に帰ってきているとか。今度私付きのメイドになる娘もセイラカフェで修行したとか。こちらに着いたなら一番にウィキンズ様にご紹介いたしますわ」


 ◆◇◇◇

 数日後、近衛騎士団の訓練を見に来ていたクロエ様を寮まで送るように中隊長に命じられた。

 帰り道クロエ様の話では二週間後にお茶会を開く予定だそうだ。

 カマンベール領から食材やら茶葉やら色々と届いたそうで、全部中隊長の部屋に運び込まれているそうだ。

 中隊長は近衛騎士団の中隊宿舎暮らしをしている。

 平騎士では無いから一人部屋ではあるがそれほどデカイ部屋ではないはずだ。

 チーズや生ハムや茶葉やコーヒー…そんな荷物が詰め込まれた部屋を想像すると臭いだけで胸が悪くなりそうだ。

 妹のためとはいえルカ中隊長お気の毒に。


 貴族寮の前までクロエ様を送り届けると用事が有るので表で少し待って欲しいと言われた。

 ぼんやりと寮の玄関で待っているとクロエ様が玄関から少女を伴って出てきた。

「ウィキンズ様ご紹介いたしますわ。新しく私のメイドになりましたチェルシーです」

「はっ…はじめまして。チェ…チェルシーと申します。この度クロエお嬢様付きのメイドになりました。よろしくお願い致します」

 十三~四才だろうか俺たちよりは少し若い少女が少しはにかみながら挨拶してきた。


「チェルシーは領主館の村の娘で、私が小さい頃からよく一緒にお仕事をしたり遊んだりしていましたの。私が予科に入った後、聖教会教室で勉強をしてセイラカフェで修行してこうして私の所に来てくれたんですよ」

 そう言うとクロエ様はチェルシーの頭を抱きかかえた。

「はいクロエ様。一生懸命お仕えいたします。セイラカフェではシッカリと修行をしてまいりました。よそのメイドに侮られるような事は致しません」

「そんなに気負わなくても、、昔の貴女で十分よ。私こそよろしくね」

 貴族子女の中にはメイドなど物同然の扱いを平気でする者もいる中、仲良さげなクロエ様とチェルシーを見ていると気持ちが和む。


 ただ俺はその二人よりもその後ろにいつの間にか現れた丸い小さな耳に目が釘付けになっていた。

「あら? どうなされましたのウィキンズ様?」

「いや…あの…あれは…」

「あらイヤだ。すっかり忘れてしまっておりました。こちらはチェルシーの指導の為にしばらく私に付いて下さるセイラカフェのメイドさんですわ」

 クロエ様の後ろから音も無くスッと前に出てきた若い獣人属のメイドは優雅にカーテシーをすると自己紹介を始めた。


「此れは近衛騎士団の騎士ウィキンズ様とお見受け致します。私は女主人の家令様よりご指示を賜り暫くクロエ・カマンベールご令嬢に侍る事と相成りましたメイドのナデタと申します。以後お見知り置きの程宜しくお願い申し上げ給います」

 一体どう言う事だ?

 ナデタはセイラカフェの店長格じゃあないか。

 ライトスミス商会の上級幹部クラスで武闘派バリバリのメイドだぞ。

 明らかに学生寮に付くには不釣り合い過ぎるメイドではないか。


「如何なさいました? ウィキンズ様?」

 余りに呆けた顔をしていたのだろう。クロエ様が不思議そうに俺の顔を覗き込んで問い掛けてきた。

「いえ、急にお二人もメイドがお付きになったと言われて少し驚いただけです」

「まあ、でもナデタさんはチェルシーが慣れる迄のしばらくの間だけですわ。それもセイラカフェのご厚意で派遣していただけたのですからセイラ様には感謝の言葉も御座いません」

 俺はそんな話はうわの空でナデタに目で合図を送っていた。

「クロエ様、そろそろ陽も陰って参りましたし、ご入室をお願い申し上げます。長らくの立ち話は要らぬ噂を呼びましょう。チェルシーも主のご面目を潰さぬ様よく心得なさいまし」

 ナデタはチラリと俺を見ると軽く目線を合わせた後クロエ様に入室を促す。

 ナデタは軽く会釈をして、クロエ様とチェルシーは何度も俺に会釈を返しながら寮に帰って行った。

 ナデタの傲岸不遜さはクロエ様とどちらが主人か分からない。

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