第92話 顕彰行進隊
【1】
私の怒りは限界に達していた。
あろうことか奴らは聖女ジョアンナの名を使って獣人属の差別を企んだのだ。
清貧派の主張を理解する人も多い王都や教導派領地でも、清貧派や獣人属も暮らす西部や東南部はまだしも、獣人属排斥が顕著であったハッスル神聖国に隣接する北東部から北部中央にかかる一帯は、奴らの主張を受け入れて獣人属排斥に拍車がかかり始めている。
それだけではない。ルクレッアの助けた農奴が獣人属であったことは伏せられ、真実はゆがめられている。迫害している福音派が獣人属であることを強調することで、あたかも農奴の兄妹が人属であるようなミスリードを誘導している。
私は一年半前の彼女たちの留学以来、定期的に連絡を取り合っている。
ルクレッアがどんな心情であの子供たちを助けたのか、どれほど苦悩してあの二人を守り続けているのか理解しているつもりだ。
それをこんな汚い扇動のために使うだなんて。
あの子たちの純粋な思いを踏みにじりやがって。
ジョバンニが王都大聖堂ではなくアジアーゴでやりやがったのも、私の邪魔を排除するためだろう。
あのサイコパス野郎があそこまで頭が回るとは思わなかった。
今回の声明で北部の膠着状態はこれで解ける。
その後どうなるかは予想もつかないが、北部各州は獣人属擁護派のゴルゴンゾーラ公爵家と北西部諸州や積極的に獣人属を受け入れている南部諸州に対する憎悪が高まるだろう。
獣人属は口実で、北部より格段に潤っている領地への羨望と嫉妬が獣人属という口実を得て吐き出されることは目に見えている。
もてる者から奪おうとするのは人の性だ。
農民や一般民衆が善良な弱者であるなんていう幻想は私は抱いていない。
全員が等しく貧しくなるなんてことは誰も考えない。
踏みにじられる人に同情を覚えながらも、自分の生活を守るためなら、自分の利益になるなら進んで目をつむる者は多いのだ。
少なくとも教皇派やその諸領とは深い分断が発生していくだろう。
他の諸州はともかく、オーブラック州は明日にでも騒乱の海に放り込まれてもおかしくはない。
もともとルーシャン砦の海軍軍属や作業員に大量の獣人属がおり、その獣人属との交流は領主権限で制限されている。
オーブラック州の住人は裕福な獣人属に対して今言った嫉妬と羨望に苛まれている。爆発した時、それが領主に向かうのか海軍砦に向かうのか?
【2】
アルハズ州では三竦みの硬直状態が続いていた。
アントワネットの喜捨を受けた農村が、それ以外の農村から弾圧を受けて農民抗争が過激化していた領地である。
そこに聖女ジョアンナの顕彰
そもそもこの領地でも始まりは農村開放要求書の発布だった。
そこに市民開放要求を掲げた顕彰
両者とも食料を持つ顕彰
できれば顕彰
顕彰
「おい!大変なことが起きた。慶事だ!俺たちに追い風が吹いた」
「落ち着け、何が起こったか落ち着いて話せ」
「これが落ち着いていられるか!ペスカトーレ大司祭がアジアーゴの大聖堂で声明を発したんだ。聖女ジョアンナ様の顕彰は正当性があると」
「事実か!」
「あの…ペスカトーレ大司祭か!」
「そもそもあの方はジョアンナ様に好意的だったからな」
「落ち着け!顕彰に正統性があると本当に言ったのか?詳しい話はどうなんだ」
「ああ、州都騎士団の…「シッ!バカ野郎」」
「済まねえ。簡単だが書付を貰った。メモだがペスカトーレ大司祭は聖女ジョアンナの意志を引き継ぐと仰っている」
「間違いないようだな。これでジョバンニ様は我らの背を押して下さるということだな」
「ならここは動くべきではないかな。このまま村同士の争いにかまけてここに留まる必要などないのではないか」
「そうだ。州都マンステールに向かい俺たちの声明を聞かせるんだ」
「ああ、もう一度は捨てた命だ。こんな所でグダグダと足踏みを続けるのはもうごめんだ。俺たちの目的は村同士の争いに関わる時間なんてないんだ」
「明日の朝にはここを発って州都に向かう」
顕彰
それに慌てたのは周辺の村々だった。
あわよくば自陣営に加わってもらえることを企んでいた村々は急な出来事に慌てた。
「顕彰
「なぜだ?なぜ今になって?」
「今聞いてきた話ではアジアーゴの大聖堂でペスカトーレ大司祭様が声明を発したらしい」
「それと顕彰
「なんでもジョアンナ様の顕彰に正統性とか言うものがあるというこった」 「正統性?それは何の意味なんだい?」
「ジョアンナ様が正しいことを成されたと仰ったそうだ」
「それでなんでまたあいつらが出発するんだ?」
「なんでも州都の大司祭様や領主様にそのことを訴えるという事らしい」
「でもそんなことをすれば首が飛ぶぞ」
「そもそも顕彰
「なあアジアーゴと言えばアントワネット様の居らっしゃる所じゃないのかい?」
「それにペスカトーレ大司祭様ってアントワネット様の旦那様じゃあなかったかしら」
「…それならばアントワネット様のことを王都の大司祭様が認められたという事じゃねえか」
「なあみんな。俺たちも付いて行かねえか?村の働き手は徴用で州都に連れ去られてる。周りの村との諍いで死んだり教導騎士団に連れて行かれた者も多い。このまま村に残っても人手が足りねえ。税も払えねえ。なら刈り取ったライ麦を持ってあいつらと州都に向かう方が良いんじゃねえか」
「でも下手を打つと首が飛ぶぞ」
「それはあいつらが肩代わりして死んでくれる。失敗すれば危ういが、うまく行けば奴らの首だけで食い物も保証されるし、うまくすれば税も払わなくて済む。徴税の時に村に人がいないんだからな」
アントワネットを支持する村はもう先行きが見えないが、土地を捨てて逃げるのは違法である。
しかし顕彰
周辺の村々が気付いた時にはアントワネット支持派の村は青田刈りをされたライ麦畑と無人の廃屋だけになっていた。
そして州内各地で州都に向かう群衆は異常に膨らんで移動が始まった。
これに対して州兵や州都騎士団の動きは遅く、教導騎士団は手が回らずに脱走農民たちを特定することも難しかった。
こうして新たな火種が動き始めたのだった。
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