第127話 卒業舞踏会(2)

【3】

 そんな中、突然会場が騒がしくなった三階の階段から高位貴族がおり始めたのだ。

 今年の二年生の高位貴族は話題の豊富な者が多い。

 ジョン王子の婚約者で公爵令嬢のヨアンナ・ゴルゴンゾーラ、そして南部の筆頭貴族で宰相家との婚約が決まっているファナ・ロックフォール。


 この二人は入学前から鳴り物入りで注目の的だったが、昨年突如爵位を継いで女伯爵カウンテスとなったカロリーヌ・ポワトーはその実力と手腕が喧伝されて良きにつけても悪しきにつけても貴族社会の話題をさらっている人物である。

 さらに先程のジョン王子の発言も有って留学生であるエヴェレット王女殿下にいやが上にも関心が高まっている。


 三階の階段から二階の踊り場に降りてくる人影にそれこそエントランスに居る女性たち全員の視線が釘付けになっている。

 やはり女性陣の関心は高いのだ。


「「「「おおー!」」」」

 エントランス中に歓声というよりも驚愕と羨望の入り混じった女性たちの声が響き渡る。

 二階の踊り場に五人の人影が並んだのである。…五人?


 先頭に立つのは男…?

 いや違う。あれはエヴェレット王女殿下だ。

 上着はハウザー王国騎士団の正装だが、腰から下はスカート…いや正装の騎士団服に合わせてデザインされたキュロットだ。

 その素材はコットンだが裏地が絹だ。そして例の黄色いサッシュと騎士服に合わせたベストだ。

 ベストは絹地を騎士団の礼装服に合わせて同色に染め上げたものだ。


 そして何よりも右手にカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテス、そして左手にはメアリー・エポワス伯爵令嬢の手を引いてまるで二人をエスコートするかの様な姿で大階段をゆっくりと降りてくる。


 みんなはその凛々しい姿に釘付けになっている様なのだが、私はその姿勢に驚愕している。

 彼女は両手に二人の女性をエスコートしながらその足元に目を向ける事無く前方を見据えたままにこやかに階段を降りてくるのだ。


 …カロリーヌは時々足元を確認している様だが、メアリー・エポワスも殆んど足元を見る事無く満面の笑みを浮かべて愛想を振り撒いて。

 いや違うな、あれは周りを睥睨してマウントを取りに行っている眼だ。

 同じ足元を見ずに降りて来ているのにメアリー・エポワスはなぜこんなに腹立たしくイラつくのだろう。


「いったい騎士服とは…。王女殿下ですよね、エヴェレット様は」

「ほら、足元はスカートでは御座いませんか。やはり王女殿下で間違い御座いませんでしょう」

「何でもハウザー王国は女性騎士がいるとか。エヴェレット王女殿下も王国騎士としての身分をお持ちだとか」

「まあ、女性が騎士などと野蛮な。本当に蛮族の国…」

「お口が過ぎましてよ。王家が招聘された王族の留学生で御座いますよ。誰かに聞かれては…。でも絹は手に入らなかったようですわね」


「よく御覧なさい。今降りて来ている五人の高位貴族様方のベストはどうも絹のようで御座いますわよ」

「でも先ほどのシェブリ伯爵令嬢様のドレスと比べると…」

「いえそうでは無くて、あの絹生地は無地の白い布を染めた物ではと…」

「まあ、御覧なさいまし、あのスカートの裏地! あの艶は絹では御座いませんか?」

「まっまさか、その様な事に絹を使うなど」


「あら、皆様御存じないのですか? 絹生地は肌触りも良くて下着や裏地にももってこいなのですわ。ハウザー王国のサンペドロ州でも上級貴族の方々に評判だとかとか。少しですがシュナイダー商店も取り扱う事が出来ますのでご用命のご相談を伺っておりますわ」

「それはあちらでは普段使いで絹をという事なのでしょうか」

「そうだとか、とか。やはり量が入ってくれば変わって行くのでしょうね。シュナイダー商店では絹の染直しも承っておりますのよ」


 …この人はどんな場面でも決してブレないわね。


【2】

 舞踏会場に入ると舞踏会が盛大に始まった。

 まずは一曲目、卒業生の令嬢たちが一斉に中央で踊り始める。

 ヨアンナとファナも一応の婚約者がいるのでジョン王子やイアン・フラミンゴと踊っている。

 カロリーヌはダンスを申し込む男達を断るのに苦労している様だ。

 そしてジャンヌは私とエマ姉を自分の前に並べて盾にして隠れている。


「私は社交ダンスなんて出来ませんし、平民が貴族と踊っては余計に目を付けられてしまいます」

 それを聞いたオズマはミラやケイやキャロルといった平民寮の女子を動員してジャンヌの前に防波堤を作り始めている。


 そうこうするうちに一曲目が終わり聖導女による卒業生への祝福が始まる。

 上級貴族寮付きの聖導女が祝福を行った後から、カタリナ修道女が清貧派の祝福を行う。

 昨年のテレーズの祝福を見た平民寮の卒業生からの要望が多く今年はエヴェレット王女付きの治癒修道女であるカタリナが行う事となった。


 カタリナ修道女の治癒士としての実力は上級貴族寮付きの治癒修道女など足元にも及ばぬ実力である。

 上級貴族寮だけでなく下級貴族寮や平民寮そして何より怪我人の多い騎士団寮から頻繁にお呼びがかかり校内専属医師のような立場になりつつある。


 カタリナが王立学校に在籍するのは後一年。

 留学生在留期間後も続けての在籍の要請が騎士団寮を中心に起こり始めており、王立学校としても卒業式の祝福要請を蹴ってカタリナのへそを曲げさせたく無かったという事も有り少なくともカタリナ在籍中はこの祝福は続くだろう。


 まあそれ以降もグレンフォードかフィリポの治癒院から治癒術士が送られて来る事になるだろうからこの行事も恒例化するのだろう。


 そして祝福の行事が終わり二曲目が始まろうとした時に、エントランスの方からドアマンの大きな声が上がった。

「王太后殿下のおなりで御座います!」


 舞踏会場が静まり返った。

 会場のドアが開いて車いすに乗った肥えた老女が着飾った陪臣に押されて部屋に入って来る。

 八年前に急死した先代国王の王妃であった王太后である。

 王太后殿下は今のペスカトーレ現教皇猊下の妹で、寵妃であるモン・ドール夫人の母方の伯母に当たる女性である。かつてかなり苛烈な性格であったと聞く。


 息子である国王陛下に姪のマリエッタ夫人を捻じ込んだのも、先代王に三人居た寵妃を全員実家ごと葬り去ったのも王太后だと聞く。

 現国王を即位させる為先代王を毒殺したとの噂もあるとフィリップ義父上から聞いている。


 四年ほど前から歩けなくなり車椅子生活だと聞いていたが実際その様だ。

 それが原因なのかは知らないが現役からは引退し、現在は薔薇の離宮と呼ばれる館に引きこもっているという。

 何でも好きな薔薇を愛でるために建てさせた離宮だとかで本当に立派な薔薇庭園が有るそうだ。

 しかしその上この一~二年は視力も衰えあまりものが見えなくなり、その薔薇さえも愛でることが出来ないと言う。あの体型と症状を聞く限り典型的な糖尿病の症状のようだ。

 そんな人が一体なぜ王立学校の卒業舞踏会などにやって来たのだろう。

 車椅子に座って辺りを見回すその瞳は濁っていて、薄暗い夜の舞踏会場の中があまり見えている様子は無い。


 ジョン王子殿下がゆっくりと車椅子に近づくと膝を折り右手を取ると手の甲に口づけをして頭を下げた。

「其方は…ジョン・ラップランドであるのか?」

 感情のこもらない冷たい言葉がその口から流れる。

「左様でございます。お婆様にはご健勝のようでお慶び申し上げます。本日は卒業生の為わざわざご足労いただいて有り難う御座います」


「昨年は陛下がご臨席致されたそうだが、此度は王族がおらぬのでな。こうして急遽罷り越した。ジョンよ、其方もこれまで王家が歩んできた道を違えぬ様にな。何と申しても国王陛下の次子であるのだから、分を弁えて陛下の為に尽くすように」

 どうも教皇派の貴族がジョン王子を牽制するために引っ張り出したようだ。

 王太后にとっては実家の直系であるリチャード王子をどうしても王太子に据えたいのだろう。


 何より姪のマリエッタ夫人が王妃になれなかったのはハスラー聖公国からの横槍でマリエル殿下が王妃として捻じ込まれたためだ。

 その上王妃殿下は着実にラスカル王国内での足場を固めている。

 王宮での政治情勢もキナ臭くなっているがそれが王立学校内に飛び火している…いや火元はここかもしれない。

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