閑話17 福音派神学校(1)
☆彡
「なんですの! あの忌々しい指導教官は。テレーズ先生に自分の腰痛の治療をさせていながら、私たちにはあの施術理論は異端だなどと! いつもいつも言っている事とやっている事が矛盾しているのですわ」
オーバーホルト公爵令嬢が腹立たしげに捲し立てた。
オーバーホルト公爵令嬢はテレーズより教えられた新しい治癒施術を習得出来た事が嬉しくて、神学校の治癒理論の講義の最中に講師に反論し咎められたのだ。
「仕方ありませんわ。あの方は四子爵家の御出身の方ですし、御実家は大司祭様ですから。判っていてもそれを認めるわけには行かないのですよ」
テンプルトン子爵令嬢はヤレヤレといった顔で首を振った。
「それにテレーズ修道女様は清貧派の修道女様で、神学校の先生では御座いませんわ。私たちの間ではともかく、学内では何かと咎め立てする方がいらっしゃいますから」
「そんなこと構わないわ。私は清貧派になって北部の聖教会に行くつもりですもの」
「それは私もそのつもりですけれど、神学校内ではテレーズ先生にご迷惑がかかりますわ」
「あら、あなた良いのですか? あなた、四子爵家の筆頭でお父様は枢機卿様でしょう」
「私には兄が三人弟が四人もおりますし、なまじ福音派の司祭などになれば実家の兄たちと対立しますから。それよりもオーバーホルト公爵家の長女が清貧派になると問題が起こらないのですか」
「それはあなたと同じ。男兄弟が多いと長女は邪魔者ですもの。清貧派転向となれば継承権を切りやすいでしょう」
「そうですわよね。私、実家に居た頃よりも神学校に居る今の方が良い暮らしをしているのですよ。毎日毎日、聖教会のお仕事でこき使われて食事も福音派の教会食ですから一日二回だけ。甘いお菓子なんてほとんど食べる事も無かったし、お茶会なんて以ての外でしたもの。腹立たしいのは父上や兄上たち高位聖職者だけが、夜中までお酒を飲んでご馳走を食べていたことですわね」
「あらまあ、それはさすがに…。聖職者の一族は大変なのですね。でもうちの公爵家でも食事は豪華ですけれど、エレノア王女様のメイドが作る料理の方が美味しいし、何より街に出る自由が御座いますもの。できれば神学校に居るうちに、もっと清貧派修道女としての経験を積みたいものですわ」
「ねえ、それならば街の聖教会で治癒施術の奉仕活動をするというのは如何でしょう? これなら神学校の教官や講師の方々も許可して頂けそうですし、テレーズ先生に御願いして実践的な治癒施術のご指導いただけるかも…」
「ならば公爵家で炊き出しのご喜捨も戴いて、エレノア王女様たちに炊き出しのお手伝いを頂けたならば…」
「オーバーホルト公爵令嬢様! 本音はシャルロットたちに炊き出しのお食事を作って頂いてご相伴に預かりたいのでしょう。公爵令嬢様にしては浅ましいのでは? でも、それは私も大賛成ですわ」
☆☆彡
神学校の生徒たちが話を持って来たのは年が明けて二カ月ほど経った頃だった。
北国のラスカル王都は未だ雪が残っている頃だろうに、ハウザーの王都はもう花が咲き始めている。
年明けから有志を募って週に一回治癒魔法の講義を始めたが、思っていた以上に生徒が集まって来ていた。
今では一年のほぼ全員が参加している。
もちろん向学意欲だけでなく、終了後に出るクッキーやスコーンというおやつに釣られてだが。
それでも講義に前向きな娘は多く、治癒魔法の有用性にいち早く気付いて治癒術師として身を立てようと考える者もちらほら見受けられる。
その筆頭が学生を二分する派閥のリーダーであるオーバーホルト公爵令嬢と枢機卿家のテンプルトン子爵令嬢なのだ。
どうも二人とも実家で邪魔者扱いされるその立場に嫌気がさしていた様で、熱心に治癒施術を学び、最近魔力の流れを掴むことが出来るようになった。
その二人が聖教会での慈善活動を提案してきたのだ。
魔力を流す程度の簡単な治癒でも疲れが取れたり痛みを和らげることはできる。
その上生徒たちには実践での経験が出来て一石二鳥だと言うのだ。
テンプルトン子爵令嬢は下町に近い聖教会の礼拝堂に目星をつけて話を通しており、オーバーホルト公爵令嬢は安息日の慈善活動の許可を新学校からすでにとっていた。
エレノア王女殿下たちもとても乗り気で、もう決まったかのようにオーバーホルト公爵令嬢やテンプルトン子爵令嬢と話し始めている。
テレーズも一考に値すると考えた。
なにより少女たちのやる気を削ぐのは忍びない。
年明け直ぐにグレンフォードやフィリポの治癒院に送った手紙で事の次第を伝え、初級の各属性での治癒技術のテキストは送って貰っている。
属性が違ってもそのテキストにある内容くらいなら指導できる。
それならばやってみるべきだろう。
何より神学校外なら黒板もチョークも使えるだろう。神学校内では黒板を使う事すら福音派が許さないのだ。
紙は古代のパピルスを例に挙げてどうにか許されているが、ゴッダードから送って貰った鉛筆も認められなかった。
それでも王都に出ると黒板を使っているところはちらほらと見受けられるのだから、下町の礼拝堂なら設置も可能だろう。
二人の令嬢の提案に乗って承諾すると、オーバーホルト公爵令嬢がおずおずと口を開いた。
「あの、私の実家から喜捨がもらえるのでそれで施術後に何か振舞えないかと…。皆さんとご一緒に…えーと。私たちのメイドもお手伝いをさせますから…ぜひ」
何となく彼女たちが求めている事が解った。
要はシャルロットたちが作る料理のレシピを自分たちのメイドにも教えてもらいたいのだ。材料費持ちで指導して欲しいという事だろう。
バツが悪そうに俯き加減で話すその姿が可愛らしくて吹き出してしまいそうになるのを堪えてシャルロットに尋ねる。
「そうですね。ご喜捨いただけるのであれば、メイドさん達に手伝って貰って聖餅として信者の皆様と分け合える物は作れませんか?」
シャルロットも意図を察したようで微笑んで応える。
「ライトスミス商会を通してメリージャから材料を取り寄せられるでしょうし、ハウザー王都の支店にも在庫が有るかもしれません。連絡してスコーンかホットケーキを焼きましょう。メイドの皆さんに手伝っていただけるなら、礼拝に来られた信者の方の分も作れるでしょうね」
その答えを聞いて二人の令嬢の顔がパッと明るくなった。
「私、他の生徒たちにもお話してメイドの応援を呼び掛けてまいりますわ」
オーバーホルト公爵令嬢が早速駆けだして行った。
「私も聖教会に連絡をして厨房が使えるようにお願いしてまいります」
テンプルトン子爵令嬢も走り去って行く。
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