閑話18 福音派神学校(2)

☆☆☆彡

 生徒にメイド達を加えると百人を超える人数がぞろぞろと下町に向かって行進している。

 神学校の制服を着て整然と歩く少女たちに、辺りの市民は静かに目礼して道を譲る。

 女子神学生は聖教会の所属であり、貴族の少女しか入れない学校である為バカな事をする者は王都内には居ない。


 下町と商人街の境に位置する福音派女子修道会の聖教会はかなり大きな建物だった。

 女子修道会なので当然司祭も他の聖職者もすべて女性である。

 司祭は人属の女性であるが、副司祭以下の大半が獣人属の聖職者である。

 商業区が近く下町にも近い事から清貧派の色合いの濃い聖教会だと、テンプルトン子爵令嬢は言っていた。


 そもそもハウザー王国には明確に福音派と清貧派を分ける様な習慣がない。

 教導派と清貧派の様な明確な教義の対立が無い為、その境があやふやなのだ。

 獣人属を認めるか否かという明確な対立がある教導派と違い、経典の原本に何処まで忠実なのかという解釈の違いでどうとでも取れる曖昧なところが、教徒を峻別していない要因でもある。


 その為かここの聖教会はテレーズたちに寛容だった。

 北部の聖教会で子供たちが作っていると聞くと、大きな黒板も礼拝堂の端に取り付けてくれた。

 そのお礼にと最近肩が上がらなくなったと嘆いていた司祭に簡単な治癒処置を施してとても喜んでもらえた。


 皆と朝の礼拝を済ませた後。司祭は信徒を前にした講話でこの礼拝所を訪れている神学生たちを紹介し、自分に施された治癒治療の事を話して聞かせた。

 そして、”疲れや体の痛みが有るなら神学生たちの祈りでいくらかでも和らぐことが有るかもしれない。彼女たちの祈りを受けて見て欲しい”と締めくくった。


 信徒たちにとっては敬虔な神学生の少女たちの微笑ましい祈りの修行の一環ととらえているのだろう。

 さほど期待はしていないのだろうが集まった三分の一ていどの者が手を上げた。


 テレーズも一度に生徒全員の指導をする事は出来ない。

 礼拝を終えて他の信徒が帰った後で、五人ずつ順番に並んでもらった。

 各々から患部とその状態の説明を聞き、一人ずつ生徒が付いた。


「少し腕を捻ったようでな。重いものを持つと筋が痛いんだ」

「最近疲れ気味で体がだるいんだよ」

「あたしゃもう年だからね。節々が痛いが、特に膝が痛くてね」

「俺は寝ちげえちまった様で首筋が…」

「そんなものほっときゃあ治るじゃねえか! 神学生様の手を煩わすんじゃねえ! 俺も腕の痛みなんだが見て貰えるか?」

「もちろんですよ。痛ければどんな症状でも構いません。寝違えた痛みも辛いものですから」


 症例を聞いた子供たちが患部に触れる。

 子供たちにとっては初の実戦治療である。

「皆さん、魔力の流れを感じて見て下さい。今はまだ全身は無理でしょうが、幹部なら痛みの元になっている部分の魔力の滞りが解るでしょう。神学校でお友達と練習した時の正常な流れと違うところが有りませんか?」

「先生! 判ります! 何かここが淀んだようになって…」

「まあ、私もわかりましたわ。お婆様膝の骨の間が薄くなっていらっしゃいますわ」


「私は…全体に流れは正常の様なのですが。何か違和感が…」

「テンプルトン様、その方は全身疲労のようですね。難しいですがあなたならその違いが判るでしょう」

「ああ! 判りました! 流れが少し遅いのですわ」


「それでは皆さん。魔力が淀んだところは痛みの原因です。ほぐす様に魔力を流してみて下さい。初めてですから少しほぐすだけで構いません。流し過ぎて悪化する事も有りますから無理せず少しでもほぐれれば痛みも緩和されます」

「「「「はい、先生」」」」


「テレーズ先生、私はどういたしましょう?」

「テンプルトン様は少し高度な方法に挑戦してみましょう。全身の流れを少しだけはやめるように。押し出すようにゆっくりと魔力を流してみましょう」

「少し早くなりましたわ! これで宜しいのでしょうか?」

「ええ、無理に流し過ぎると体が治ろうとする力を弱める事にもなります。私たちは少し体の治る力に手助けをしてあげるのです」


「あたしも膝の痛みはだいぶ楽になった気がするよ」

「俺も疲れが引いて、その代わり眠くなっちまったなあ」

「帰ってぐっすり眠られるときっとすっきりと起きられるようになっていますよ。空腹と睡眠は体が早く治ろうとしている証ですから」


「俺も腕の痛みは取れたような」

「いや、明らかに痛みが軽くなったのが判るぜ」

「おお、寝違いが完全に治ったぞ! 俺は痛みが完治したぜ! 俺は大当たりだな」

「お間違いなきように。皆同じ治療ですが、症状の軽いか重いかで結果は変わります。重い症状の方でも緩和されていますから無理せずお休みいただければ直ぐに良くなります」


「ハハハ、お前は当たりじゃなくてただの寝違いだから軽かっただけじゃねえか。しかし、神学生様たちはお若いのに大したものだぜ」

「ああ、本当に何年ぶりだろう。膝の痛みが軽くなってあたしゃ嬉しいよ」


 始めの五人の様子に残った信者たちも期待に満ちた表情に変わって行く。

 子供達には少々プレッシャーになるが、テレーズが補佐する事で滞りなく治癒は進んで行った。

 実際に治癒の効果が上がった事で子供たちは自信をつけて、信者たちからの感謝の言葉を聞き感謝される事の喜びを感じた。


 始めに治癒を受けた者たちが口コミで広めたのだろう、見て欲しいと言う者が次々とやってきた。

 司祭が昼までと時間を限定して告知したので収まったが、生徒たちが分担で百人近い信者に治癒を施す事になった。


 寝違いを完治させる程度の施術では重傷者や重病者の治癒は無理だが、それでも二人ほど戸板に乗せて運ばれてきた患者がいた。

 生徒たちが三人がかりで痛みの緩和と魔力の流れの調整を行い、眠らせて帰す事が出来た。

 生徒たちの間には無力さに涙する者もいたが、患者の肉親たちは少しでも苦痛が緩和されている事を涙ながらに感謝して帰って行った。


 重症や重病は聖女ジャンヌやセイラでも速攻で治せるわけではない。

 テレーズでもケインの治療の時のように何日も付ききりで、患者の治癒力を補助して自然治癒力の強化をする事しかできないのだ。

 護衛について来ているケインが自らの体験を踏まえて、その事を生徒たちの前で訥々と話した

 生徒たちはその話を熱心に食い入るようなまなざしで聞いている。

 生徒たちだけではない。メイド達も調理の手を止めて、礼拝堂の聖職者たちも同様に聞き漏らすまいと言うように真剣に聞いていた。

 ただ何故か年嵩の修道女の生暖かい視線が気になるところでは有るのだが…。

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