第75話 ペルラン州 州都騎士団長(1)
【1】
マルヌ州都騎士団長は元々近衛騎士団の第九中隊長であった。
エポワス近衛副騎士団長の下で辣腕を振るった最側近であったが、エポワス伯爵が軍務省に移り輜重部隊長に就任した折に、モン・ドール侯爵領の州都ジュラの州都騎士団長に配属された。
世間的にはエポワス近衛副騎士団長の近衛からの失脚のあおりで州都騎士団に飛ばされたと思われている。
ハウザー王国騎士であったブル・ブラントンの軍事機密漏洩事件の引責でエポワス伯爵は輜重部隊へ、漏洩事件に関わったケルペス・モン・ドール中隊長は小隊長に降格、そのあおりでマルヌ第九中隊長もペルラン州に左遷されたと言う事になっているのだ。
まあ概ね事実ではある。表面的にはと言う但し書きがつくが。
結局輜重部隊全てを握ったエポワス伯爵が近衛も各州都も含めた騎士団すべての財布を握っており、機嫌を損ねるとその騎士団は冷え上がるのだ。
ケルペス・モン・ドールは実家の意向で辛うじて近衛に残留したと言われているが、実質はストロガノフ近衛騎士団長がリチャード王子と共に目の届く場所で飼い殺しにしている状態だ。
ケルペス・モン・ドールは実家の後ろ盾を無くし、直属の上司を無くし、その上司と反目していたストロガノフ近衛騎士団長の下で委縮している。
そしてこのマルヌ州都騎士団長は左遷の原因を作ったモン・ドール侯爵家のお膝元に居座り、監視とその力を削ぐことに余念がない。
軍務卿とエポワス伯爵、そして癪に障るがストロガノフ子爵の構想は全ての騎士団の統合だ。
各州の領主の私兵の色が濃いい州騎士団の統帥権を確立するのが最終目的なのだ。
計画はまだその緒に就いたばかりであるが、モン・ドール侯爵家のジュラの州騎士団とリール州の州都、シェブリ伯爵領のロワールの州騎士団を押さえる事第一段階にしている。
秋になればロワールにはルカ・カマンベール中隊長が派遣される事になるだろう。
【2】
「新しく王都から州騎士団長が派遣されてきた事を知っているか?」
「ああ聞いている。なんでもモン・ドール侯爵家の三男の不手際のせいでその尻拭いのあおりで左遷されたとか聞いているぜ」
「そう言えば新しい州騎士団団長は近衛の中隊長だったそうだな。…近衛の中隊長からここの州騎士団長に成るならモン・ドールの三男は中隊長だからそれが順当なはずだよな」
「ならやはり懲罰人事か?」
「どうもそれは事実らしい。表立って公表できない様な大事件を起こしたらしくて上司の大隊長も左遷されたそうだ。モン・ドール中隊長は降格されて小隊長だそうだ。まさか小隊長を州騎士団長にするわけにはゆかんだろう」
「大隊長や同僚の中隊長がそのトバッチリで左遷か? ならさぞかし恨まれているだろうな」
「だがそれが俺たちとどんな関係があるんだ? 結局王都の貴族たちの話じゃないか。誰が騎士団長になろうが貴族同士の内輪もめだ。農村になにも関係ないじゃないか」
「まあそれはそうだが、味方につける事は可能じゃないかと考えてる」
「おいおい、貴族が俺たち農民上がりの若造に口を聞くなんてあり得ないだろう。ド・ヌール夫人の伝手を頼んでも面会なんて絶対に出来ないぞ」
「いやド・ヌール様を煩わせるつもりは無い」
「じゃあそれこそ無理だな」
「命を張れば無理なものも可能性が出てくる。やり方はあるさ」
「だが命を張るほどの必要がある事なのか?」
「まあ聞いてくれ。今度の州都騎士団長はモン・ドール侯爵家に恨みがあるに違いない」
「そりゃあ、領主の馬鹿な弟のために近衛騎士団を追われたんだからな」
「だから、州庁舎の前で俺たちの声明を読み上げる。市民と州庁舎の中にいる貴族連中に向かってな。もちろん農村の開放要求じゃあ不十分だ。ジュラの街ででも適用可能な要求書に作り直さなきゃあならねえがな」
「どうも意味が分からない。やろうとしている事も目的も理解できるしそれに命を張ることについては納得できるが…、なぜそれが州都騎士団長と繋がるんだ」
「考えてみな。俺が州庁舎の前で声明を読み上げたとして最後まで読み上げることが可能か? 今のままじゃあ読み始めた直後に捕まって、悪くすればその場で首が落ちる」
「だから高札や張り紙なんだろうが」
「それじゃあダメなんだ! そんなもの張って誰が読むんだ。北西部や清貧派領じゃないんだぞ。ここじゃあ騎士でも字が読めないものが多くいるんだ。読み上げなけりゃ意味がねえんだ」
「ははぁ、なんとなく見えてきた。その時間稼ぎを騎士団長に頼もうって言う魂胆だな」
「ああそうだ。だから州庁舎にする。聖教会じゃあ教導騎士団に排除される。でも州庁舎は州都騎士団が警備管轄だ。俺は州都騎士団長に声明文を読み上げるまでの時間を貰えるように嘆願するつもりだ」
「それなら可能かもしれないな。いや、モン・ドール侯爵家の鼻を明かせるならば乗ってくれる可能性は高いかもしれない。しかし、そのあとは首が飛ぶぞ」
「それなら覚悟の上だ。これで首が落ちるならその首に砂金を振りかけられたくらいの価値はある。奴らの心に届かなくてもそれを聞いて何か思うものは絶対にいる」
「多分心あるものは感じるだろうぜ。誰かの心に届けばそれだけでもやる価値はあるかもしれないな」
「もし誰かに届くのならこの首にも値打ちが出る。聖女ジャンヌ様の為ならこの命は惜しくない」
「やろう」
「ああ、やろう」
ジャンヌがそんなことを望むわけもなく、そんなことが起これば悲しみに沈むのは目に見えているのだが、自分たちの思いに酔っている彼らは気づく事すらない。
殉教のヒロイズムに取りつかれた若者たちは無駄に命を散らそうとしているのだ。
そして彼らは新たな草案の推敲に取り掛かった。
そしてさらに自分たちの行為を美化しさらにその行為に酔ってゆくのだった。
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