第84話 出資者会議(4)

【1】

 リコッタ伯爵が入室し、開催を宣言した。

 司会は執事のタイラーが務るようだ。

 ペコリーノ氏は凶悪な笑みを浮かべたマルゲリータに右腕を掴まれてクルクワ男爵家のテーブルに連れ去られていた。

 傍目には仲の良い婚約者カップルに見えるが、私には猛禽に連れ去られた兎にしか見えない。どちらが兎でどちらが猛禽かは推して知るべしである。


 招かれた出資者予定者たちは六人。どれも貴族なのだろうがクルクワ男爵とウルダ子爵以外は知らぬ顔ばかりだ。

 ミゲルの話によるとどれも子爵家か男爵家で近衛騎士団の幹部が二人と宮廷魔術団の関係者が二人と言う事だ。


 近衛騎士団や宮廷魔術団の幹部貴族など宮廷貴族の最たるものである。

 武力か魔力かの違いは有るがどちらも武闘派の貴族であることには間違いない。

 下位の貴族が成りあがるためには武力か魔力を磨いて戦闘力を誇示する事が一番の近道なのだから。


 この顔ぶれを見てもリコッタ伯爵の交友関係や立ち位置が透けて見える。

 本来近衛騎士団と宮廷魔術団は仲が悪い。同族嫌悪とで言おうか、帝国陸軍と帝国海軍並みに犬猿の仲だ。

 それがどちらも来ている。伯爵の態度を見る限り、どちらにも取り入って宮廷貴族の一画に入りたいのだろう。

 州内では身分を振りかざすリコッタ伯爵が、格下の子爵や男爵に媚びを売ってているさまは見苦しいものが有る。


 特に私が気になるのはその中にストロガノフ子爵の名を見つけたからだ。

 近衛騎士団の団長、近衛騎士団のトップで攻略対象のイヴァン・ストロガノフの父親。

 少なくとも息子は粗暴で男尊女卑、権威主義で貴族至上主義の愚か者だった。贔屓目に見てもその父親なのだから人格者とは考えにくい。

 まあクルクワ男爵を近衛から追い出した張本人なのだから碌な人間でない事は解る。


 会議は荒れそうだ。クルクワ男爵家親子は近衛貴族とリコッタ伯爵に敵意むき出しにしている。

 ウルダ子爵は兄弟二人で参加しており、先ほどから財務指標を読む弟君にリオニーが何やら囁いて指で何やら示している。

 目端の利く弟君はリコッタ伯爵の経営方針には納得しないだろう。

 他の四貴族も近衛騎士団派と宮廷魔術団派で牽制し合っている。


 司会を務めるタイラーはもうすでに胃を抑えて青い顔をしている。あっさりとクルクワ男爵家の軍門に下ったペコリーノ氏が正解だろう。

「皆様よくぞ参られた。今日は酒も料理も存分に味わって、我が領の特産をご覧になって帰られよ」

 そんな状況にお構いなくリコッタ伯爵の見当違いの挨拶が終わった。


【2】

 リコッタ伯爵は景気の良い話を饒舌に捲くし立てていた。

「…というわけで、我がリコッタ領での亜麻の作付面積は拡大しておる。国の西北に面するこの地の気候は亜麻の生産に適しておる。わが領での作付け面積百ファロ当たりの収穫量は七年前は他領の1.12倍であった。本年の作付面積は七年前の1.7倍に増加し…」


 そうやって連作を繰り返して土地は疲弊して面積当たりの収穫量は年々減少している。この分では作付面積は増えても収穫量は七年前と同等か減少するだろう。


「もうすでにレッジャーノ伯爵家では昨年から紡績機を導入しており利益を上げておる。パルミジャーノ紡績組合が立ち上がり参加した領は利益を約束されておるが、わが領の方が作付け面積は多い‥‥。わが領は儲けの一割五分の還付をお約束致そう」

 騎士団・魔術師の関係貴族からオオと声が上がった。

 パルミジャーノ紡績組合を引き合いに出しているが、パルミジャーノ紡績組合の儲けには表に出していないカラクリが有る。織機とリネンの販売である。この事実は組合の秘中の秘だ。これが無ければあれだけの利益は叩き出せない。


 リコッタ伯爵はどこまで正確に利益を報告するのだろうか?

 儲かっていても儲かりませんってシラを切る心算なんだろうが、まあこの経営方針では儲けも出ないだろうが。

 反対に粉飾決済をして持ち出しが増える可能性の方が大きいだろう。


「さあ皆さま。早い者勝ちで御座るぞ。どなたか我もと申される御仁は御座らぬか?」

 他領からの招待客は一瞬乗り気を見せたが、互いを見ながらけん制しているうちにパルミジャーノ州の二人の領主に動きが無い事に気付き躊躇する。


「ウルダ子爵如何か?」

 リコッタ伯爵が鋭い視線をウルダ子爵に向け恫喝をにじませた声で参加を促した。

「わっわかり申した。金貨二十…」

「兄上、いけませんぞ。パルミジャーノ紡績組合へも十株参加しております。それを超えるとあちらに不義理となりましょう」

 そう言うとウルド子爵の弟君はちらりとマルゲリータを見た。


「ならば、十…」

「金貨五枚分、ウルダ子爵家は五株の出資を表明致しましょう」

「其方の兄は初めに二十株と言ったぞ! 二十株と!」

「申しておりません。わが兄は投資するとは一言も申しておりません」


「ふざけておるのか! 何が不服じゃ!」

「パルミジャーノ紡績組合はもう既にレッジャーノ家に工場を持ち稼働して実績も積んでおりました。出資者会議もクルクワ家への工場の増設の目途も立っておりました。しかるに今回の組合設立はまだ工場の着工も始まっておりません。不確かな要素が多いのでこれでご勘弁を」


「其の方ら先代からの恩義を忘れたのか! ウルダ子爵その方の婚儀の仲立ちをしたのはこのわしだぞ」

「その恩義は、今回一番で出資を表明させていただいたことでお返しいたします。我が領もパルミジャーノ紡績組合への出資であまり余裕がないもので」


 掴み処の無いこの弟君を見ていると、ウルダ子爵家の代替わりも近いかもしれない。この弟君はこちらの陣営にしっかりと取り込んでおこう。


「工場の着工はもう準備が出来ておる。領民を集めて工事にかかり始めておるわ。そうじゃ、紡績機ももう目途がついておるぞ。そこの平民、契約内容を申してみよ!」

 伯爵の言葉に激高しかけたリオニーを手で制して立ち上がる。


「ご指名頂きましたライトスミス商会代表のセイラ・ライトスミスと申します。若輩ながら伯爵さまのご指示を賜りご説明申し上げます。伯爵さまのおっしゃられる通り現在発注頂きました二台の紡績機はもうすでに整備中であり来月末までには稼働が可能な状態にあると責任をもってご報告致します。また残りの二台についても今月中にご発注頂けましたなら亜麻の収穫前には納品が可能であることを保証いたします」


 わが商会としてはリコッタ伯爵からあと二台の発注が来るならそれに越した事は無い。別に足を引っ張るつもりも無い。

 前金を貰えれば契約通り機会を納品し、契約通り冬に全額の支払いを受ければそれでよし。

 それが出来なければ機械を差し押さえて損失を回収するまでの話しだ。


「おおそれならば、収穫期から紡績が始められるのだな」

「もちろんじゃ。収穫直ぐから紡績機は稼働できるぞ。なあ其の方」

「ええ、今月中にご入金いただけましたなら間違いなく稼働できますでしょう」

「おおそれならば投資を考えても良いのう」

 乗り気になったストロガノフ子爵が隣の男爵に声をかけた。


「おい、其の方。先ほどから今月中と連呼しておったが入金が遅れれば、設置が遅れるという事であろう。入金されなければどうなる」

 宮廷魔術師の男爵が声をかけてくる。

「入金が月を明けると、収穫前には間に合いません。納金されなければ今製作中の二台のみの納品となり、二台では生産量全ての紡績が完了するには冬までかかります。亜麻の売り時が遅れる事で損益は出ると思います」

「で、今月中に入金が必要な金額はいくらなのだ」

「金貨四十枚で御座います」

「この出資者会議で金貨四十枚以上集められなければ機械の半分は稼働しないという事だな」


「その為の出資者会議で御座る。出資さえ頂ければもう儲けは確実で御座るぞ」

「それならば、わしは四十株の出資が確約されれば出資致そう」

「わしもそうさせて貰う」

「当家もそのように致す」

「当家もじゃ」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。

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