第78話 火口箱(2)
【3】
若者は要求書を読み終えると力尽きた様に石畳の上にへたりこんだ。
そしてその広場に向かう階段の下から金属の擦れるような音が響いてきた。
「フン、銀色のゴキブリ共が参上成されたようだ。行ってこい」
「「はっ!」」
州庁舎の中からワラワラと州都騎兵の一団が広場に現れた。
重装備の教導騎士が八人、広場への階段を上がって来る。
「止まれ! 戦闘装備で州庁舎の敷地への侵入とは何事だ! 貴様らモン・ドール侯爵閣下に対する反乱か!」
軽装備の州都騎士団武官が大刀を鞘ごと広場の床に突き立てて上がってきた教導騎士団を誰何する。
予想外の誰何に一瞬教導騎士たちの動きが止まった。
「ふざけるな! 我らは教導騎士だぞ。愚弄するつもりか!」
「愚弄も何も貴様らのその行動自体が反乱ととらえられても何ら間違いではない行動だぞ! 重装備の鎧で、しかも帯剣した状態で州庁舎の敷地に入り込もうとして何を偉そうにぬかしている」
「貴様! 州都騎士団の分際で…! そもそも教導騎士団の団長はモン・ドール侯爵閣下の弟君であるぞ! それを反乱分子扱とは何事か!」
「だからどうした。兄弟で才無き者が才の有る上司への造反などどこにでも転がっておる。我らは州都を守る者、国王陛下よりその任を賜った州都騎士団が聖教会の私兵如きに罵られる謂れは無い! 反乱分子で無ければ直ちに兜を脱ぎ剣を置いてその場に跪け! 詫びを入れろ!」
教導騎士団の隊長らしき豪華な鎧を着たものが忌々し気に舌打ちをすると部下たちを振り返る。
「こ奴らに関わるな! あとで騎士団長を通して厳罰を下して貰う。さっさと任務を遂行しろ」
教導騎士の隊長が州騎士団の武官を押しのけて広場に入ろうとするのを、あろう事か武官が足をかけてそのまま鎧を軽く突いた。
教導騎士隊長は足元を取られ派手な音を立てて階段を転がり落ちる。
階段下でうめき声をあげる教導騎士を武官が睥睨すると、周りに散会していた州都騎士団員たちが全員戦闘態勢に入った。
「言ったはずだ。兜を脱いで剣を置けと」
「おい、州兵! その広場の襤褸屑を拘束して連行しろ。尋問して首を刎ねる。サッサと連れて行け」
州都騎士団はすぐに州兵が拘束した若者を伴ない州庁舎何に消え去った。
そして広場には唖然とした教導騎士達が取り残された。
【4】
要求書を読み上げた若者はそのまま州都騎士団に縛り上げられて州庁舎脇の州都騎士団の詰め所に引きづられていった。
「約束通り要求書の時間はやったぞ。まああそこまでやれば尋問して首は晒さなければいかんからな。教導騎士団で拷問にあわせるのは忍びない」
州都騎士団の武官はそう告げてどんどんと歩を進めてゆく。
「あの要求を気に留めた者もかなりいただろう。俺が添削したんだからな。まあその首が無駄になる事は無かったと誇ればいい」
そう言われて放り込まれたのは、地下の薄暗い部屋だった。
部屋中に不快な臭いが立ち込めて、わずかに壁の高窓から差し込む光で見えるのは散らばった拷問器具ばかりだ。
そして部屋の隅には断頭台とブリキの首を受けるバケツ。そして断頭台の中央には巨大な首切り斧が刺さっている。
「なあ、聞いてもいいか?」
「やめておけ。貴様の口から出た言葉は全部供述として記録せねばならん。うかつな事を言ってボロを出したくはないだろう」
「…」
しばらくすると部屋の扉が開き、薄汚れた人相の悪い中年男が縄でぐるぐる巻きに縛られて引き摺られてきた。
「違う! 俺じゃねえ。俺はあの男にそそのかされただけで…」
「そそのかされて皆殺しにした? それで済むと思っているのか?」
「だから悪いのは奴らで俺は命じられただけだ」
「話にならんな。誰にそそのかされようが手を下してそれで終わりではすまんのだ。さっさと終わらせろ」
「いやだー! 俺はまだ死にたくねえ! 勘弁してくれ!」
暴れ狂う中年男を騎士団の騎士三人が断頭台の上に押さえつけた。
屈強な巨体の男が首切り斧を振り上げる。
「ヒッ!」
首切り斧が振り下ろされると同時に若者の口から小さな悲鳴が漏れた。
部屋中に血の臭いが充満し、落ちた首はブリキの首受けバケツの中にゴロリと転がった。
「腹の座ったやつだな。新人の騎士の中には気を失う軟弱者の居るのだがな。貴様は目もつぶらなかったな」
「次は…俺なんだろう…」
「腹が決まっているならそれでいい」
武官はそう言って冷酷そうに笑った。
【5】
マルヌ州都騎士団長は執務室より階段下に集まりだした教導騎士達を眺めている。
「そろそろお出ましのようだな。さて俺もそろそろ行くとするか」
そう言って数人の騎士を引き連れて州庁舎の正面玄関に立ちはだかった。
州庁舎広場の階段上にはハルバートを構えた軽装の警備騎士が並んで階段下を睥睨している。
「下馬せよ! 剣を置け! 兜を取って顔を見せよ。さもなくば反乱分子として排除する! これは王法にも領法にも明記されておる。警備にあたる州都騎士以外の武具の着用は認められん!」
階段の上で警備武官がそう叫んでいる。
その言葉に一部の教導騎士は激高して剣の柄に手を掛ける。
「下賤な州都騎士団風情が我ら教導騎士団に何を言うか!」
その騎士を手で制して上司らしき騎士が馬から降りると、ヘルムを外し剣と共に地面に置いた。
「宜しいのですか?」
馬の轡をとっていた騎士が驚いて問い掛ける。
「王法を盾にいきっておるだけだ。今は止めておけ。このままでは話が進まん」
そう言うとゆっくりと階段を上り始めた。
それを見て副官らしき騎士が数名それに倣い、後の騎士にはそのままで待機を命じて後ろについて階段を上り始めた。
階段を登りきるとその先に警備武官がハルバートを突き立てて薄ら笑いを浮かべている。
広場に辿り着いた教導騎士達はその警備武官を睨みつけると、一人が籠手を着けたままの手で殴りかかった。
その手をハルバートの柄で軽く払いのけると警備武官は嘲りを含んだ声で笑いながら言った。
「重装甲の籠手で顔を狙うとはな。階段を上ったくらいで息が上がるような奴の籠手が当たると思ったか? これだから教導騎士は」
「これだから何だ? 何が言いたい?」
「いえ、…大隊長? 殿でしたか? どうぞお進みください」
教導騎士達が警備武官の横を抜けて州庁舎へ向かって進む。
「大隊長? たかが聖教会の私兵如きが大層な役職名だ」
ボソリと吐き捨てる様な呟きが聞こえる。
先頭を歩いていた騎士がそれを耳にして振り返り怒りで顔を朱に染めて睨みつけるが、警備武官は表情も変えずに嘯いている。
結局教導騎士達は何も言わずに州庁舎の前に立つ王都騎士団長の前までやって来た。
「貴様! 州都騎士団如きの分際で舐めた真似をしてくれるものだな。これで済ませると思うなよ!」
モン・ドール侯爵家のお膝元であるジュラ大聖堂の教導騎士団は州内から集められて貴族子弟で構成されている。
それに対して州都騎士団は準貴族以下の平民も交じった者ばかりだ。
装備も武器も自腹で調達する騎士団では州都騎士団は低い身分で装備も貧弱であった。
その為にジュラ大聖堂の教導騎士団は州都騎士団を虫けら程度にしか認識していない。
領主家の次男を騎士団長にいただいたジュラ大聖堂の教導騎士団が、その州都騎士団に侮られたのだ。大隊長の怒りは尋常では無かった。
「誰に口を聞いている! たかが私兵の分際で国王陛下より選任された州都騎士団に対してどの口が言う? 貴様の身分が何であろうが現役の伯爵であるこの俺に、これで済ませぬとはな。いったい何がしたい? 何が出来る? 王法権限で貴様の首など飛ばせるのだぞ」
これまで州都騎士団の幹部はその州の貴族から選任されていた。
当然その州の大貴族に逆らえる者などおらず、ほぼ領主の私兵同前であった。
もちろん王法では国王の権限の下で国の有事に対応する事が義務付けられた国軍の一翼を担う騎士団であったが、いつの間にか有名無実化していたのだ。
それをエポワス伯爵とストロガノフ子爵そして軍務卿が変えた。輜重部隊を独立化し権限を大きくして州都騎士団の幹部には中央から騎士を任命して派遣したのだ。
その為州都騎士団は地味だが強力な武装を持つようになり、そのトップは近衛騎士団や王都騎士団の幹部クラスが部下を連れて抑える事となった。
その結果領主の頸木から解放されているのだ。
「くっ…。今回は州庁舎前で不埒な行動をとった貧民の捕縛に来た。聖教会への批判を口にしたとか聞いている。さっさとそいつを渡せ。ならばこれ以上事は荒立てん」
「まあそれならば了解してやろう。おい、持ってこい」
その言葉で血の滴るバケツを下げた州都騎士が現れて教導騎士達の前にそれを突きだした。
「手間を省いてやったぞ。さあ、晒すなり埋めるなり好きにしろ」
そう言ってマルヌ州都騎士団長が指さした血の滴るバケツの中には、目を見開いた男の首が放り込まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます