第192話 採決

【1】

 鐘の音を合図に私たちが席について、だいぶしてから聖職者や貴族たちが入室してきた。

 時計の無いこの世界で五分前行動とは言わないが、もう少しテキパキと行動して貰いたいものだ。

 その点ではロックフォール侯爵は私たちの次に入室しており、彼より遅れてきた他の貴族たちが罰の悪そうな顔で順番に席に着いていった。

 どうもこれは侯爵が他の貴族に対してマウントを取るための行動だったようだ。

 そして最後にマリナーラ枢機卿が入室して審議が再開された。


「先ず初めに申し上げる。妻のルーシーが申し上げた通り、聖属性の認定は属性判定の儀式に則って行われた判定において決定されると聖教会聖典に記載されております。更に属性判定の儀式は洗礼式・聖年式・成人式の礼拝に於いて実施されるとも記載があります。我が娘セイラは洗礼式・聖年式での判定は出ておりません。それを持って聖別は出来ないと判断しております」

 ゴルゴンゾーラ卿が聖職者たちの発言を制して先に私たちの見解を述べた。


「しかし現に我々が目にしており、治癒の聖魔法によりポワトー枢機卿は病状を回復させたではないか。何よりも起こった事実が証左である。二人の枢機卿が認めているのだからな」

 マリナーラ枢機卿がまた話を蒸し返してきた。

「それではその判断が王国法や聖教会法に則り正しいかどうかの判断を、王国司法局とハッスル神聖国の法皇府に申請を出して判断を仰ぐことにいたしましょう。この議論は法皇府からの判断を待って議論を再開いたしましょう。これから法務申請に移らせていただきます」

 ルーシーさんは打ち合わせていた通りに審議の引き延ばしを提案した。

 当然申請してから司法局が判断を下す迄には何カ月もかかる。法皇府の判断なら書類が届くまでに半月、法皇府が書類を受理するだけでも数カ月、審議に数年を要し、結果が出るころには私は王立学校を卒業しているだろう。


「そのような時間は掛けられん。我らはセイラ殿の行いに報いるために少しでも早くと思いこのような申し出をしておるのだ。セイラ殿、聞き分けよ」

 ルーシーさんは手ごわいと踏んでマリナーラ枢機卿はターゲットを私に振り替えてきた。

「恐れ多い事ですが、それが為に正しき手順を踏まぬことは悪しき先例を残す事になります。口さがない者はそれこそ貴族のコネであるとか申す事でしょう。偽りの聖女だなどと罵られれば聖教会や口添えをしていただいた方々にも迷惑をお掛けいたします。幸い成人式まではあと少し。そこで正式に審査をお受けいたします」

 ゴルゴンゾーラ卿が良く行ったぞとばかりに私を見て微笑む。


「其方がそのような俗事に気をもむ必要など無いのだ。それこそ其方の行いは我らが知っておる。罵る者もその行いを知れば口を塞ごう。そう頑なにならずともよいのだ」

 マリナーラ枢機卿は優し気な口ぶりで語りかけてくる。けどおっさん額に青筋が浮いてるぞ。

「先代の光の聖女ジョアンナ様も今の闇の聖女ジャンヌ様も、ご発現なされてから何年も徳を積み聖年式を待って認定を受け聖別されました。それを何一つ徳を積むこと無く聖別を受けるなど人倫にも悖る事。今までの聖女様に対して申し開きも立ちません。頑なと申されてもそれは許されぬと事と思っております」


「しかしな。聖別を受けていないと光の聖属性を使っての治癒はこれから難しくなる。それでは困るであろう、なあポワトー大司祭」

 マリナーラ枢機卿め、ポワトー大司祭の切り崩しに入って来たな。

「セイラ殿が聖別を受けてこの地に留まれば病の急変にも対処が…」

「待たれよ! それはポワトー枢機卿の個人の事情。聖別を受けようが受けまいがセイラ殿がこの地に留まる理由にはならん。先ほども申したがこの者は我がブリー州の住人。この者の住むべきはゴッダードであろう。ならばゴッダードの聖教会で聖年式を受けさせるべきであろうな」

 そこにいきなりロックフォール侯爵が割って入った。

 かなりゴリ押しの理屈だが、私にとってはこのゴリ押しこそが有り難い。早くロックフォールの街に帰りたい。

 理不尽でも何でもロックフォール侯爵のゴリ押しが通って欲しい。


「それこそゴリ押しであろう。その様な無法が…」

「無法と言ったか。しかしマリナーラ殿の主張よりは余程法に則っているのではないか」

 ロックフォール侯爵が噛みつく。

「そもそも成人式の礼拝はどこで受けようが本人の自由。在地の領主のゴリ押しなど認められない。そもそも成人式の礼拝は家族と共に行うものだ。在地などでは無い」

 …言った。

 言質を取った。

 これこそ私たちが引き出したかった言葉だ。


「ええその通りでしょう。そして我々家族が依るべき場所はアヴァロン州のクオーネ大聖堂。そここそが我々家族の成人式の礼拝を受ける場所でしょう。もちろん我がゴルゴンゾーラ一同相揃って、姪のヨアンナ・ゴルゴンゾーラと共に成人式の宴を開きましょう」

 ゴルゴンゾーラ卿が喜色を浮かべて皆に宣言するように答えた。


「別にそれならば成人式はどこで行うとも良い。今このロワール大聖堂で属性判定の儀式を受けて頂きたい。それを持って聖別を授け聖職者として徳を積んで貰おう」

 マリナーラ枢機卿がついに強硬手段に出ようとした。

「それは余りに横紙破りではないか」

「王国と聖教会の取り決めにも反するぞ」

 一部の貴族の中からも批判の声が上がる。

「王国との取り決めで聖年式以降の属性判定は成人式までは行わないとの不文律が有るはず。それは通りませんぞ」

 ロックフォール侯爵も怒気を含ませてマリナーラ枢機卿に詰め寄る。

「先例が無い訳では無い。二百八十年前の聖女カサンドーラの先例が…」

「カサンドーラは元々修道女見習いだった上、貧民の捨て子だったからではないですか。それも政敵を治癒したことに腹を立てた領主から命を守るための手段でした。セイラはつらなるものですよ」

 ルーシーさん怒りを込めて反論する。


「マリナーラ枢機卿様。属性判定の儀は洗礼式・聖年式・成人式で行うと聖典にも記載され、それ以外で貴族の属性判定は行われたことは無い。特に五年前ジャンヌ様の聖別をグレンフォード大聖堂が提案した時もその理由で却下されたはず」

 落ち着いた口調でパーセル大司祭が言った。

「それでも提案がされたではないか。これもわしからの提案じゃ。ポワトー大司祭、ポワトー枢機卿の治療を続けるならそれしか方法は無いであろう、なあ」

「それは…そうですな。それならば五年前と同じく採決を…採決を行う事としましょうか」

 ポワトー大司祭が頼りなげに提案する。


「わしは反対だ! 採決以前に私的な目的で不文律を破るなど以ての外だ」

 フォン・ド・ブラン大司祭が真っ先に発言する。

「私も気に入らん。五年前に却下されたのならそれが先例だ! そもそも五年前の様に手続きも踏まず、いきなり提案されて何が採決か!」

 カチョエペペ大司祭もその発言に被せて反対を表明する。

「五年前が先例などと言う事自体がおかしい。聖典にもしてはいけないとは書かれておらん。誰が交わしたかもよく分からん不文律などより聖教会の大義が優先するのだよ」

 ボッタルガ大司祭が賛成を表明する。

「そっそれはそうだ。王国との約束事と言うが文書にも無い事をさも規則の様に話す意味も無い。そうじゃ採決をすべきじゃな」

 ポワトー大司祭も賛成を表明した。


「私は当然採決にも成人式前の洗礼にも反対だよ」

 パーセル大司祭も反対を表明する。

 これで意見は三対三で同数になった。残るは教導派のシェブリ大司祭だ。

 清貧派の三人は採決自体に有効性が無い事を理由にこの審議を乗り切る心算だろう。

 最後の一人シェブリ大司祭を皆が見つめている。

「わしは…その決議にも属性判定の実施にも反対する」

 顔を歪め怒りに満ちた顔で彼は反対に票を投じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る