第191話 休廷
【1】
「マリナーラ枢機卿は失点回復で焦っているのだよ」
控室にやって来たパーセル大司祭が私たちにそう言った。
「北西部はゴルゴンゾーラ公爵家に与する州が多い。聖女ジャンヌへの各領主の支持も絶大だ。西部諸州も清貧派の聖教会が七割に迫る。後ろ盾だったクオーネ市長は失脚しクオーネ大聖堂での前の大司祭の失態。更には今回のジャンヌ様の捕縛関与。まあ来月の査定会議で失脚は堅いだろうね。だから少しでも失点の回復をと焦っているのさ」
「それが私の聖女認定とどういう関係が有ると」
「最低でも聖別を受けて聖教会の聖女に認定する。あわよくば教導派聖教会の一員にと考えておるのだろう」
「バカバカしい。私を聖女認定したところで教導派の傀儡になどなる訳が無いでしょうに」
「セイラ・ライトスミス。其方ならそう言うだろうが、ゴッダードの両親や弟を人質に取られても抵抗できるのか」
パーセル大司祭の一言で私は言葉に詰まった。
「ゴルゴンゾーラ卿の機転が有ったればこそ、こうして話せておるがそうで無ければ拙い事になっておったのだよ。ロックフォール侯爵も力を尽くしてくれるだろうが、平民の身分では庇いきれんのだ。其方頭は働くが貴族や聖教会の常識を知らなすぎる。まあ平民ゆえ無理も無いがな」
改めて説明されると本当に危ない状況にあった事が実感できる。
「ゴルゴンゾーラ卿、本当にありがとうございました。私の短慮でこんな事になって、たくさんの人を巻き込んでしまって。本当に情けない」
「落ち込むな。お前らしくもない。良くも悪くも今迄から人を巻き込みまくって来ただろう。ゴルゴンゾーラ公爵家とサンペドロ辺境伯家を両天秤にかけた度胸はどこに行ったんだ」
「あの時と今では違うわ。死者も出たし、ライオル伯爵やギボン司祭に同情する訳では無いけれど。それにギボン司祭に騙されたあの修道女や麻疹で死んでいった領民は哀れで…」
「違うな。お前はシェブリ伯爵家やポワトー伯爵家がのさばっている事に納得がいってないだけだろう。それならこれからお前の言うウィンウィンになるように時間をかけてでも食いついてやれ」
「それで良いだろうか。死んだ修道女や領民の無念はどうやったって晴れないわ」
「ならばこれ以上犠牲を出さない様にすれば良いのよ」
「まあ、どうでも良いが、其方を助ける事は清貧派にも南部や西部の貴族にも大いに利が有る。お前の意思に関係なく、其方を取り込めた者は大きな利益を得るのだから誰に気兼ねする事もいらんよ。己が意思を貫けばよいのだよ」
「それで私たちはどうすれば良いのでしょう?」
ルーシーさんの問いにパーセル大司祭はしばらく考えて答えた。
「そうだね。マリナーラ枢機卿はセイラに属性審査を受けさせて聖別を行う事に躍起になるだろうね。上位聖職者は私を入れて七人。清貧派が三人教導派が四人多数決なら負けだね。ただポワトー大司祭はこちらに転ぶかもしれないねえ」
「ポワトー司祭を取り込んでも勝ちに持って行くと言う事?」
「ああ、だけどそれだけでは片手落ちだね。枢機卿には拒否権が有る。それを頷かせるには…そう、マリナーラ枢機卿の地位の保証と引き換えにするか、ポワトー枢機卿の口添えを得るか。まあなるようになるだろうさ」
そう言ってパーセル大司祭が去って入れ替わりにやって来たのはロックフォール侯爵だった。
【2】
「久しいな、フィリップ・ゴルゴンゾーラ。お前に娘がおったとは青天の霹靂だぞ。お前の兄がどんな顔をするのか、伝えに行く折は俺も立ち会うからな」
「ああ、兄上は一体どんな顔をするかな。俺に妻と娘が突然出来たのだから慌てるだろうな」
「セイラ・ライトスミス。以前一度会った事が有るな、我が娘が幼くてかわいい頃だったな。ゴーダー子爵家のお茶会だったかな。一人年若いメイドが我が物顔でのし歩いていたので不審に思っていたら子爵の縁戚だと言われてな。それがどうだ、いつの間にか我が家を食い物にする商会の商会主になりあがりおって」
「それでロックフォール侯爵家も潤っていらっしゃるでは無いですか。食に関しては王都でも並ぶものも無い、いや王国一のエキスパートではありませんか」
「だから腹立たしい。こんな事でライトスミス商会を失う訳には行かんのだ。そもそも軽率ではないのか、老いぼれた枢機卿の命に幾ばくの価値など有る。ましてや犯罪者の司祭など自死したい奴など捨て置けばよいものを。お前は自分の値打ちを分かっておらん」
私は命に貴賤などつけられない。誰であろうと救える命が有るなら、私は見捨てられない。
ロックフォール侯爵の言う通り愚かなのかもしれないが、体が動いてしまうのだ。
その為に前世では娘を泣かせる事になってしまったのだからやはり私(俺)は愚かなのだろう。
「セイラさんは正しい事をしているのよ。そのお陰で私も騎士団長もこうして命を長らえているんですから。それにお父様もきっとジャンヌ様が助けて下さっているはずです。それもセイラさんが枢機卿を助けたから」
「まあ良い。セイラ・ライトスミス。お前はこれからセイラ・ゴルゴンゾーラで通せ。いまからセイラ・ライトスミスは消えた。もう表に出て来てはいかん。良く心得ておけ」
そう言ってロックフォール侯爵も部屋を出て行った。
【3】
「パーセル大司祭は私の為に枢機卿の地位をふいにするのかしら」
私がポツリと呟いた。
「それはお前が心配する事じゃあない」
ゴルゴンゾーラ卿がそう言って私の頭をモシャモシャとかきまわす。
「ええ、貴女は貴女の求める事を、成すべきことを目指して抗えば良いのです。それを全力で支えるのは私たち大人の役目です」
子供扱いは困る。実年齢なら私(俺)はこの中で一番の年長者のはずなのだが…。
「お前が頭が切れて経験も有るのは知っている。しかしなあ、地位も権力も子供にはねえんだ。お前は社会的に子供なんだ」
「そうよね。社会的地位と権力が有るならどうにかなるんだろうけれど」
私は両頬を叩いて気合を入れる。
出来る事は出来る人に任せて、私は私で出来る事をやって抗ってやろう。
「私は頑なに審査の拒否を続けるとして、貴族たちに何か働きかけられないかしら」
王国は聖属性の人間を聖教会に独占されるのを望んでいない。働きかけが通じそうな貴族は居ないのだろうか。
「あの中でロックフォール侯爵の力は絶大だよ。ここに居る者は全て伯爵か子爵かその隠居だ。侯爵の爵位は絶大なんだよ。それに忘れちゃいないか? 俺は公爵家の息子、そしてお前は直系の孫と認識されている。これは大きな強みなんだよ」
ならば、後は状況に応じて出来る事を出来る限りやるだけだ。
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