セイラ 13歳 紡績組合

第67話 封蝋

【1】

 聖教会の聖年式も終わり、メリージャのセイラカフェも軌道に乗ってグリンダが帰って来た。


 聖教会教室も工房も順調に活動し始めて、リバーシはサンペドロ州でも人気が出始めている。お陰でメリージャの大聖堂は、皆その利権漁りに必死だそうだ。

 第一城郭内の指物師や細工師など高級品を扱う工房はいち早く大司祭や司祭長たちが抑えたようで、出遅れた司祭連中がライトスミス商会を通してゴッダードからの輸入にまで始めている。


 噂だが最近は大司祭の息の掛かった商人から6×6盤が販売され、貴族の間で話題になっているらしい。これは、既製品でも高級品扱いの高価な物らしく第二城郭以下の平民には流通していないらしい。


 第二城郭のカルネイロ氏もヴォルフ氏もこの件に関しては極力、かかわりを避けている様で、大聖堂の司祭達を通して製造や販売の打診が来ている様だがはぐらかし続けているという。

 6×6盤の欠点が明るみに出ていないと言う事は、ドミンゴ司祭はまだしばらく大聖堂に残って暗躍を続けるつもりなのだろう。


 ただ表面上はメリージャの街は安泰で、リバーシの流行や聖教会工房の活動が商売意欲を刺激したようで、ライトスミス商会の取引も増え始めている。

 商会職員もウォーレンとレオニ―ドというゴッダードのライトスミス商会で働いていた獣人属の見習いをメリージャに派遣した。


 そのお陰も有ってセイラカフェは大賑わいとなっている。

 市長をはじめ市庁舎の役人連中もたびたび訪れるので、市長との約束通りメイドを一人斡旋しなければいけない。

 話し合いの結果、市長邸のメイドとしてアドルフィーナが行く事になった。

 但し本人の希望も有って、セイラカフェが身元保証をして使用人を派遣するという派遣社員方式を採用しハウザーで初めての契約となった。


 その補充要因としてウルヴァとフィリピーナ、そしてナデテの双子の妹のナデタを追加派遣する。

 見習いメイドも一気に五人増やして八人になった。もうすでにメイド見習の青田買いが始まっているのだ。

 お陰でメリージャの商売は今のところ順調である。


 そしてそのドミンゴ司祭は一度、大司祭の書簡を持って王都に向かう途中にゴッダードに現れた。もちろんペスカトーレ枢機卿への密書を携えてだ。

 密かにヴァークラー鍛冶工房···ウィキンズの実家に依頼して印璽を模刻して貰い、封書の内容を書き写してボードレール大司祭に届けさせた。


 返信はボードレール大司祭から入手していた枢機卿の印章の模造品を使い確認後ドミンゴ司祭に返した。

 書簡の内容を見る限りでは、バトリー大司祭は貴族への返り咲きを望んでいるようなのだがまだ意図は良くつかめない。


 ドミンゴ司祭にはもう少し頑張ってもらう必要があるが、さてドミンゴ司祭本人も最終的に何を望んでいるかつかめない。

 ニワンゴ修道士の件も喉の奥に引っかかった小骨のように気にかかる。


【2】

 以前ミゲルにドミンゴ司祭の動向を探ってもらう旨ニコライ司祭長宛てに書簡を持たせた時にボードレール大司祭から書簡を貰っていた。

 割と赤裸々に聖教会内の権力争いや、現教皇クラウディウス一世とその息子ペスカトーレ枢機卿との確執。前聖女ジョアンナ・ボードレールの身におこった悲劇と彼女の苦悩についても語られていた。

 お母様やお婆様、ゴーダー子爵家の大奥様から聞かされた前聖女様の人となりからも、ボードレール伯爵家が教導派を憎む気持ちは良く解る。


 個人的にも聖教会の清貧派に深くかかわり過ぎたことも有って、闇の聖女ジャンヌ・スティルトンに力になってあげたいと思い、ジャックたちに手紙を預けた。

 聖女様は涙を流して喜んでくれたと報告があった。

 一度会いたいとの言伝を貰ったが、これは辞退した方が良いだろう。


 裏通り組三人の話を聞く限りでは、頭の良いいい娘らしい。

 農民や孤児、辺境の開拓農民にまで治癒の遠征を行う慈悲深い娘で、身分に関わりなく誰にでも感謝を忘れない本当の聖女のようだ。


 その点(俺)は、同じ聖教会にかかわってもあまりに裏事情迄入り込み過ぎている。

 聖女様には刺激が強すぎるような、清濁併せ呑む所業をやってきている。

 商人として汚れ仕事も仕事の内だと割り切って、聖教会の関連は裏に徹するのが良いと思う。

 それならば聖女様とは表立って接点が無いに越したことはない。


 一度こちらの聖教会に見えられたボードレール大司祭からも面会を望まれた。それも秘密裏に。

 こちらは、断れるはずも無くまた面会の趣旨もほぼ見当がついていた。

 メリージャの大聖堂の動向やハウザー王国での清貧派聖教会の報告を求められるのであろう。それにペスカトーレ枢機卿との書簡の情報も教えてもらえるかもしれない。

 気は重いが逃げる訳にはゆかない。


【3】

 面会はゴッダード聖教会の隠し部屋で行われた。

 二人だけの密談であったが、ボードレール大司祭は小娘相手に偉く丁重に対応してくれた。

「よくぞおいで下さった、セイラ殿。ブリー州とレスター州の領教区で教区長を務めておるボードレールと申す。今後とも良しなにお願い申す」

「恐れ多きお言葉を頂き恐悦で御座います。セイラ・ライトスミスと申します、ボードレール大司祭猊下」


「その様に遜られると話がし難い。楽にして話して頂きたい。二人だけの密談じゃ」

「それではその様に。それで今日のご用向きは何でございましょう」

「まずはこれまでのメリージャ大司祭とペスカトーレ枢機卿の書簡の件じゃ。枢機卿は南部・西部諸州の清貧派のかく乱を画策しておるようだな。これは今に始まった事では無いが、その配下にメリージャの大聖堂も組み込もうと画策しているようじゃ」


「まあ予想どうりですね。それでバトリー大司祭へのエサはなんでしょうか」

「書面のニュアンスではラスカル王国での爵位をエサにしているようじゃな。南部か西部の何処の貴族家を取り潰して与える様な含みを持った内容に取れる」

 さすがに聖教会の文書は暗喩や比喩が多く、含みが有り過ぎて意味がわかり難い。


「しかしバトリー大司祭に何をさせたいのでしょう? 書簡を読む限りでは軍事情報の提供を求めているようですが。たいして政治力も持たず、実務力も薄弱なあの大司祭に出来ることなど限られていると思うのですが」

「なかなか辛辣じゃな。やはり其方の眼にはそのように見えたか。書簡を読む限りでも欲深な癇癪持ちというイメージしかわかぬ御仁であったがの」


「お見立ては正しいと思います。今はメリージャの利権争いに汲々としている印象が強う御座います。ハスラー貴族にも拘らず人属至上主義者で、尚且つ貴族以外は人としてすら認識しておらないお人です」

「聖職者にあるまじき教導派の連中の様な御仁であるなあ、ハハハ。書簡から察するに福音派騎士団を掌握するように求められているようじゃ。さすがに市井の聖女殿も貴族書簡は読み解くのが苦手の様じゃな」

「市井の聖女はお止めください。俗物たる私に勿体のう御座います」


「そうじゃ、書簡の話のついでにこれを渡しておこう。こちらはペスカトーレ枢機卿の摸刻印璽、ドミンゴ司祭の密書が来た時に使ってくだされ。そしてこちらはブリー州含む教区の教区長代理の印章指輪じゃ。わしの判断が間に合わぬ場合は其方の権限で使うてくだされ。連発されては困るがのう、ハハハ」


 ハハハじゃないだろう。この教区の聖教会トップの印章じゃあないか。こんな物預けられてもこまるよー。

「大司祭猊下、さすがにコレは受け取れません」

「そう申されるな。ニコライ司祭長も持って居るが、現状ではブリー州だけでなくハウザー王国のサンペドロ州の聖教会まで抑えているのは其方ではないか。最終判断はニコライ司祭長より其方の判断が優先する。これは決定事項じゃ」

 思わず私は天を仰いだ。予想よりずっと重い用件だった。

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