閑話8 聖年式クエスト

【1】

「ジャック、また出張クエストだよ。今度は馬車で行けるよ!」

 今回は母ちゃんも一週間前にクエストの説明をしてくれた。

 又レスター州への出張クエストだ。

 今度はレスター州の州都グレンフォードまでのジャンヌ様の護衛任務だ。

 グレンフォードで開かれる聖年式にジャンヌ様が出席するのでその護衛のメンバーに入れと言う事だ。


 ボードレール伯爵家から護衛の騎士が付くと言う事だけれど、俺たちはジャンヌ様のご指命だそうだ。

 へへへ、こいつは気合を入れなけりゃいけねえなあ。

 まあ、俺の母ちゃんとジャンヌ様が顔なじみだからなんだけどな。


 そんな事を思っていたらヘッケル司祭もピエールとポールを連れて行くと言ってきた。そんなこんなであの二人もヘッケル司祭に冒険者登録をさせられたようで、今回は六人組の大所帯でのクエストになった。


 俺はポールとピエールのクエストの準備の為の買い物に付き合う事になった。

 この二人は聖教会付きだから準備の金が、銀貨五十枚も支給されるそうで恵まれてやがる。

 そう文句を言うと、二人揃って言い返してきた。聖教会付きだから仕事以外は殆んど外に出られないから、自由にウロウロできるおれの方が恵まれてるって。


「それでもポールは週三回街の巡回で出歩けるからまだいいさ。俺なんか本当にずっと聖堂の中ばかりだぜ」

「はー? 何が聖堂の中ばかりだ。お前、毎週セイラカフェで出張教室をやってるじゃないか。仕事のついでに美味いもの食べて姉ちゃんたちに囲まれてよー。ふざけんな」

 ピエールの奴そんな美味しい仕事してんのか。そいつぁ、腹が立つなあ。


「よし、帰りはセイラカフェによって晩飯食って帰ろうぜ。もちろんピエールのおごりでよ~」

「そいつぁ良いや。賛成~」

「お前らだって金持ってんだろう。なんで俺のおごりなんだ」

「冒険者なんて持ち出しの多い因果な商売なのさ。給料貯めてるピエール様ぁ~」

「俺なんか兄弟が多いから、給料なんて弟たちの飯代だよう~。その点お前はお袋さんも再婚するじゃねえか。家に入れる金も要らねえんだからさぁ~」

「その再婚相手は持ち出しの多い冒険者だろうが。ジャック、お前アルビドのおっさんが無駄遣いしねえように見張っててくれよなぁ」

「あのおっさんもプロだから仕事中に酒を飲んだりなんかねえから安心しな。プライベートは知らねえけどな」


 そんな事を言いながらセイラカフェに行くと、ここ最近見かけなかったお嬢が居た。

「お嬢! しばらく見なかったけど何処にいたんだ?」

 俺の声に気付いて振り返ったお嬢は嬉しそうに笑顔を向けてくれた。

「久しぶりって言うか、あんた達三人がそろっているのも本当に久しぶりね。昔はいつも三人一緒だったのに」

「おいおい、お嬢もうガキじゃないんだ。これでも一端の聖堂騎士だぜ。やっと見習いの名前が外れたばかりだけどな」

 ポールが偉そうにぬかしやがる。


「それにしても本当にどうしてたんだ? ここ二月ほどセイラカフェに居なかったよな。そう言えばグリンダも見かけないし」

 ピエールも最近お嬢が居ない事が気になっていたんだろう。

「うん、ちょっとハウザー王国に出向いてたんだ。国境の向こうのメリージャの街にもセイラカフェをオープンしたんだよ。グリンダは向こうの店が軌道にのるまで責任者として頑張って貰ってる。でももうすぐ帰って来るけどね」


「へー、外国に行ってたのか。俺たちなんて初めて州外に出るんで浮かれてたけれどお嬢はスケールが違うぜ」

「おい、俺を一緒にするなよ。俺はクエストでレスター州も行ってるんだ」

「一度だけだろうが、偉そうにするなよ。そんなところがお子様だって言うんだ」

「何だとー、ピエール。もう一回言ってみろ!」


「止めなよ三人とも。それで三人ともレスター州に行くの? 何の用事?」

「ああ、闇の聖女様の聖年式の護衛だよ。俺とポールはヘッケル司祭様と一緒に、ジャックはクエストで依頼されたそうだ」

「聖女ジャンヌ・スティルトンの護衛か」

「ああ、アルビドのおっさんや母ちゃんの言うには、ジャンヌ様に聖女認定を受させない為に命を狙っているヤカラが居るんだと。それで念には念を入れてって事だ」


 実際に狙われたことは秘密にされている。依頼主との約束は口外しちゃあなんねえからな。

 まあ今回はボードレール伯爵家の騎士団が総出で護衛にあたる上に聖教会の魔術師たちも大量に動員されているらしいから誰も手出しできないだろう。

 俺たちが行くのは、ジャンヌ様がヘッケル司祭と俺の母ちゃんに聖年式の式典に参加して欲しいとお願いされたためだそうだから。


「そう言えばお嬢も聖年式だろう」

 ポールの問いかけにお嬢は首を振った。

「私は聖年式なんか行かないよ。お金と時間の無駄じゃないか。あんた達だって行ってないだろう。エドも面倒くさいからやらないってさ」


「俺たちは金が無いからできなかったんだ。お嬢なら金も有るし両親とも街の有力者じゃないか。何よりお嬢自身がこの街では名前が通ってるんだから箔付けになるじゃあないか」

 ピエールの言う事は俺ももっともだと思う。だってゴッダードのセイラって言えば、ブリー州じゃあ知らない奴は居ねえぜ。

「それなら尚更いらないわよ、余分な箔付けなんて。そんな物で晴れ着作って接待してまる三日も潰すなんて無駄の極みじゃないの」

「まあ俺たちの仲間でもやったのはダドリーとエマだけだもんなあ。エドの言い分はエドらしくて良いなあ」


「それじゃあ、あんた達はレスター州のパーティーでしっかり御馳走を食べておいでよ。伯爵家が主催するんでしょ、きっとすごいご馳走が出るよ」

「そうだ、お嬢。マヨネーズを三壺ほど欲しいんだ。出来ればきれいに梱包して」

「良いけど、なんで?」

「ジャンヌ様がよう、この間クエストで会った時にマヨネーズが気に入ったようだから贈り物にしようかなって…」


「おい、ピエール。ジャックが色気づいてんぞ」

「おう、お子様だとばかり思ってたんだけどなあ」

「お前ら、いい加減にしないとぶん殴るぞ!」

「止めなよ二人とも。ジャックはそんなつもりで言ったんじゃないと思うよ。ねえジャック、それなら出発の朝に取りに来て。渡せるように準備しておくから。それから私からもジャンヌ様に持ってってもらいたいものが有るから明日誰か受け取りに来てくれないかしら」


「良いけど何を?」

「アバカスとこのリバーシ盤。今度ハスラー王国でも村の聖教会に教室と工房が出来たの。それでこれは向こうの小さな村の子供たちが作った物。まだ拙い出来だけれど一生懸命頑張って作った物ですって。ハスラーの人たちとの諍いを無くすために、こうやって私も頑張るから聖女様も貴女のできる事を頑張ってくださいって伝えて欲しいの。お願いするわ」

 お嬢の見せてくれたリバーシ盤はゴッダードで作っている物と比べると歪で見た目は悪いが、それでも丁寧にヤスリがけをして角も丸く削ってシッカリと組んでいる。


「わかったよ。きっと伝える。ジャンヌ様もゴッダードに来たいって、美味しいものが沢山あるので食べたいってさ。それにお嬢の事も知ってって一度会いたいって言ってたから、使い走りにされるから止めとけって言っておいたぜ」

「ジャーーック! 今なんて言った! その顔アバカスで摩り下ろしてやる」

「そんなだから、ジャンヌ様を止めたんだよ」


【2】

 グレンフォードの大聖堂で行われた聖年式の後、俺たちは伯爵邸のパーティーに招かれた。

 会場は貴族や聖教会の上の方の人が沢山いて、すごい数の来賓でごった返していた。

 ジャンヌ様の側には近寄れないなあと思っていたら、俺たちを探してジャンヌ様が一番に会いに来てくれた。


「ヘッケル司祭様、ジャクリーンさん、あなた方のお陰でこうして聖年式が無事迎えられました。ありがとうございます」

「よしてくださいよ、聖女様が冒険者風情に頭を下げるのは」

「これでジャンヌ様も晴れて聖女認定を受けられましたなあ。これからが大変ですがわたくし共がしっかりとお守り致しますよ」


「ジャックさんも来ていただいてありがとうございます。この間のマヨネーズはとても美味しかったです」

「エヘヘ、それでまた持って来たぜ。それでよう、一緒にいるのは俺の仲間の聖堂騎士のポールと修道士のピエールだ。冒険者登録も済んでるから俺と一緒にパーティーを組むことも有ると思う。それからお嬢からもプレゼントを預かってきてるんだ」

 俺はそう言ってプレゼントを渡すとお嬢の言ってた事を伝えて、一緒に預かった手紙も渡した。


 ジャンヌ様はお嬢の手紙を読み進めるとその両目から涙があふれだした。

 そして手紙を握り締めると、プレゼントの箱を開きリバーシ盤を何度も手で撫でるとそれを両手で抱きしめた。


「ジャンヌ様…。その手紙に何が書いてあったんですか?」

 オズオズとピエールが聞いた。

「ええ、セイラ様は私のやろうとしている事は正しいと。私のこれからやろうとしている事はこの先何と言われようと間違っていないと。そして今までもこれからも支援していただけると仰って下さっています」


 横で聞いていたドミニク司祭長はジャンヌ様の両肩を抱いて涙を流す。

「セイラ様はハウザー王国のメリージャでも貧民街に聖教会を作らせて教室と工房を始めたそうです。国境を越えて支援の輪が広がってきています。ジャックさん、ピエール修道士、ポール聖堂騎士、三人ともセイラ様にはドミニクがお礼を申していたとお伝えください。そしてジャンヌ様の大きな支えに成ったと」

「私からもセイラ様に、最大の感謝をお伝えください。とても勇気づけられたと」


 お嬢が褒められると、俺たちも何故か嬉しい。なんとなく面映ゆいが、それでも誇らしい。

 今回は大きな事件は無かったけれど、このクエストは受けてよかったと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る