第2話 下級貴族寮

【1】

「この時期は、貴族寮はあまり人が居ないの。私のお友達にも紹介したいのだけれどまだ帰って来ていなくて」

 クロエは申し訳なさそうに目を伏せて詫びる。

「残っているのは私のような訳ありの貴族ばかり、あとは北部の領主や宮廷貴族の方が遊びに戻るくらいですもの」

「またその時はお茶に誘ってくださいまし。それならば寮の規則や施設を教えていただけませんか」

 私が水を向けるとクロエはパッと顔を輝かせて応えた。

「ええ、ええ、それならばご案内いたしますわ」


 貴族寮は三階建てで、玄関前の警備小屋には二十四時間警備兵が詰めている。

 玄関から先は男子禁制で、エントランスホールの入り口には寮監室が有り常時出入りを監視している。

 中央のエントランスホールは集会所も兼ねており大きな行事がある時はここに集合するそうだ。


 左翼は図書室と礼拝室と聖職者の個室、そして治癒術士が常住する医務室と大浴場が続く。

 大浴場は夕食後の二刻…二時間ほどだけ湯に入れるそうで、それ以外の時間はメイドに湯を持ってこさせて部屋で体を洗う人が多いそうだ。

 図書室は自習室も兼ねており試験前には席の取り合いになるとか。

 今は教導派の聖導女と治癒術士の修道女が二人住み込みで暮らしているそうだ。クロエによれば太った横柄な聖導女が、二人の修道女を手下のように使っていて感じが悪いとか。

 立場上あまり関わり合いになりたくない手合いのようだ。図書室と浴場は興味が有るが聖職者たちに会いたくないので早々に退散した。


 そして右翼が大食堂と四つの小食堂、その奥が厨房と物品販売スペースがある。

 大食堂はエントランスホールとの間仕切りを外せば一つの大ホールになり大きなパーティーなどが催される。

 小食堂は主にお茶会などの個人の集まりに利用され、メイド達が使用する為の厨房も大厨房の隅に作られている。

 物品販売スペースは軽食や食材、茶葉など大厨房に有る物を購入できる仕組みになっているが、出入りの商人の置いて行く筆記具や装飾品などの物品も購入できる。


 品ぞろえに興味がわいて立ち寄ってみる事にした。

 特に指定された商人がいるのでは無く、お勧めの品を置いて帰る仕組みで、一週間たって売れなければ次は置いて貰えないそうだ。

 あまり売れなくてもお気に入りで定期購入する者がいればその貴族に直接販売できるのでメリットは大きい。

 品揃えを見てもライトスミス商会なら勝てるだろう。


「素敵なものが多いでしょう。でも値段も高いですから私たちなんてめったに買う事なんて無理ですわ」

 ああ、商人気質が抜けない私の姿がクロエには、物欲しそうにアクセサリーを眺める新入生に見えるのだろう。

「そんな事有りませんよ。カマンベール領はとても豊かになっていますよ。領地も増えて益々豊かになりますわ」


「あらまあ、分不相応に夢を見ていらっしゃるようですわね」

 イヤミな甲高い声が響いた。

 私たちが驚いて振り返ると派手な衣装を着た貴族令嬢が四人ニヤニヤと嗤いながら立っていた。

 それを見たクロエは少し緊張した面持ちで体を強張らせたが、チラリと私を見てからカーテシーをしてその四人に挨拶した。

「これはエポワス子爵令嬢様、お久しぶりで御座います」

「あら、カマンベール男爵令嬢はずっと学生寮にいらしたのかしら」

 挨拶も返さずに話しかけてくるこの令嬢に怒りを覚えた。


「お従姉ねえさま。こちらはどなたですのご紹介して頂けませんか?」

「…ええ、こちらは宮廷貴族エポワス子爵家のご令嬢でレギナ様よ」

「初めましてレギナ・エポワス子爵令嬢様。本年より一年生として入学を許されました、リール州カンボゾーラ子爵家のセイラと申します」

 そう言ってカーテシーをする。

「カンボゾーラ子爵家? 聞かない家名ね。どうせ田舎領地なんでしょうね」


 私は彼女の言葉に反応する事無くクロエに問いかける。

「クロエお従姉ねえさま。やはり領地を持たない宮廷貴族は領主間のマナーや礼儀が出来ないものなのでしょうか」

 一瞬で私以外の全員の顔が凍り付いた。

 クロエは真っ青になり棒立ちになっている。

 反対にレギナ・エポワス子爵令嬢の顔は朱に染まった。


 しばらく口をパクパクしていたが、私を睨みつけてやっと口を開いた。

「あなた今何を仰ったの!? ご自分が何を言ったかご理解できていいらっしゃるの?」

「内輪の話しで御座います。ご存じない方に年下の者が答礼やらカーテシーの姿勢やらお教えするのは僭越ですのでお聞き流し下されば宜しいかと思います」


「ふざけないで! レギナ様になんてことを!」

「レギナ様をバカにしていらっしゃるの! それは初級三学で落第しかけたけれどどうにかなりましたのよ」

「そうですわ。上級四科も多額のご寄付で余裕なのですわ」

 取り巻きの令嬢が怒鳴り散らす。

「そうですわクロエ・カマンベール様。貴女 成績が良いからって、調子に乗っていません事。片田舎の貧乏男爵ごときが」

 ああこいつらクロエにコンプレックスを持っているんだ。頭も悪そうだし恐れるほどの事も無いだろう。


「あら、宮廷貴族と言っても位階の下の方はご存じないようですねクロエお従姉ねえさま。ご実家が陞爵なされた事をお教えして差し上げたら」

「陞爵? いったいどういう事ですの。たかだか田舎男爵が…」

 本当に知らないようだ。ネットもテレビも無いこの世界では情報伝達の速度なんてしれている。

 領主間ならともかく、貴族の人事案件など興味のない者にはなかなか伝わる物でもない。


「男爵では御座いません。カマンベール家は子爵です。陞爵したと申し上げたはずです。…難しい言葉を使い失礼いたしました。陞爵とはどういう意味か、ご説明致しましょうか?」

「結構よ! 口を開くたびに癇に障る事を言う娘ね。クロエさん、あなた後輩に何を教えているの」

「クロエお従姉ねえさまからは一般常識や領主貴族の矜持を教えて頂いておりますわ」


「キー! 貧乏田舎貴族風情が! 誰に取入ったか知らないけれど、なけなしの財産でも使って成り上がったのでしょう。せいぜい家格に見合わない事をして笑われないように気を付けるのね」

「メイドも雇えず、折角貯めた金で買った爵位ならせいぜい大切にするのね」

「もしかしてご家族の誰かを妾にでも売って成り上がったのでは無くて。オホホホ」

 最後の言葉に切れた私は、殴り飛ばそうと一歩前に出だ。


 ”パシッ”

 それより早くクロエの平手が悪態をついた令嬢の頬を張っていた。

「貧乏なのも田舎者なのも否定致しません! でも私の家族を侮辱する様な言葉は誰であろうと許しません。我が家はこれまでもこれからも後ろ指をさされるような行いは絶対に致しません」


 クロエのあまりの剣幕にレギナ・エポワス子爵令嬢とその取り巻きは青い顔をして立ち尽くしている。

 頬を打たれた令嬢は涙目になりながらほほを抑えて辛うじて言い返した。

「フン、なによ。陞爵して子爵になったからって下の者に手を出すなんて。なんて野蛮なの」

 その言葉で我に返った取り巻きの令嬢も口を開く。

「そうよね。こんな野蛮な領主だと領民もかわいそうね」

「我が家は領民と共にあります。領民を苦しめる者がいるなら爵位に関係なく戦います。カマンベール領は領民と共に栄えるのです」


 私は頬を打たれた令嬢に詰め寄ると彼女の顔を両手で掴んで顔を近づけて言った。

「カマンベール子爵家は領民と共に戦ってライオル伯爵家を廃嫡して爵位と領地を得たのですよ。帰ってご家族に聞いてごらんなさい」

 私の殺気をはらんだ目を見て彼女はコクコクと頷くと後ずさりする。

「この暴力沙汰は問題よ! 殴られた証拠もあるわ。医務室に参りましょうみなさん。クロエ・カマンベールそしてセイラ・カンボゾーラ! 覚悟しておきなさい! いい気にならない事ね」

 レギナ・エポワス子爵令嬢たちはそう言い残して去って行った。

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