一年 前期

第1話 入寮

新章開始

これからは、『ラスプリ』のキャラが絡んで後半戦スタートです。


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【1】

 入学式二週間前の貴族寮は閑散としていた。

 上級性は大半が自領か王都の領館に帰っている。そして入学式が終わるまで帰ってこない。

 新入生も予科から上がって来るので、入学式の直前にならないと引っ越してこない。

 だから貴族寮に居るのは私の様に予科に行っていない者か、事情が有って実家に戻れない者くらいだ。


 貴族寮は下級貴族と上級貴族に分かれ、一部の伯爵家と子爵以下の貴族は下級貴族寮だ。

 一人一室。寝室と厨房付きの小さな応接、そして部屋付きメイドの控室で構成されている。

 複数のメイドを抱える小貴族寮の貴族は、別に使用人寮を借りてメイドを住まわせている。

 私はそこまで贅沢をする心算もないしメイドは一人で十分だ。…増やせば際限なくやってきそうでその方が怖い。


 クローゼットやベットは備え付け。

 下級貴族寮で悪目立ちしたくないのでテーブルやチェストはライトスミス木工所の組み立てタイプの既製品を送ってもらった。

 派手で高価な飾り板は辞退したが、目立たないところにもとても手の込んだ意匠の飾り板が取り付けられている。この仕上げはグレッグ兄さんの仕事だろう。

 王都の支店が運び込んで据え付けたそうだが、クローゼットやベッドはおろか厨房やメイドの控室の家具にまでライトスミス木工所特製の飾り板が取り付けられている。

 これは親心なのだろうか? それとも宣伝に使えという事なのだろうか? 多分後者だろう。


 後は応接に雑然と積み上げられている荷物の梱包を解いて片付けるだけだ。

「何か手荒に放り込まれたようですね。せっかくの茶器が破損したりしていないでしょうか?」

 ウルヴァが食器の箱の梱包を解きながらぼやいている。

「本当に王都の運送屋は仕事が雑ね。ライトスミス商会でこんな雑な仕事をする者なんていないものね」

 そう言いつつ私も梱包を解いて衣類をクローゼットに片付けていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「あの…セイラ様、いらっしゃいますか?」

 ウルヴァがドアを開くとオドオドとした顔でクロエ・カマンベールが顔をのぞかせた。

「何かお手伝いが出来る事が有ればと…。ルーシー叔母様には色々とお世話に…いえ、あの、わざわざライトスミス商会を通して家具まで送って頂いて。…まあ可愛らしいお部屋ですね」


 クロエとは始めて会ったが、腰の低い目立たない人で印象が薄い。実兄のルカさんとは真逆のタイプだ。

 私の手伝いにメイドを寄越さず本人が直接来るなど普通の貴族はやらない。

 案の定廊下の向こうから足音がして、誰かが急いでくる気配がする。

「お嬢様! いけません、それはメイドの私に命じて下さい」

 クロエの部屋付きメイドはクオーネのセイラカフェで修行した子だったはずだからその辺りは教えられているのだろう。

 慌てた顔で部屋の前まで来ると扉の前で一礼した。


「もう今までの男爵では無く、子爵になられたのですから雑事は私にお命じになってお茶でも召し上がって下さい」

「あらチェルシー、でもセイラ様もお手伝いしていらっしゃるじゃない」


「それはご自分のお持物だからですわ」

 メイドのチェルシーの後ろから小柄な黒い影が出てきた。

「クロエお嬢様付きのメイドになりましたナデタと申しす。この度は御叙爵の御慶事、御祝福申し上げます。セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様」

 そう言ってよくカーテシーをするメイドは、私がよく見知った娘だった。


「セイラ様、自己紹介が遅れましたわ。私がクロエ・カマンベールと申します。セイラ様とは従姉になります。初めてお会いしましたけれど、ルーシー叔母様によく似てらっしゃいますわ」

 そういうあなたもルーシー義母上によく似てらっしゃいますよ。

「それから、こちらが部屋付きメイドのチェルシーで、その後ろが今度メイドに付いて下さったナデタさんです」

 自分のメイドに敬語やさん付けはやめた方が良い。他の貴族やメイドに舐められるから。まあナデタがシッカリ教育するでしょうけれど。


「始めまして、クロエ様。セイラ・カンボゾーラと申します。これからも従妹として末永くご教授賜りたくお願い致します。ウルヴァ、荷解きは一旦やめてお客様にお茶のご用意を。ちょうど茶器の片付けも済んだところですし」

 クロエに椅子を勧めて、ウルヴァにお茶の準備を命じた。

「そっそれでしたら、私がお手伝いを」

「おっお嬢様いけません」

 腰を上げかけるクロエを慌ててチェルシーが制止する。

 貧乏で長く一人で暮らしてきた弊害だろうが、この腰の低さは矯正しなければいけない。ナデタには頑張ってもらわなければ。


 ナデタがチェルシーとウルヴァを連れてお茶の入れ方を指導している。思い付きで飛び出したクロエを追って来たのにしっかりとお茶請けのスコーンを持ってきていた。

「クロエ様。下級生の分際で上級生のクロエ様に部屋に来ていただくなんて礼を失したことをしてすみませんでした。お詫びいたします」

 私の謝罪に狼狽してアワアワし始めている。


 そして真っ赤になって俯いた後、顔を上げて言った。

「出過ぎた真似をしてごめんなさい。隣の領地の上級生としてお気になさらずに頼って下さい。お力になりますわ」

「隣接領地の下級生として、従妹としてご指導をお願い致します」

私はそう言って頭を下げる。クロエはつられて頭を下げかけたけれどグッと踏みとどまって答えた。

「こちらこそ、頼りにしてくださって嬉しいわ」


 これで良いんでしょナデタ。

 さっきからクロエ様の後ろでお茶を入れながら、ずっと私にアイコンタクトを送り続けているナデタに小さく合図を出した。

「クロエお嬢様。私達が変わってお片付けのお手伝いを致します。お嬢様は上級生としてセイラ様に寮の御案内をして差し上げたら如何でしょうか」


「ええ、私からもぜひお願い致します。何しろ予科にも通っておりませんから王立学校の作法もルールも何一つ知らないのです。頼りに出来るのは従姉のクロエ様だけなのです」

「…えええっ。そんな私などでお役に立つなら説明させていただきますわ。それでは参りましょう」

 私たちは三人のメイドに送り出されて部屋を出た。

 すました顔のナデタを見ながら、声を出さずに口の形だけで用件を伝える。

『あ・と・で・へ・や・に・こ・い』

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