閑話4  お嬢様のお茶会(1)

【1】

 午後のお茶の時間は今まではアントルメティエやパティシエが作った物を置いて行くだけだったので、わたし共の口に入ることは滅多にありませんでした。

 それに作る者はいつもほぼ同じ焼き菓子の類で、クリームや蜂蜜や砂糖菓子を添えてはいてもほぼ同じ。

 わたし共には甘すぎて少々重たいお菓子ばかりです。

 甘いものの取り過ぎは、お嬢様にも良くありません。

 けれどザコさんのお茶請けは甘い料理でも、白パンですしジャムと季節の果物をあしらって砂糖を抑えたものです。

 そしてこれは、ファナお嬢様とわたくし共だけの秘密のレシピなのですがファナセイラ(ファナの夕べ)と名付けられた料理が有るのです。


 何でもザコさんが故郷のご友人とご相談なされて作ったもので、お嬢様はご自分の名前を冠した事でことのほか喜ばれました。

 ゴッダードブレッドの上にもう一枚パンを乗せただけの簡単なものですが、ザコさんは薄切りの白パンでフルーツと生クリームを挟み込んでデザートにしてしまったのです。


 もちろんハムやチーズ、卵やサーモンやニシンといった今までのゴッダードブレッドと同じ具材も使えます。

 ザコさんは色とりどりの野菜をふんだんに使って切り口を見せて並べる事で綺麗な見た目も演出します。

 洒落た名前と食べやすさでお嬢様のお気に入りとなり野菜や魚を食べる事が増えたせいか、ポッチャリだったお嬢様の体型がスリムになってお可愛らしさが増したように思います。


【2】

 月に一度くらいの頻度でセイラと手紙のやり取りをしている。

 世間話でも何でも良いから書いて寄越せ、お屋敷のパーティーにどこの貴族が来いたかとか王都の流行りや王宮の噂とかが知りたいって…。

 あいつ、大人びて見えても割とミーハーな女の子の一面も有るんだなぁと思う。

 まあそのついでにお屋敷での愚痴や相談事も書いて送ると的確にアドバイスを貰えるのは嬉しい。


 この間もお嬢様からセイラフランを所望されたが酒が使えなくて出来ずへそを曲げられたことを愚痴ったら代わりのアイディアをくれた。

 白パンにクリームとフルーツを挟んで出して見ろって、わざわざ絵まで入れて送ってきた。

 切り口を見せる事で見た目を良くする、セイラいわくそうだ。

 実際にお嬢様に作って見せると大喜びだった。


 この料理にはお嬢様の名前を入れて媚びておけと言うセイラの助言と王都に旅立つ時の子爵邸の料理長の言葉を合わせてファナセイラと名付けてみた。

 まあセイラの名は”夕べ”という意味だと誤魔化したけど。

 そうしたらお嬢様は鼻高々でしばらくはこの部屋だけの秘密のレシピにすると宣言した。

 なんでも自分の名前でお茶会を開くときにみんなを驚かせるとかのたまわれていた。


 それからはサーモンやらマリネやらハムと一緒に色とりどりの野菜を挟んでファナセイラにして出すことにした。

 ゴッダードブレッドほど華やかさは無いが、片手で摘まみやすく食べやすいのでいつの間にかお茶の時間はファナセイラばかりになってしまった。


 お嬢様も最近は味覚の嗜好が変わって来たのか、極端に甘いものを好まなくなりその分味付けにうるさくなった。

 その上味付けに注文を付けに厨房に出入りするようになってしまった。

 もともと味覚の鋭い人だから参考になるのだけれど邪魔で仕方がない。

 そしていつの間にか俺はお嬢様のおもり役を押し付けられて呼び名もダッドからザコに変わってしまった。

 …くそっ。


【3】

「お前手紙が書けるんだ…」

 リックが不思議そうに言う。

 俺は意味が分からずキョトンとしていた。

 だってそうだろう。

 字が読めれば書けるだろう。

 読めて書ければ手紙くらい誰だって書ける。

「あんただって字も読めるし書けるだろう、なんでだよ」

「読めて書けるけど、長い言葉は書けねえ。まあそれに送る相手が居ねえしな。…いや家族が居ねえんじゃねえぞ、みんな字が読めねえからな」


 そう言えばそうだ。俺だって一度だけ親父にマヨネーズの発注で手紙を書いた以外はセイラにばかり手紙を送っている。

 家族からは手紙なんぞ来たことが無い。

 近況は全部セイラの手紙で読んでいるだけだ。

「俺の実家はゴッダードで料理屋をやってるんで王都の流行りを教えたりアドバイスを貰ったりしてるんだ」

 さすがにセイラの事は恥ずかしくて言えない。


「そう言えばお前しょっちゅう何か書いてやがるなあ」

「あれは調理場の仕事の手順とかを書いてるんだ。なんでもSOPとか言うらしいけど。ゴッダードで働いてる時に色々教えてもらったんだ」

「そんなもん覚えときゃあいいだろうが」

「書いた方がよく覚えられるし、忘れても見直せるから便利なんだ。特にあまりやらない仕事とか」

 まあそれだけじゃないけどもな。

 シェフやソーシエ、パティシエなんかがどんな事をしてるかとか、盗み見たレシピも全部書きつけてるし、侯爵家の全員の味の好みも食べ残しの量やなんかでだいたい記録してるしな。


「なあザコ。俺にもそのSOPとか言う奴の書き方を教えてくれねえか。読み書きはどうにかできるけど難しい事は書けねえ。だから同期なのに他の三人より下に見られる。ろくに仕事もできない奴らに田舎者だとバカにされる。みかえしてやりてえんだ。この間みたいにあいつらの悪さをなすり付けられるのはごめんだ」

 判るぜリック。

 あんたがその気なら俺がセイラに叩き込まれたことをキッチリ教えてやるよ。

「リックがやる気ならSOPの書き方なんて簡単だ。いくらでも教えてやるよ。見返すなんてつまんない事考えずに一人前の料理人になる為にな。あいつ等なんてほってたってそのうち居なくなるさ。仕事が出来ないんだから」

 その日からリックとの勉強会が俺の日課に追加された。


【4】

 そろそろこのお屋敷に来てかれこれ一年が経とうとしていた。

 ファナお嬢様の二つ上のイオアナ様が聖年式を祝ってお茶会を開くと言う。

 侯爵様夫妻もお嬢様方の社交の練習にと乗り気で、次女のファナお嬢様と長女のイオアナ様そして次男のファン様に加えその御友人たちを招いてのお茶会になった。

 イオアナ様は料理長に色々と無理を言ってパティシエを専属に借り受けてメニューを指示している様だ。

 王立学校に通われているファン様は使用人に指示して王都の有名ブランジェリーに何やら手配させている様だ。

 イオアナ様からもファン様からもメイド頭を通してマヨネーズを調達するように俺に命令が下された。


 もちろんファナお嬢様はやる気満々で何か企んでいるようだったが、ついにそのトバッチリが俺の所に回ってきた。

「ザコ! わたしの振舞うテーブルは、あなたがしっかり用意するのだわ。オホホホホ、このお茶会でファナセイラをお披露目してお姉さまを悔しがらせてやるのだわ」

 高笑いしながら去って行くファナお嬢様を呆然と見送る俺にお嬢様付きのメイド頭、ジェーンさんが声を掛けてきた。

「大丈夫ですよ。スイーツもスナックもファナセイラならどちらでも作れるでしょう。わたくし共もご助力いたしますから」

 メイドさんは協力してくれるようだけどやれるのか? 俺…。


 食材は貯蔵庫にある物は使わせてもらえる。

 その上ジェーンさんの口添えでリックが手伝ってくれる事に成った。

 ジェーンさんはブーランジェから白パンとクレープを提供してもらえるように話までつけてくれた。

 ウチのブーランジェはファン様が外のブランジェリーを手配した事に腹を立てている様で俺に協力的だ。

 ただ見習いに調理場の設備は使わせて貰えない。

 オーブンはもちろんコンロもだ。

 使えるのは給湯室のコンロと厨房の食器だけだ。

 その上今回は料理長に頼み込んだが蒸留酒を使う許可が出なかった。

 どうもパティシエが俺に酒を使わせることに難色を示したらしい。

 …誰かに何やら吹き込まれたような。

 そして格上三人組は志願してパティシエの手伝いに回ったけどね。


【5】

 イオアナ様もファン様もゴッダードブレッドのアレンジを入れてくるようだ。

 何故ならファナお嬢様がたびたび俺に造らせたゴッダードブレッドを二人に見せびらかしに出向いているからだ。

 いつも二人の目の前で二つ下の妹君と二人で食べて兄姉に歯噛みさせている。

 そう、見せびらかすだけで絶対二人には分けてやらないんだよあのお嬢様は…。


 だからいつものゴッダードブレッドじゃあインパクトが無い。

 もちろん多種多様なファナセイラで、侯爵夫妻や付き添いの大人たちの目を引き付ける自信はある。

 給湯室のコンロでは揚げ物を大量に作るのは無理だ。

 今回は燻製やマリネに加えて、鴨肉の蒸し煮込みを使う事にする。

 蒸した鴨肉をポルト酒とバルサミコ酢とワインで漬け込んだ物をパンに挟もう。

 スイーツはもちろんフルーツとクリームとジャムのファナセイラだ。

 そもそもクレープを用意したのはセイラフランを出すためだったが酒が無ければ無理だ。

 それに屋内で人が多い場所では危険なので諦める事にした。


 でもこれだけではまだ足りない。

 ファナセイラは手軽で多種多様、味も問題ないのだが見た目が少し地味だ。

 セイラフランは侯爵夫妻も知っている手法だし、用意できる酒も無く材料の種類も少ないのでゴーダー家のお茶会の様にはゆかない。

 出来ればケーキかタルトが欲しいが俺には無理だしパティシエからも回ってこない。

 俺はパティシエに嫌われている様だ。

 悩んでいるとセイラから手紙が来た。

 この間お茶会の事を知らせたらその返事だ。

 新しいスイーツレシピの提案だった。


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