第40話 行く末に幸有らんことを
【1】
一月後にウィキンズは聖年式を行い正式に騎士見習いとして騎士団に入団する。
それまでの間も毎日、朝の数刻はチョーク工房とマヨネーズ販売店で子供達への引継ぎと指導を行い、その後は騎士団でボウマンさんの従者を務め、訓練の時間はエリン隊長自ら剣術指導を受けていた。
本人が言うには体術はともかく剣術は経験が無いので一からの指導を受けなければならないらしい。
それでも柔道の練習で学んだ摺り足や間合いや見切りは役に立ったようで筋はいいと褒められたそうだ。
私は剣道の経験は無いのでこれといったアドバイスは出来ないがウィキンズなら自分で道を見つけて行くだろう。
聖年式を迎えて挨拶に来たウィキンズの顔を見てそう思った。
ウィキンズは宿舎暮らしになるから気軽に会えないけれど何かあったら練兵場に会いに来てくれと言い残して去っていった。
ジャックはジャクリーンさんに連れられてこれから冒険者ギルドに登録に行くそうだ。
正式に七級冒険者の登録を受けてジャクリーンさんとクエストに行くと告げられた。
初めはつまらない薬草採取だと不満げに口にしてジャクリーンさんに小突かれていたけれど、真新しい革の胸当てと大振りのナイフをこれ見よがしに見せびらかして行った。
ポールは驚いたことに聖堂騎士の見習いとして入隊した。
今回の事件で教導騎士の多くが逮捕され手薄になった司祭たちの警護に警備騎士団が設置されたあおりで、聖教会の警護を行う聖堂騎士が不足したそうなのだ。
ポールの父は武具の修理を生業にしている小さな工房の雇われ職人で、てっきり父の仕事を手伝って武具職人に成るのだろうと勝手に思っていた。
ポールにはパブロやパウロの他にまだ二人の兄がいる。
父親の勤める工房の仕事だけでは生活が苦しいそうだ。
幸いポールは読み書きも算術もできるので、父の仕事の伝手で聖堂騎士に入隊する事が出来たとポールの父親から感謝された。
そしてピエールである。
彼に関しては、それ以前にハッキリさせなければならない事実がある。
私はヘッケル聖導師からそれとなくアルビドさんの事を尋ねてみた。
「面識もないので気になるのはもっともな話です。」
そして色々と話してくれた。
前衛職としてはとても腕の立つ戦士で、パーティー解散後もソロの冒険者として王都のギルドで活躍していたと教えてくれた。
戦闘に対して指揮能力も高く、リーダーのディエゴさんの補佐として後衛のヘッケルさんをカバーしてくれたと言う。
しかし私の聞きたいのは人間性や私生活の話だ。
いろいろ世間話を交えて聞き出したところ、結構な酒飲みではあるらしい。
酒で仕事をしくじった事は無いが、クエスト後は酔いつぶれて翌日はいつも二日酔いだったとか。
情に脆くお人好しで何度か女性に騙されて儲けを掠め取られたこともあったそうだが、悪い人ではないそうだ。
好意を向ける女性も割と居たそうだが明日はどうなるか分からない仕事柄、女性に深入りすることは無く浮いた噂は聞いたことが無いとも言っていた。
一応その話をピエールに告げたところ、彼はホッとした様子で私に状況を話してくれた。
彼の母のピエレットさんは割とアルビドさんに入れ込んでいるらしい。
アルビドさんの仲間でピエレットさんの友達でもあったジャクリーンさんも後押しをしている様で、ジャクリーンさんは根無し草のアルビドさんをピエレットさんにくっ付けてしまいたい様なのだ。
ピエールも聖年式が行われる頃までには家を出るつもりだったからちょうど良いと私に告げた。
どこに行くのか聞くと聖教会に入ると告げられた。
ドミニク聖導女に以前から声をかけられていたらしく、修道士見習いになって学問と魔術も指導を受けたいとお願いした様だ。
幸い新しく赴任してきたヘッケル修道士は魔導士でもある。
彼の下について指導を受けると言った。
そして聖教会もこの一月で大きく変わっていった。
新しい司祭長が赴任して、ヘッケル聖導師は司祭としてその補佐に着くことになった。
また新たに若い聖導女と聖導師も一人づつ着任し、入れ替わりでドミニク聖導女は女性司祭として闇の聖女様のいる教区へ赴任していった。
これまでの司祭の謁見室が聖教会全体の謁見室に改装され、無駄に大きかった司祭長の謁見の間は聖教会教室になった。
なんでもこの大きな謁見室は司祭長が町の有力者と会う為だけに使用された教導派の権力の象徴のような場所であったらしい。
今までも聖教会の儀式は司祭の謁見室で全て執り行われた居たので私たちには何も変わることが無い。
そしてミカエラさんが教室の講師として、聖教会に雇われ読み書きと四則演算、そして望む子供には会計士としての基礎教育を教える事に成った。
ミゲルとマイケルとミシェルはもちろんの事であるが、ルイスとルイーズも通い始めた。
更に聖教会の裏には仮設ではあるがチョーク工房が作られた。
今までの木工所の空き地に有った工房の三倍近い広さが有る。
私の工房に来ていた子供達も皆聖教会の工房に移った。
そして救貧院の仕事場も新しいチョーク工房に移された。
砕石の利権を持っていた商家とは少し揉めたようだが、教導派が掠め取っていた利益はかなり大きくその商家も作業工場を変えたところで大きな損にはならないため諦めたそうだ。
そして私の生活も大きく変わった。
エマ姉とエドは木工所の事務所に残った。
お母様の指導の下で私と三人でチョーク販売とマヨネーズ販売の利益管理を行っている。
秋が来てまた新しい一年が始まる。
私の運命もまた新しく動き出す。
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