閑話5  お嬢様のお茶会(2)

【6】

 子供のお茶会とは言うもののさすがはロックフォール侯爵家だ。

 公爵家のご子息とご令嬢。宰相を務める伯爵家のご子息と宮廷魔術師長のご子息。

 その上ロックフォール家の寄り子の貴族も来ている。

 付き添いの親たちも含めるとちょっとした人数になる。

 どれも俺からすれば雲の上の人たちだ。


 お屋敷のホールを使ってのお茶会である。

 イオアナ様のテーブルにはパティシエ渾身のスイーツが準備されている。

 中央に大きなケーキが、そして周りにはタルトやパイなどのプチフールがあしらわれている。

 そしてスナックはやはりゴッダードブレッドだ。

 ファン様は普通のゴッダードブレッドに加え、砂糖菓子の飾り付けにナッツやドライフルーツを生地に練り込んだパンにジャムやクリームを乗せたゴッダードブレッド風のスイーツを作らせたようだ。


「オホホホホ。御覧なさいお姉様お兄様。これがわたしの新作料理、名付けてファナセイラなのだわ」

 四角と三角に切り分けたファナセイラの大皿が並んでいる。

「まあ、これはゴッダードブレッドより上品ですわねえ」

 奥様には気に入っていただけた様だ。

 見た目の派手さは無いが、切り分けて並べた色合いはシンプルで美しいと侯爵様も仰った。


 新作料理と言う事も有り大人の、特にご婦人方に手が汚れない、具材がこぼれ難いと好評だった。

「でも華やかさに欠けるはねえ。創作者に似て花が無いのはいただけなかしら」

 公爵令嬢は両手にフルーツとクリームのファナセイラを掴んで食べながらのたまう。

「清楚で上品が大人の女性の有り様なのだわ。わたしはもう大人なので品よくいただけるこのメニューを考えたのだわ」

 こちらも両手にジャムとフルーツのファナセイラを持っての嫌みの応酬である。


 スイーツからスナック迄ファナセイラで統一しているのはお客様方の注目を集め好評であったのだが、ファナお嬢様が兄君姉君の挑発に赴くため身内からのいらぬヘイト迄集めてしまっている。


 格上先輩方三人は忌々しげに此方を見ているが、パティシエは余裕の表情である。

 まあスウィーツではパティシエの準備したものに歯が立たない。

 プチフールは子供達には大好評だ。

 イオアナ様のメイド頭のがファナお嬢様のメイド頭のに何やら小声で話ている。


「ファナお嬢様はクレープを沢山ご準備されたようだけどお使いにならないのかしら?」

「ファナお嬢様はザコさんとナニやらご相談されていらしたのでお考えが有るのでしょう」

「イオアナお嬢様のお手伝いの方々も何やら準備されているようですわよ。あのお三人は王都の貴族家の料理人のご子息方なので”ザコさんとは出来が違う”とか、えらく息巻いて申してましたわよ」

 格上先輩方はイオアナ様に売り込みをかけたようだ。


「取り皿が足りない!」

 大皿のケーキを切り分けながらパティシエの叱責が飛んだ。

 格上先輩方はスナックやプチフールを入れる小皿とは別にメインのケーキを切り分ける皿を用意していなかったのだ。

「直ぐ取ってまいります」

 一人が厨房に走る。


 クリスタルの小皿を抱えて戻ってきたその一人に又パティシエの叱責が飛ぶ。

「馬鹿者! こういう場合は陶器の小皿だろうが」

「陶器の皿が見つからなかったもので…。きっとザコが隠したんです」

「見つからぬわけが有るか! 私がこちらに来る時小皿専用の棚にたっぷりと入っていたのを確認しているわ!」

「小皿専用の棚なんて知らないです」

 パティシエはそう言う彼に怒りの眼を向けながら、ケーキをクリスタルの小皿に取り分けて行く。


【7】

 さあ我々もメインのデザートだ。

 大きなクロッシュを被った皿が四つワゴンの上に乗っている。

 もう一つのワゴンには多種多様なのフルーツソースやジャムを並べている。

 俺とリックがそのワゴンを押して会場に入って行くと、それを契機にファナお嬢様がホールの演台に上がっていった。


 今日の見せ場はファナお嬢様とリックに譲る。

「オホホホホ、皆さま今日はわたしの新作デザートのお披露目なのだわ」

 その言葉にあわせてリックがクロッシュの乗っているワゴンを押してお嬢様の横に並ぶ。

「さあ見るのだわ。わたしの作らせた新作デザートを!」

 リックがクロッシュを取って中の皿を示しつつお披露目を行う。

「名前はファナクレープ。クレープを使った新作スウィーツで御座います」

 そう言ってリックが一礼する。


「ほう、ずいぶんと分厚いがクレープなのかね」

 侯爵様が覗き込み興味深げに言う。

「何かをクレープで包んでいるのかしら?」

「ただの大きなクレープにしか見えないかしらぁ。ホホホホ、誰かに似て華の無い事なのかしら」

「花はわたしが咲かせてあげるのだわ。リック、切り分けなさい。そして今日の主賓のお姉さまに一番に召し上がっていただきましょう。そしてザコ、イオアナお姉さまの為にのコンポートで飾って差し上げて」


 リックが切り分けて小皿に乗せて行く。

 切り分けられた断面はクリームとクレープが積み重なった幾重にも重なる美しい断層を見せている。

 ファナクレープ、セイラがミールクレープとか言う名前で手紙に書いてきた秘策レシピだ。

 俺はそれにフルーツコンポートやフルーツソースで飾るアレンジを考えて今回のメニューに加えた。


 ファナお嬢様がとえらく強調して言ったので、イオアナ様用にペアーのコンポートを乗せてマンダリンのフルーツソースをあしらった皿をに手渡した。

「イオアナお姉様聖年式おめでとうなのだわ。それでは皆様、お好きなトッピングをお楽しみいただきたいのだわ」


 ファナお嬢様の挨拶が済むと公爵令嬢が一番に俺の所にやってきて言う。

「桃のコンポートにイチジクのジャムをお乗せなさい。ベリーのフルーツソースをかけて、このチェリーの砂糖漬けも添えるのよ。それからフランボワーズをあしらってちょうだい。華やかさが無ければいけないかしら」

 公爵令嬢は金髪の縦ロールを華麗に払うと俺の手元を斜め上から見下ろして言った。


「おやまあ。派手に並べれば良いと思っているのかしら。オホホホホ、それこそ幼稚な考えなのだわ」

 公爵令嬢が俺とファナお嬢様をキッと睨むと、小皿を引っ手繰ひったくって去っていった。

 ファナお嬢様、頼むから余計なヘイトを集めないでくれ。

 …巻き添えを食うのはごめんだよう。


 フルーツやソースで好みの味のリクエストに応える方法は、大人たちに好評で俺とリックは対応に大忙しだった。

 その為に、険しい顔のパティシエに何か話しかけて、コソコソと動き回っている格上三人組の怪しい行動に気が付かなかった。

 俺が気付いた時には格上の一人がクレープとカルヴァドスの乗ったワゴンを押して部屋に入ってくる途中だった。

 何をしようとしているかは一目瞭然だった。


【8】

 室内で、それもこんなに人の多い場所でセイラフランは危険だ。

「待ってくれ! 先輩、それはいけない! 危ないからやめてくれー」

 格上のもう一人が俺の両肩をつかんで押し留める。

「おいザコ! セイラフランだか何だか知らないがお前だけができると思うなよ。ただ酒を注いで火をつけただけじゃないか。そんな誰にでも出来るような事で粋がりやがって」


 もう一人がワゴンを押しながら言う。

「ふざけんなザコ! ファナお嬢様に気に入られたからってこの程度の事誰だってできるんだ。お前ひとりが独占しようなんておこがましいんだよ」

「お前はそこで見て居ろ! 下っ端の田舎者の癖しやがって」

 肩をつかんでいた先輩がそう吐き捨てると俺を勢いよく突き飛ばした。

 俺は止めて貰おうとパティシエを見上げるが彼は俺を見下ろしてフンと鼻で嗤った。


「さあ始めるぞ。今日は私がイオアナお嬢様のために用意した特製のフルーツソースでございます。今が旬のオレンジとレモンをふんだんに使いました」

 パティシエが火魔法でソースを温める。

 これは香り付けでラム酒を使っている。

 ラム酒のアルコールが揮発している。

「パティシエ危険です!」


「そうねパティシエ。のだから止めた方が良いのだわ」

「ファナ! 出しゃばらないでいただけるかしら。わたくしの聖年式の催しにパティシエが用意したものなのだからあなたがでしゃばるのは不遜だわ」

「お姉さま忠告はしたのだわ。何かあってもザコには責任はないのだわ。さあザコさっさとファナクレープのとりわけを続けるのだわ」

 ファナお嬢様は俺をせっついてファナクレープのテーブルに戻らせた。


 テーブルに戻るとリックが俺に言う。

「お前はお人よしだ。あいつらが成功しようが失敗しようが知ったことじゃないだろう。ほっときゃいいんだよ」

「まあせっかくの聖年式でお姉さまが無様を晒すのも可哀想なのだわ。本当にお気の毒なのだわ、オホホホホホホ」

 ファナお嬢様はいたく嬉しそうにそう言った。

 …ぜってー失敗しろって思っている顔だ。


 主催のイオアナお嬢様とファン様、侯爵夫妻、ファナお嬢様は辞退したので公爵ご子息ご令嬢と宰相と宮廷魔術師長のご子息にたっぷりとカルヴァドスのかかった皿が回された。

 アルコールの香りがここまで漂ってくる。

「ぜってー危ない」

「わたしの忠告を無視したのだわ。ほっておくと良いのだわ」

 侯爵夫妻にはパティシエが、ほかの六人はそれぞれ格上三人組がついている。

 四人が一斉に火魔法を放った。

 ボン!

 乾いた音がして一瞬テーブルの周りが丸い炎で覆われた。

 そして部屋中一杯にリンゴの香りが漂った中で次々に悲鳴が上がった。


 侯爵夫人を庇った侯爵様のジャケットの背に炎が走っている。

 慌てたパティシエが侯爵の背中の炎をナプキンではたいて消した。

 ほかのテーブルでも同様だ。

 公爵家の兄妹君のテーブルでも宰相様と宮廷魔道師長様のご子息たちのテーブルでもクロスが青い炎に包まれていた。

 こちらは放っておいてもアルコールが切れると消えるだろうが格上二人がパニックになりテーブルに水差しの水をぶっかけてしまった。


「キャー!」

 悲惨なのはイオアナ様であった。

 皿に近付きすぎたイオアナ様の前髪に炎が引火したのだ。

 慌てた格上先輩はイオアナ様の顔に水差しの水をぶっかけた。

 イオアナ様は前髪を焦がした上に濡れネズミになってしまった。

 悲鳴に続いてイオアナお嬢様の嗚咽が部屋中に響いた。


「パティシエ! これは一体どういうことだ。妹がこんなオモシロ…ゲフン、ゲフン、大変なことになってしまったではないか」

 ファン様、深刻そうな顔をしても目が完全に笑ってますよ。

「ブッフ、そうなのだわ。お姉さまに火をつけたお前たちは今後のことを少し考えたほうが良いのだわ、ブッホホホホ」

 ファナお嬢様、笑いを隠す気すらないよね。

 …本当にこの兄妹は、少しイオアナ様が気の毒になってきた。


「違う、違うんです。これは俺たちにちゃんと教えなかったザコが悪い! ザコのせいなんだ!」

「ザコはあなた方に忠告していたのだわ。ちゃんと止めたのを聞かなかったあなたたちが悪いのだわ」

「ザコがもっと言っていたら、初めからちゃんと教えてもらっていればこんな事は無かった。イオアナ様がああ仰ったからやったんだ」

「あらまあ、今度はお姉さまを悪者にするの? あなた達そもそもザコに教えてくれるように頼んだのかしら? ザコは頼まれればきっと教えたのだわ。わたしの許可をもらいにいつも来るのだから」


「ええ、そうで御座います。わたくし共はザコ様からセイラフランの手順をお教え頂きましたわ」

 そう答えたのはだった。

 後ろでがコクコクと頷いている。

「パティシエ助手のティアはザコに教えて欲しいと申し出たのでそれも許可したのだわ。だから今日のわたしのフルーツソースとコンポートを仕込んだのはティアなのだわ」

 その会話で状況を察した侯爵様が進み出てパティシエと格上三人組に一言告げる。

「後で連絡するからお前たちは下がれ!」


 騒ぎの後、イオアナお嬢様が着替えを済ましてお茶会は続けられたが以降は盛り上がりを欠いた結果になった。

 翌日聞かされたのは格上先輩三人は実家に帰されて、パティシエは自主的に退職した…らしい。

 パティシエの後任は助手だったティアさんが就くことになった。

 この人は女性だという事で割と冷遇されていた様なのでそれはそれで良かったと思うのだが。


 …でも俺は知ってるんだ。

 ファン様とイオアナ様のメイド頭が前のパティシエを煽っていたことを、それにファナ様のメイド頭たち三人も格上三人組にいろいろ当てつけを言っていたことも。

 もちろんメイドさんたちは俺の事を庇ってくれていたのだけれど、どうもファナお嬢様の思惑にあのパティシエたち四人が乗せられたように思う。

 ……女ってこえー。


 ちなみにこの屋敷ではメイド頭は皆ジェーン、メイドはメアリー、メイド見習いはベッキーて呼ばれるんだよね。

 メイドの名前を覚えるのが面倒なんだって。

 それもひどい話だと思うけど。

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