第134話 夏至祭の準備
【1】
「ジョン・ラップランド殿下は、幾何の討論会を開くそうですよ。大講堂を借りて数学理論の発表をするとか。僕たちも討論に参加する様に要請されました。それにセイラ様も絶対に呼んで来いと厳命されおりまして…」
ゴッドフリートが上目遣いにこちらを見ながら話しかけてきた。
「殿下が私に声を掛けるなんて珍しいわね。幾何理論ならゴッドフリートやアイザックの方が私より優秀だと思うわよ。あなた方が出るのに何故私まで?」
「殿下はクラス分けの試験の時にセイラ様に負けたのが悔しかったようで、聴衆の面前でセイラ様を論破してやりたいと…」
「聴衆の面前? 幾何の討論会でしょう。なぜ聴衆が居るの?」
「夏至祭の企画のようです。国の測量官や財務官なども呼んで聖教会の研究者も聞きに来るとか。それにジャンヌ様をお誘いしたらセイラ様が行くならばと仰ったとか」
なんだよそれは、結局人前でジャンヌに良い恰好したい為じゃないか。
「はーーー、仕方ないわね。でも聖教会の研究者が来るなら逃げられないわよね。因縁付けられたらキッチリと論破してやりましょう。ルネ・クレイルやブレーズ・ベームたちBクラスの子達にも声を掛けてニワンゴ師の理論を知らしめましょう!」
「「ハイー!」」
イアン・フラミンゴは教室を借りて上級政務官を招いて講演会を行うそうだ。
イヴァン・ストロガノフたち近衛騎士は、闘技場でトーナメントが有り剣術試合に参加すると息巻いていた。ついでに私の名前で勝手に剣術トーナメントの申込書を作ってサインを貰いに来たので目の前で引き裂いて投げ返してやった。
ヨハン・シュトレーゼは宮廷魔導士を目指す数人の生徒(…一般に子分とか取り巻きと言う奴ら)と一緒に広域戦闘魔術のデモンストレーションを行うそうだ。
一体何が行われようとしているのかと言うと王立学校の夏至祭の企画である。
月が開けると夏至祭の準備が始まる。
この国で冬至祭と並ぶ一大行事だが王立学校の夏至祭はチョット意味合いが違う。
夏至祭が終わると七月。
もう三年生は卒業だ。八月の夏休暇が明けると私たちが二年生になる。
夏至祭は今後の進路を決める三年生のアピールのための祭典だ。
夏至を挟んで前後の三日間、王立学校は一般に開放される。
王族や貴族の当主やその関係者、各地の騎士団の幹部、国の各省庁の幹部に大手商会の商会主やらが入り乱れて来訪する。
三年生はその技量や三年間の勉学成果を個人で、又グループで、来賓にアピールする。特に平民寮の生徒はここで将来の出世に繋がる人脈にアピールし、就職先を決定する一大イベントだ。
一年二年も例外ではない。
グループや個人でイベントを企画したり、研究成果をアピールする為の討論会を行ったりする。
所謂在校生の就職活動であるが、ただ学校でのノリは学園祭イベントである。
ファナは二日間男子平民寮の食堂を確保して、昼食を出すレストランを開設する手はずを整えている。
南部出身の平民男女を使って、コック、フットマン、メイドといった業務の習熟度を見せハバリー亭やサロン・ド・ヨアンナにスカウトさせる…自作自演、完全にステマである。
この企画の発表から南部に限らず平民寮から参加希望者が集まり、ロックフォール侯爵家は平民の味方というイメージが出来つつある。
学校内でのロックフォール侯爵家の評価は爆上がりだ。
「サロン・ド・ヨアンナの模擬店を出しても良いのだけれど、ファナと同じことをするのは癪に障るかしら」
私とエマ姉はヨアンナに呼び出されて上級貴族寮の彼女の部屋にいる。
「他の方々は、普通は上級貴族のご令嬢は何をなさるのでしょうか?」
「貴族令嬢がアピールするのは当然、美食と美容とファッションなのかしら。所謂自画自賛…、お金と権力でどれだけ着飾って美食と美容で自分を飾ったかだけなのかしら」
「…それを自慢するために何をなさるのでしょう?」
「当然パーティーよね。上級貴族令嬢は昼食会、お茶会、ディナーパーティーと宴会尽くしなのかしら。取り敢えず私も三日目の午後に下級貴族寮のエントランスと食堂は押さえてあるかしら」
「そう言えばアントワネット・シェブリ伯爵令嬢は初日から二日間、学生食堂を押さえてお茶会とディナーパーティーをユリシア・マンスールやクラウディア・ショームやジョバンニ・ペスカトーレに主催させるそうですわ…招待客を集めて無料で。あの規模では随分と持ち出しに成ると思うんだけど、食材を売り込めないかしら」
「南部の食材なんてアントワネットが意地でも買わないわね。私たちならお茶会でもディナーでも、味もサービスも絶対負けないけれどね。比較されるのが嫌で初日に持ってきたのかしら」
「ファナ様の食堂が初日と二日目だから、絶対勝てないと思うの。お金を払っても食べたいと思わせる料理を出すと思うから」
「サロン・ド・ヨアンナも負けないかしら。お金を払っても満足できるサービスを提供できるかしら」
「食品関係ではファナ様には太刀打ちできないと思いますよ。フットマンやメイドの質ならこちらも負けませんが、味に関しては敵わないでしょう」
「そこは仕方ないかしら。そもそもの店のコンセプトが違うのだし、住み分けと言う事で良いかしら。でも、夏至祭では同じような店は二つは要らないわ。方向性を変えた方が良いかしら」
別に同じ派閥であえて潰し合う必要もないので、メイドやフットマンの候補は北西部諸州や西部の清貧派領地からも希望者を募る。
聖教会教室を出て王立学校に居る平民は、セイラカフェやサロン・ド・ヨアンナ出身の者も多いので即戦力だ。
初日と二日目の午後はファナの店を全面的にバックアップすることに決まった。
問題は最終日の午後のプランだ。
パーティーなどを開くのは問題外だ。なぜ私たちが来賓に金をつぎ込んで迄接待してやらねばならない。
かと言ってファナのレストランのバックアップに回るので、同じような店は出したくない。
何よりヨアンナが押さえているのは女子下級貴族寮のエントランスと食堂だ。
夏至祭の間、男子寮の食堂やお茶会室は女性も入る事が出来るが、女子寮はどんな場合でも男子禁制なのだ。
衛士も玄関外の詰め所に、コックは厨房から中には入れ無いので料理の運搬も食器の上げ下げも賄い婦が担当する。
唯一の例外が卒業式の夜会で、女子大貴族寮で開催される大舞踏会なのだ。
そんな訳でファナが男子平民寮を選んだのは誰でも入れて比較的長時間借りやすいからだろうが、良い選択である。
それならば女子下級貴族寮の食堂とエントランスは…、秋にファッションショーをやったな。
あれをもう一度ぶつけてみてはどうだろう。
「ヨアンナ様、又ファッションショーをやりましょうよ。卒業式の夜会に向けた新作ドレスの」
私のその言葉にヨアンナもエマ姉も眼が光った。
獲物を狙う猛獣の瞳が。
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