第80話 崩壊(2)

【3】

「これは、この大量の綿糸はどういうことだ? この綿生地はいったい何処で?」

「皆様、今日はハウザー王国で紡績された高級品の綿糸を大量にお持ち致しました。ハウザー産の最高級の綿花を使ってサンペドロ州の紡績工房が紡ぎあげた逸品で御座います」

「貴様! 我々の綿花を掠め取ったな!」

 いきり立つ商人たちは私に詰め寄ろうとするのを前に立ったアドルフィーネとリオニーがにらみを利かす。


「バカな事を。これは全てハウザー王国内で行われている事。ハウザー王国の民が自国内で採れた綿花を自国内でどう処理しようが他国の商人から文句を言われる謂れは御座いませんよね」

「それでもおかしい。こんなにも多量の綿糸をハウザー王国で紡げるはずがないではないか!」


「それこそこちらがお聞かせいただきたいですね。ハスラー聖公国で出来る事がなぜハウザー王国で出来ないと」

「当然ではないか! 我々には紡績機が有るがハウザー王国には無いではないか! お前たちが綿花を掠め取って北西部で加工したに違いないのだ!」

 リオニーとアドルフィーネに気圧されて近くによっては来ないが、商人たちから怒声が飛ぶ。


「何故そう思われるのですか? 紡績機なんていくらでも作れば設置できる」

「福恩派の聖教会がそんな事を許すはずが無いだろう」

「サンペドロ辺境伯は清貧派ですよ。当然サンペドロ州も村の聖教会の大半が清貧派ですが?」

「「「あっ!」」」

 彼らも気付いた様だ。当然起こり得る可能性に、今頃になって辿り着いたのだ。


「そんな事よりこの生地を見ていただきたいものですね。紡がれた糸もしっかりしていますが、織られた生地こそ見ていただきたい。こちらこそが私どもアヴァロン商事が手掛ける、北西部での織物工房の成果なのですよ。このジャンヌ織パイル織の手触りを試してみて下さいな。聖女ジャンヌ様が発案なされたラスカル王国でしか手に入らないタオル生地ですよ。それにこのデニム生地も丈夫で強い。なによりこのカンバス地の一枚布は帆布に持って来いで御座います。シャピの外洋船団は殆どがこの帆布を使っているのですよ」


「どうやって…どうやってこんな一枚布が織れるのだ」

「当然大きな織機を使って織っておりますが。それが何か?」

「うるさい! そんな大きな織機をどうやって使う? 横糸をどうやって送るのだ!」

「別に出来ない事ではないでしょう」

「それでこの価格で売るのか? なぜこんな価格で売る? 儲けが出ないではないか。今日だけの特別…」

「そんな事はありませんよ。私どもは今も帆布に関してはこの価格で販売しております。他の生地もこれから市場を広げて行く予定なので今後はこの価格での販売をご提示致します。急に引き上げる様な事は致しませんわ」


「「「「グッ…」」」」

「そんな価格で売られたら我々の…」

「ハスラー聖公国内で販売されるのでしたら若干はお値引きが可能ですよ。東部の方々も私どもとご契約いただいて輸出の販路を広げられては如何ですか?」


「違う! そんな話ではない! ここにある生地や綿糸を全部売り出すと言うのか!」

「勘違いなされているようですね。これらは一昨年に購入した綿糸で紡いだ綿生地。昨年購入した綿糸は、いま織機工房で織っている最中ですよ。今年の綿花はこれから糸になります。ああ、大丈夫ですよ生産能力なら、西部や北西部には羊毛やリネンの織物工房が沢山御座います。西部は亜麻の生産を減らしておりますからその余力は十分に御座いますし新型の大型織機も導入されておりますから」


「今以上に綿布が織れると…、それもこの価格で…」

「いえ、そんな事は御座いません。生産量が増えればコストはもっと落とせます。さらに安く大量にご供給できますからお喜びください」

 私の言葉に東部商人たちは膝から崩れ落ちた。


「もう綿花市は終わりだ! 鑑札料も払えない。ワシら東部商人はこれからどうすれば良いんだ」

「ご安心ください。皆様、もし商会経営でお困りならば帳簿をお持ちいただければ色々とご相談に乗らせて頂きますよ。お困りの方は是非”L&E 投資顧問事務所”のゴッダード支店にお越しください。綿花市にお集りの商会主様でしたら、今から三日間の間無料でアドバイスさせて頂きますよ」

 リオニーが一歩あゆみ出て慈母のごとき微笑みを浮かべて告げる。

 リオニーがどんどんエマ姉に染まってしまう。


「我らはこれからどうすれば良いというのだ。こんな事になってハスラー聖公国が黙っておらんぞ!」

「それで如何なさいます? 聖大公殿下に己が怠惰で利権に胡坐をかいている内に全てを失いましたと?」

「何を言うか! ワシらが動けば亜麻の買取価格も左右できるのだぞ!」

「税の優遇が有るので亜麻栽培は続いていますが、わずかな利益で土地が衰える位ならばと、西部諸州はその亜麻の栽培から転作を始めております。その流れに拍車がかかれば綿紡織の工房が増えるので願っても御座いませんが」

「それではリネン市場も潰れてしまう…」

 怨嗟の声を上がながらハスラー商人たちもへたり込んだ。


「お気を落とさないで下さいまし。皆様、業務や販売ルート、販売品種の切り替えなど残された手立ても有ります。不渡りを出す前に立ち直る可能性を探りましょう。L&E 投資顧問事務所は皆様の味方になります。取り敢えずこの後商工会の中ホールで開かれる株式投資説明会にぜひご出席ください。L&E 投資顧問事務所と未来を開きましょう!」

 いつの間にかやって来たエマ姉の声が会場に響き渡った。


 その後行われたセミナーは大盛況だったそうで、講師に立ったミカエラさんとコルデー氏の所には、ハスラー聖公国内での株式組合法の施行を求める商人たちの質問が殺到したそうだ。


 その翌日からのリオニーの無料アドバイスで多くの東部商人が、L&E 投資顧問事務所の顧客になり、商会の再編が進みつつある。

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