閑話11 ベアトリスのメイド修業(2)

 ☆☆☆★★

「三番テーブル、イブリンさーん! ご指名入りました}

「ハーイ」

「お帰りなさいませ、ご主人さま。今日はご指名有難う御座います~♪」

「昨日は惜しい所で負けたが今日は負けないよ。さあリバーシのリベンジマッチだ」

「わあ、センタグ様。あまり本気になっちゃダメですよ~。本業でも儲けてらっしゃるんでしょ。手加減してくださいよ~♪」

「小売りの服飾業者ごときそんなに儲かるもんか。北部貴族相手じゃあ儲けなんて知れてるよ」

「え~、宮廷貴族様とかお客にいらっしゃるって言ってらしたのに?」

「頭の固い宮廷貴族はじり貧だよ。これからは南部貴族だ。南部に食い込めば下級貴族や平民相手でも商売になるそうだ。パルミジャーノ紡績組合の麻、それにアヴァロン商事の羊毛、そしてシュナイダー商店の服飾デザインどれか一つでも絡めたなら儲けになるんだがな」

「北部はダメなんですか~? 王都なら立派な貴族も多いのに~♪」

「ダメダメ、特に侯爵家の…。これは噂だけれど…」


「イブリンってこういう事は才能が有る様ね。ああして招待客や客同士の噂話なども探り出すのは重大な仕事よ。情報収集はメイドの務め、よく覚えておきなさい」

「「「「「「ハーイ」」」」」」

 主任メイドの指導にベアトリスも他の見習いメイドと共に返事を返す。

 釈然としないこともあるが飲み込んで返事を返している。どうもここは自分たちの常識とは違う場所らしいからだ。


 お屋敷では一日の半分がメイドの仕事だった。

 ここも一日の半分、同じ鐘六つの間は仕事と言われているが店に立つ時間は鐘二つ分だ。

 三チームの交代で午前と昼と午後に分かれ、午前の四の鐘から午後の四の鐘迄がセイラカフェの営業時間となる。


 店に出ないものは何をするかというと鐘二つ分はビジネス文書や経理や調理や実践教育オンザジョブトレーニングを施される。

 ビジネス文章や経理も違和感は有るが、もっと理解が出来ない実践教育オンザジョブトレーニングについては怖いので異論は唱えない。


 そして残りの鐘二つ分は渡されているテキストを基にした講義である。

 講義内容は予科程度と言われているが、イブリン曰く王立学校卒業以上の内容が有るのではないかとの事だ。

 事実テキストの内容はカロリーヌ様の王立学校の教科書より具体的で詳しくページ数も三倍以上ある。

 何より受講しているメイド達の意欲がまるで違う。

 自分より三歳から五歳は若い見習いメイドたちが、夢中で学んでいるのだ。講師たちも先輩メイドが受け持ち、ついて行けない者には仕事が終わってからの補修も付き合っている。

 見習いメイド達も積極的に自由時間まで割いて学んでいる。


 同室になった騎子爵家出身の少女イメルダは特に熱心で、部屋に戻ると何かとテキストの内容について質問される。

 同室の二人より二歳上でリーダー格なのだが聖教会教室に通っていなかったため、出遅れていると感じている様だ。

 通勤組の同じグループの二人も、一人は十歳でもう一人は十一歳。どちらも聖教会教室で学んでセイラカフェに雇われてきた子だ。


 イメルダは年上の二人が自分よりも知識も経験も豊富だと信じて、特に一般教養と礼儀作法の基礎のテキストに関しては質問攻めにされる。

 ベアトリスも年長者としてのプライドがあるため、睡眠時間を割いてテキストの熟読に明け暮れている。


 ☆☆★★★

 カツン!

 高い音が部屋に響いた。

 ベアトリスが咄嗟に上げた盆の上にナイフの刃が当たる音だ。

「やっと…ですね。でも今のは良い動きでした」

 調理実習の為に厨房に向かっていたベアトリスに向かって主任メイドがナイフで切り付けてきたのだ。


「あなたは店からこちらに移動する間に八回死にました。今ので九回目です。でも、今の感覚を忘れずに、次は防げる回数を増やしなさい」

「九回ですか?」

「ええ、あなたが気付いたのは四回。そして四回目はやっと防ぐ事が出来ました。でも始めの三回と廊下で二回は全く気付いていませんでしたよ。防げないまでも全ての攻撃を見抜く事を目標になさい。気付けば体を張って主人を守る事が出来ますからね。でも目的は負傷者を出さずに敵を制圧する事、これだけは忘れずに」

「はい、頑張ります」

 ベアトリスは釈然としないまま返事をする。


 カフェでの仕事中も実習作業中も常に攻撃を仕掛けられる。そしてその全てに対して防御と反撃を求められるのだ。

 果たしてこれはメイドの業務なのだろうか。

「あなたは筋が良いわ。これからも精進なさい」


 褒められてもあまり嬉しくないのは何故だろう。そう思いつつ厨房に入り調理の実習にかかる。

「あのー、この食材に入っている赤いキノコなんですが、確か毒が有ったと思うのですが…」

「良く気付いたね、いいよ君。みんなも食材で気になった物が有れば怯まずに言って欲しい。毒の混入はもとより食中毒などの懸念が有る場合も含めてだ。臭いでも色でも気になる事は全て申告しなさい」

「あの、この魚も卵巣に毒があるのではないですか」

「素晴らしいよベアトリス。君の知識は中々のものだ。きっと毒に囲まれた人生を送って来たのだろう、誇り給え」


 そんなもの誇りたくないわ! ベアトリスは心の中で毒づいた。

 カロリーヌ様の毒見係として色々と仕込まれたので知識は有るのだが、それがこんな所で役に立つとは。

 ベアトリスは褒められても、なにか少しも喜ぶ気になれない。


「今日はこの二つしか毒物は入っていない。さあ調理実習を続けなさい」

「この小麦はカビが生えています。このカビは熱をかけると変異して毒を出す種類の物では無いでしょうか」

 ベアトリスの発言に講師は満面の笑みを浮かべた。

「本当に素晴らしい。諸君、毒物は二つと言ったが、この小麦のように調理の過程で毒物に変じるものも存在する。わたしの言葉に惑わされず良くぞ気付いた。ベアトリスが気付かなければ、諸君らは弱毒性のカビ毒で一晩腹を壊すところだったぞ、ワハハ」


 ワハハじゃねえよ! 知ってて黴た料理を私たちに食べさせる心算だったのか、この人で無し!

 何よりここ迄の毒の識別が一般のメイドに必要なのか?


「諸君らが仕える主人への警戒を強めるだけでなく、賓客の暗殺にも対処できるからよーく覚えておきなさい」

 その賓客の暗殺って、私たちが暗殺から守る方なのだろうね…当然。暗殺する方じゃないよね。

 ベアトリスはこれ以上毒物は入っていない事を願いつつ実習を進めていった。

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